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モンスタードラック ~災運少女は鬼を視る〜  作者: 麦茶革命
第一章 アカイ幸福・シロイ夢
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第13話 桃太とミカ

 1998年──その年、異形対策救命組織【SEED】にある男が加入した。


 男などと語ったが、その実態は僅か9歳の少年。

 史上最も幼くして、Aランク獲得者としても能力を得てしまった少年だった。


 彼が加入した当初、構成員の多くはその存在に不信と不安を覚えていた。

 当然だ。Aランクと評価されたとは言え、そんな幼い子供に戦わせてはならない、一般人にもそう考える者は多いだろう。

 それに、それまで組織内にいた獲得者は若くても15歳ほどで前例がない、10つにも満たない者の加入など実力的にも、倫理的にも間違っている、そう考えることは至極当然だった。


 しかし少年は、少年を心配する構成員らを嘲笑うかのように、劇的で、独善的で、驚異的な成果を上げていった。

 

 加入直後、Bランクのphase(フェーズ)2モンスターの退治を無傷でこなし──


──11歳の頃にはAランク獲得者との模擬試合にて勝利。


 14歳、中学2年生になる頃には、Aランク1人、Bランク3人の獲得者が束に倒そうとしていたAランク以上のモンスターを単独で撃破する快挙を成し遂げた──


 そうして行くうちに彼、鬼離山桃太はその実力を組織へ認めさせると同時に、日本で()()の獲得者として語られるようになっていった。

 



──────────



「最強の…獲得者……」


 ミカによって語られた彼の来歴を聞いて、幸村一葉は言葉を失う。


「ええ、もちろん、獲得者が戦うのは飽くまでもモンスター相手になので、他のAランク獲得者全員と力比べをした訳ではありませんが、力において真っ先に名前が挙がる存在には違いありません」


 獲得者最強。軽々しく語られて良いものではないと一葉にも分かる。いるかいないか、存在しているかしていないか、それだけで組織全体が変わり得る人間。

 それが鬼離山桃太の実態なのだ。


(え、と…いうか)


「そ、そんなに凄い人ならもっとしっかり敬語とか使わないとまずかったんじゃないですっ!?」


「そういった心配は要りませんよ。桃太自身には偉い立場なんて自覚はありませんし、事実としてもまだ学生の桃太は偉い立場ではありません」


 ミカの訂正を聞き、一葉はそっと胸を撫で下ろす。

 そして彼が放っていた近寄り難いオーラの理由を理解し、一葉の心は妙な開放感に包まれた。

 彼は幼い頃からそれほど危険で、その特別な世界でもより特別な環境にいた。人とは違う特徴を持つことなど至極当然のことだったのだ。ある意味では当たり前で、ありきたりで、普通のことだったのだ。


(そんなに小さい頃から普通と違う生活送ってたら、表情も固くなっちゃうってことなんだろうなぁ…)


 鬼離山の普段の無愛想な顔と、目の前の少女の無表情さを見て、一葉はそう理屈付ける。


「貴方…何か失礼なこと考えました?」


「え!?いやいや全然何も考えてないです。し、至極普通な私をしてます……」


「まぁ…いいでしょう」


 ミカは言葉ほど納得した様子を見せていない。


「い、いやだなぁ。私嘘はあんまりつかないですよぉ…」


「そこであんまりとつけてしまうのであれば信用はつきませんよ…」


 そのまま密かに一葉はミカに威嚇され続けたが、その後途切れてしまった講習を再開する為にと彼女らは廊下を駆け出していった。



    ◯



「はぁ……」


 6月25日─17時30分、幸村一葉への講習を終えたミカは、その日退治されたモンスターのデータの集計、まとめの作業へ移っていた。


《──認証開始──認証開始──》


──ぁ…


「はぁ……はぁ…、ぁ…」


 しかしミカの気分はどうも優れない。作業の為デスクに身体を向けて記録を確認していたが、彼女には目に映る情報が全くと言って良いほど頭に入らなかった。


(疲れが溜まってるようですね…非番のはずが朝から語りっぱなしですし……かといって幸村一葉(アレ)を野放しにするのは危険でしたし…)


 仕方がないと割り切ろうにも脳が動かない。そのうえ視界も安定せず目眩さえしてくる。

 少しの我慢では誤魔化せないほどにミカの体調は悪くなっていた。


 そんな時背後の扉は開き、あの青年は現れる。


「大丈夫か…?ミカ」


 鬼離山桃太だ。開口一番、部屋に入ってすぐミカの身を案じる声と共に彼は現れた。


「…朝からどこへ行っていたんです……貴方のせいで最悪な気分ですよ私は…」


「具合悪いのか……出来ればでいいって言っただろ…」


「そう言われて断れと…あまり私を侮らないで下さい……」


 憎まれ口を叩いている今も尚、ミカの気分は優れない。いや、優れない所ではなく、彼女の体調は側から見ればはっきりと分かるほどに悪い物だ。

 

 頬は秋の紅葉のように紅く、大量の汗を流している。瞳は朧気で、何処か遠くを見ているようだ。


「無理をするな…てかその様子だとたった今悪くなったって訳じゃないだろ…?あいつは何も言わなかったのか」


「アレに弱みを見せるほど弱ってません──」


「──お前意外とそういうところあるよな……」


 強がりを吐きながらもミカは身体をふらつかせ、そのまま側に置かれていたソファに横たわった。それにより緊張が解けたのだろう、先程よりも気楽な声の元に言葉は交わされる。


「今回悪いのは桃太なので、記録処理は全部貴方がやってください…」


「わかってるよ。そもそも今日は本当は非番なんだから、講義終わったらすぐに休めば良かっただろ……」


「私は半端な仕事はしません…なので貴方の帰りを待っていました。貴方に仕事を押し付けたので眠ります」


「それは半端な仕事に入らないのかよ……」


 小言を吐きながらも、鬼離山は横たわったミカにフワフワとした羽毛布団を掛ける

 ミカの体調もあり、漂う空気こそ鬱蒼として苦しい物だが、実体は深刻な物でない。


 言葉では悪態をつく彼女はその実、鬼離山に信用を置いている。彼が布団を掛ける際も全くと言っていいほど身構えず、身を任せる様子は親しい姉弟のように見えるほどだ。


「…今度こそ幸村への講習は上手くいったか?アイツは見るからに忘れっぽいって人間だ。滅多にないだろうが事細かい事も全部教えて──


「──うるさいですよ桃太……具合が悪いと言っている者の横で話す声ではありませんよ……」


「わ、悪い……」


「…フフ、久しぶりに見ましたね。桃太のそういう顔」


 少し声が大きかったのかと、鬼離山は柄に言葉を詰まらせ、口を閉じる。

 彼の焦る様子が可笑しかったのだろう。ミカはどこか懐かしむような口振りで微笑んだ。


「笑うなよ……てか、昔の話はするな…」


 引き攣ったような表情で彼はボヤく。昔と語る彼の顔は決して笑える物でない。


「…まだ過去のことを忘れられないようですね……いえ、私がどうこう言える物ではありませんね…」



「お前は忘れられたのか?…ミカ」


 常日頃から無愛想で無表情、人に笑顔どころか怒りさえ見せない鬼離山が今、ミカを説明し難い複雑な表情で見つめていた。

 怒りか、悲しみか、笑みか、込められた感情の意図は、掛けられたミカにしか分からない。

 

 彼の言葉に答えるためにミカは体調が優れないながらも、身体を覆っていた布団を裏返して口を開く。




「忘れませんよ一生。一生、死ぬまでちゃんと持って行きますよ、桃太と一緒です」


「……そうか………」


 それ以降、空間は静寂に包まれた。両者とも何も語らずに、鬼離山はモンスターの記録作業に勤しみ、ミカは何も言わずにソファへ寝転がり身体を休める。


 しかしそこには、決して鬱蒼とした空気などない。

 彼らの心を隔てる壁などなにもなかった。例え彼らが何も語らなくとも、何を語ろうとも、両者の信頼は揺るがないのだ。

  


    ◯



「ぅ……ふぁぁ………ぁ」


 あの後、ミカはソファに腰を掛けすぐに眠ってしまっていた。

 そして起きた頃にはミカは寝る前にいた部屋とは別の、ベッドの置かれた部屋へと移動している。

 一体誰が彼女を移動させたのかは語るまでもないだろう。


(桃太…まったく…余計なことをしますね…)


 ベッドの置かれたその部屋は基地内にあるミカの部屋だ。ベッド以外は枕元の目覚まし時計と、本棚しか置かれていない簡素な部屋だったが、間違いなく彼女の部屋だ。

 過去のある事件から彼女は幼い頃から家を持たず、組織に所属して働く事を引き換えに基地内の部屋に住み暮らしている。


 そんな彼女が起きた時刻は4時10分、日は6月26日へと移っていた。


(それに嫌な時間に起きてしまいましたね…勤務開始は9時…)


 異形対策救命組織SEEDでは24時間いかなる時間でもモンスターの発生に対応できるように基地には常8人以上の構成員が待機しなければならない。そして構成員は決められた時間割を元に、最長12時間起きに入れ替わる。

 前日のミカは表向きには丸一日の非番の扱いだったため、勤務開始は9時頃、つまり今から4時間以上の猶予があるのだ。


 しかし幼い頃から生活の大半を組織で過ごしてきたミカにとって、4時間はあまりにも長すぎた。

 事実、彼女の部屋にはベッドと色も見かけも全く同じパーカーが5着、彼女が好むミステリー小説などが並んだ本棚だけだった。

 

(本はもうほとんど読み終えていますし…いえ、まずは)


 起き上がったミカは一晩寝てなおフラつく身体に鞭を打ちながら、洗面所へ歩みを進める。


 勢いのまま顔を洗い、歯を磨く至って普通の朝のルーティーン。しかし思い返せば、体調を崩した後、体も拭かないまま眠り込んでいたことをミカは思い出す。


 体調が優れずに気が進まないながらもミカは身に付けていた物を取り払い、シャワー室の扉を開いた。


 

──ジャー──シャーッ──

 

(…思った以上に疲れが溜まっていたようですね……)


 ミカはシャワーからお湯を出し、身体に付着していた汗を洗い流す。彼女の透き通るような肌を煙が包み、お湯が滴る様子は、どこか芸術品のような美しささえ感じる光景だ。


 身を清めるようなその行為を、彼女は無心のまま続ける。チョロチョロとお湯が床を跳ねる、そんな音に彼女はどこか安らぎのようなものを感じていた。勤務漬けで溜まっていた彼女の疲れをシャワーは汗と共に洗い流しているのだ。



──お前は忘れられたのか?…ミカ。


 身を清めていたミカの脳内に、不意に青年の言葉が思い出された。先程感じていた安らぎは消え去り、体調不良による倦怠感を思い出す。

 彼女はそれまで無心で浴びていたシャワーが、少しばかり緩いもののように感じてしまった。


 ミカが体験した過去の記憶、どれだけ時間が流れてもそれが消えることはない。



──お姉ちゃん!こっちこっちぃー!!


──せ、急かしちゃダメだよ……ミカさん…ゆっくりでいいから


 それは彼女が過去に、幼い頃に、誰かに、掛けられた言葉だ。

 その時、目の前にいたはずの少年少女らは、気付けば彼女の生きる世界から消え去っていた。まるで幻のように姿形を失っていた。


(私も…大人に慣れないものですね…桃太)


 遥か遠い記憶を思い出そうにも、その実、記憶は朧気。

 ()()()、彼女と彼が見た地獄のような光景は、紛れもない昔話だ。

 今を生きる彼女らにとっては幻に過ぎない。決して蘇ることはない。




──それでも記憶(あくむ)は、彼女の心を縛り続ける。










○異形対策救命組織【SEED】

 この組織の歴史は決して古くはない。

 この組織の前進となる異形解明研究所が設立されたのは1945年、今から約50年前の出来事だ。


 そして当時、研究所のトップを勤めていた男は今でもSEEDの代表取締役として活躍しており、その名を知らぬものはいない。

 一章はだいたい20話で完結する予定なのですが、今回以降はストックを使い果たしたので、投稿頻度が激減していきます。とはいっても2日に1度くらいを目指すので時折見に来てくれると有り難いです。

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