第11話 新米のミ二ナリ
──カタッカタタタッ!
「で、あるからして今から60年前、1945年に日本は当時の内閣の元に宣言を受諾、住む場所さえ失いつつあった多くの日本人に伝達された」
チョークがカタカタと音を立てた後、歴史の担当教師利根川が振り返り、生徒らに問いかける。
「当時の日本はまだ精通も来ていないような幼子も戦争に駆り立てられていたわけで、戦争が終わった時はそりゃぁ喜ばれたらしい。しかし結果として日本は敗戦国、その後の産業などなど様々な面で外国の主要国家に遅れを取ることにもなったわけだ…」
「……というわけで、今を生きる君たち高校生に、当時日本は敗戦を受け入れるべきだったかどうかという論文を書いて貰いたいと思います…」
少しばかり飛躍した利根川の言葉に、生徒達は一斉に声を上げる。
「──せんせーいどういうわけでそうなるんですかー!」
「論文なんて一授業でするものではないと思います」
「戦争を題材にすることは難易度が高すぎます!」
「トイレ言っていいですかぁっー!!」
「先生は敗戦したことを悪いことのように思っているんですかーー!!」
真っ先に声を上げた男子生徒を中心に、生徒らは素早く手を挙げて反対意見を飛ばす。その言葉は丁寧さこそあるがほのかに怒りを感じさせるものだ。
つまり彼らは本心では、それぞれの口で語る理屈とは関係ない、ただ一つの単純な理由で反論しているのだ。
「…ていうカ、普通にちょっとめんどくさいヨネ」
クラス内の全ての心の声を代弁するような言葉を兎崎香織が呟く。クラスメイトの声に掻き消されて教師の耳に入ることはなかったようだが、そうでなければ何と言われたか分からないだろう。兎崎香織は実に運の良い少女だ。
「ユッキーも勉強とか苦手だシ、書く事になったらどうするノ?……ユッキー?」
2年2組内では、論文を書くかどうかについての議論が巻き起こっていた。しかし幸村一葉はその教室の中で唯一、利根川教師に対する敵意を持っていなかった。
表し方を変え、より正しく説明するとすれば、
(あ、飛行機とんでる…!)
──授業、全く聞いてなかった。
2005年6月21日、その日をもって彼女は異形対策救命組織【SEED】に加入し、新たな人生の幕を開いた。その翌日が6月22日、つまり今日である。
始まりこそ未知の生物との遭遇に震えていた彼女だが、組織に加入した瞬間どこからもともなく湧き上がる高揚感に身体を刺激されていた。
(異形、対策…救命……組織。カッコいいよねー気持ち高まるなぁーー!!!!)
──つまり浮かれていた。
(サポートとはいえそれなりに装備も貰えたしぃ、颯爽と入って人助けできたらいいなぁーーー。)
数日前、怪物を目にした時は涙を流していたというのに、人が変わったように前向きな心持ちになっている彼女を見て、違和感を覚えるものも多いだろう。しかし彼女は決して変わってなどいない。彼女は不運な事柄を除けば、ヒーロー物語に憧れる夢見がちな女子高生だったのだ。
「ユッキー…?」
どこか上の空で妄想を続けていた一葉の意識を、兎崎の呼び掛けが引き戻す。
「ん…なんだ香織か……」
「ど、どうしたノユッキー!なんだかいつもと様子が違うよ?また発作か何かが来たの!?」
「あいや、そんな大したことじゃないよ…いや、大したことだね…!!」
「大してるノ?」
兎崎の声を聞いても尚、一葉の中の高揚は治らない。寧ろより一層、その感情が強まっているようだ。
「私は昨日の私じゃないよぉ……生まれ変わったのさ」
「す、すごい偉そうな顔してルゥ!」
それは俗に言う『ドヤ顔』。
彼女はただ組織に加入しただけで、まるで自身が物語の主人公になったとさえ感じていた。それほどまでの計り知れない高揚。
「もしかして何かものすごいナニカのナニカで、とんでもなく調子に乗って──」
兎崎は言い掛けた言葉を突如中断したが、それに気付かないまま一葉は答える。
「そんなんじゃないよぉ。でも、なんだが世界が違って見えるのさ…今なら多分歴史のテストだって満点取れるし、ソーシャルゲームのガチャってやつを引いたら当たり間違いなしなんじゃないかなぁ」
「──ならこの問題を解いてくれるかな?幸村一葉くん」
「…ん?ぁ」
兎崎とは違う声のものが一葉の言葉に応答した。とても低い声だ、滑舌も悪く少なくともクラスメイト達ではない。今は授業、その声を出せるのはこの教室だとただ1人だった。
「と、利根川先生!?」
「授業中に訳の分からない独り言言っていたんだ…それだけ自信があるということなんだろう?」
「ひ、独りゴ……」
利根川の言葉に引っ掛かり左前方を見つめると、申し訳ないという表情の兎崎がこちらを見つめ返していた。
(か、香織ィィ!!?)
今回は飽くまでも幸村一葉本人の不注意による結果だ。しかし彼女はそれによって、自身が不運である事実を思い出し、先程までの圧倒的な高揚を掻き消すのだった。
◯
「ご、ごめんねユッキー、咄嗟に逃げちゃったよ」
歴史の授業が終わり、生徒らは昼休憩の時間に入る、あるものは食堂へ駆け出し、あるものは机を取り囲んで既に昼食に手を付け始めている頃。そんな時兎崎はミジンコのように縮こまり落ち込む一葉へ謝罪の言葉を掛けた。
「いや…私がバカなのが悪いんだよ」
「さっきと打って変わって卑屈だね…」
思い出すと一葉は自身の調子に乗った様を恥ずかしく思えてくるが、今に始まったことではないと心を整理する。彼女の気分を晴らそうと兎崎は話を切り替えた。
「マァ、終戦についての論文も書くことになっちゃったわけダシ、なんかどんよりな空気になったよネー」
「え、論文?」
「ワォ、本当に話聞いてなかったノネ」
本当に聞いていなかったのだ。
数分後、兎崎と昼食を取りながら、聞いていなかった授業の内容を兎崎から伝えられ一葉は静かに絶望する。 しかし暗い話が続くこともない。絶望した後にすぐさま兎崎との恋愛トークが始まり、陰鬱は空気は吹き飛ばされた。
「でも、マサカユッキーが鬼離山くんといい感じになるとは思わなかったヨ!」
「なにも言ってないのに確定事項みたいに言うじゃん…」
恋愛事を好む兎崎は少ない材料をかき集めて、幸村一葉と鬼離山桃太の関係をなんとか色恋へ繋げなれないかと画策していた。
「実際それなりに話とかするんでしょ?」
「いや全然だってっ」
(組織に入った日も顔合わせないまま帰っちゃったし…)
今日至ってもそうだ。登下校中、校門前で顔を合わせたというのに一葉と鬼離山は挨拶も交わさないでやり過ごした。彼女にとって恩こそあれど、未だに鬼離山は気軽に接していられる存在ではなかった。
(組織がどうこうって以前に無愛想だから話し掛けずらいし…)
「好きとかの前に鬼離山がどんな人なのか分からないよぉ……」
「え、いや鬼離山くん剣道ッ子でショ!」
「いやそういうことじゃなくてさ…どんな性格なのかなって……」
「うーん違うクラスだシ…わたしもわかんないナァ……」
2人は思考する。瞳を閉じて思考する。
その時、彼女ら以外の生徒もいたというのに、どういうわけかその場に長い静寂が訪れた。静かで何一つの音の聞こえない時間、数秒という間そんな時間が続く。
…続き…
…ツヅキ…
…つづく。
─────────シーン。
そんな愉快な音が聞こえて来そうなほど静かになったとき、ようやく一葉は疑念を抱く。
(ぁれ?)
不可解な事だ、窓も開いているし、扉も閉めきっている訳ではない。であれば人の声以前に鳥の鳴き声、虫の鳴き声だって聞こえていい。寧ろ聞こえたほうが自然なのだ。
なのに聞こえない。なにも聞こえない。誰一人として言葉を発していない。流石にあり得ないと感じた一葉は瞳を開いた。
(ぇ……と、どういうこと?)
目を開いた先ではなにも起きていなかった。ただただ音が聞こえない。
「え、なにこれなに!?」
「───────」
目の前を見ると兎崎香織がいる。彼女は一葉に「どうしたノ?」と言わんばかりの視線を送っている。彼女の口は塞がっていない、パクパクと動いている。しかし何も聞こえない。
その事から導き出される答えは……
(聞こえないのは私だけ?)
そうであれば説明がつく、そうであるなら納得がいく。
そして原因がモンスターの発生によるものだということもすぐに理解できることだった。
(あ、あれだ…て、見た目怖っ!?)
一葉の真後ろ、振り返った先にそれはいた。モンスターであることはその異形さから間違いない。
一葉らの真後ろの、一人で昼食をとっていた男子生徒の肩に乗った生物の見掛けは生物と呼ぶには異質な生き物だ。胴がなく、両足がなく、顔さえついていない。人間の右腕だけのものに目や耳のような物つき動いているような、異形と表すが正しい生き物だった。
(モンスター……これをどうすればいんだろ──)
《──ィーー─簡易プロテクト展開──応答願エマスカ幸村一葉》
(え、あっ、アシストブレスが鳴ってるんだ…)
音が聞こえない状態だが、腕の機械の振動により、一葉はその音声の存在を悟った。
それから彼女は前日、構成員のミカに受けた説明を思い出していく。
◯●◯
「これは【アシストブレス】、獲得者を除く、全ての構成員が着用を義務付けられるサポートアイテムです。」
ミカが手渡したそれは腕時計の形をしてこそいたが、両側面に精巧な機械のような線が彫られており、神秘性さえ感じる造りをしていた。
「こ、これでモンスターと戦えるんですか!?」
「戦えるわけないでしょう。話を聞いて無かったんですか…」
呆れながらもミカはアシストブレスに備わった機能の解説に移った。
「サポーターの役目は戦うことではありません。一見ただの腕時計のようですが、これにはモンスターの発生に対応する為の機能が4つほど備わっています」
「4つもあるんですか!」
大声で反応を示す一葉に、ミカは不満気な態度のまま言葉を連ねた。
「……1つ目は、組織や所属する構成との通信機能、モンスターが発生すればこれにより指示が送られます。そして2つ目は、モンスターに襲われた際逃げ延びる為のフラッシュ機能…つまりは目眩しですね」
(け、電話ついてるんだ…普通に嬉しい)
この時代の2005年当時、携帯電話は一般的なものでは無かった。小中学生は勿論、高校生でも必ず携帯電話を持っていたわけではないのでその時代の高校生である一葉は心の底から跳ね上がった。
そんな心情の最中でもミカは無表情のまま淡々と説明し続けていたが、一葉の心はどこか遠い場所へ舞い上がっていた。
「……そして4つ目は……話聞いてます?」
「…ぁ、!?…は、はい」
全くの嘘だ。
電話を手にしたことで気持ちが高揚していたことで一葉は完全に話を聞いていなかった。事実、話を聞いていなかったが故に3つ目の機能を聞き逃している。
しかし一葉に、「話を聞いてませんでした!」などと言う勇気はない。なので彼女にそのことを伝えないまま、3つ目の機能についてはまた後日鬼離山にでも聞こうと、逃げるように思い至っていたのだ。
「まぁいいでしょう。最も説明が必要な機能は4つ目ですから…」
「説明が必要な機能…?」
言いながらミカはブレスについたスイッチをす。
──瞬間、一葉に向かって黄緑色の光が照射された。
「ヴェッ!?な、なんですかこれ…」
「動かないで下さい。その方が早く済みます」
──ジッ─ジッジッ──ッゥ──
《正体認証ヲ終エマシタ─人物名【幸村一葉】》
「わっ!??…これにも声入ってるんですか?…というか私の名前…」
「これが4つ目の機能、スキャンです。人間なら顔や指紋、血液型などを元に国に登録のされた人間なら名前を割り出せますし、身体的な情報、年齢、身長や体重なども分かります」
(た、体重…?)
「だ、大丈夫なんですかそれ…個人情報筒抜けじゃないですか…」
一葉は組織の技術力の高さを知ると同時に恐ろしさを覚える。しかし彼女の心配の大半は、人に体重を知られたくないというところにあった。
「もちろん最低限のプライバシーは確保されています。体重なら10の位は伏せられていますし、組織の構成員の情報に関しては全てロックが掛かっています」
「ぁ…そうですか……」
(1の位だけでもちょっと嫌だけどなぁ…)
一葉はミカとの認識の違いを実感した。
「人間のスキャンは飽くまでもおまけの機能ですよ。大事なのはモンスターの能力値解析です」
「も、モンスターもスキャンできるんですか!?」
◯●◯
(確か…こうっ!)
教えられた記憶を頼りに、一葉はスキャン機能を起動し、フワリと揺れ動くモンスターへ黄緑光を向ける。時計を構える最中、彼女の制服の袖を兎崎が摘んでいたが、緊急時なので無視を決めたようだ。
《──ギッ──ギッ──生態認証終了─解析結果ヲ、表示シマス》
ノイズの末に時計型のブレスが変形して液晶画面が現れる。それにより機械を通したモンスターの解析結果が表示された。
──────────
仮称:【耳骸】
スタミナ:198
パワー:290
ディフェンス:79
スピード:677
総合脅値1238 脅威ランクD
能力:……解析中………
──────────
(あ、当て字!?…自動解析で名前まで決めてくれるんだ……というか…)
機械の出来の良さにある種の恐怖心が煽られたが今はそれどころではなかった。解析されたモンスターの脅威の数値、それを目にして彼女が何を思ったかと言えば……
(…能力値の基準…聞いてなかった)
解析こそされたが、それが示す危険度が分からない。数値を見ても目の前のそれがどれだけの力を持ったモンスターであるか判断がつかないのだ。
結果として彼女は、読み取れもしないモンスターの解析を行うという意味のない行動をしていたことになった。
(い、いやまだ大丈夫…)
一葉は盛大なミスを犯したが、それで全ての取り返しが付かなくなる訳ではない。それほど危険な状況ではなかったはずだ。
(耳骸)ってモンスターが暴れそうな様子はないし、そっとしておけば助けが──
「─ ─ ──」
「え、はいっ!?」
鬼離山桃太だ。
無音の景色の中彼女の目に移ったのは腕だけの異形、耳骸の傍に突然現れた彼がそのモンスターを一瞬にして殴り飛ばす様。その初発の攻撃によって、異形は光の粒子状に離散する。
腕だけの恐ろしい姿のモンスターは、語るほどもなく、あっけなく消滅したのだ。
「ぁ、あぁ、鬼離山くん…ん?」
(早いよぉ…鬼離山くん………わ、私回想挟んだ意外何もやってない……)
「───────」
一瞬の退治に言葉を失う一葉の傍へ鬼離山は近づいていく。何か言葉を発しているようだが、未だにモンスターの能力による影響が残っているのだろう一葉には聞き取れない。
「ん、鬼離山くん…?」
そのまま、彼は何かを握り閉めたような手を彼女の耳元へ当て───
──耳を取り付けた。
「え、はいっ!??」
「あぁ、ちゃんとついたか」
(え、いやどういうこと!!)
困惑と共に一葉は自身の耳に触れ感触を確かめる。そこには至って通常通りな彼女の耳が付いていた。
しかし、その直前に彼は耳を取り付けた。それによりどういうわけか失われていた音を取り戻したのだ。
「鬼離山クン!?やっぱりユッキー仲良いんじゃン!!」
「え、か、香織……いや香織ちょっと待ってて──」
音を取り戻したことで傍にいた兎崎の声を耳にする。しかし彼女にとってそれは既に重要な事柄ではなくなっている。一葉は兎崎に一言声を掛け、鬼離山の腕を引いて彼女から距離を取った。
「…今のどういうことなのさ鬼離山くん……」
「どうもなにもあのモンスターの能力だろ?」
何を当然のことを、とでも言わんばかりの表情で彼は答えた。
「えいや、なんでそれで私の耳が取れてたのさ!」
「まさか自分の耳がなくなっていたのに気付いてなかったのか?」
「え、本当に私の耳がとれてたの!?」
彼女の気付かない間にモンスターの能力により耳を切り取られていた。その事実に思わず絶句する。
「痛みも何もなかったのにどういうことなの…」
「モンスターの能力は物理法則なんて考えても仕方がない。まぁ髪で耳元は隠れてるから周りに見られたってことはないだろう。安心しろ」
「えいや安心はできないよ…」
一葉は何か体調に影響があるのではと不安に思いながらも、心に止めていた不満を漏らす。
「あと鬼離山くん強すぎだよ…私なにも活躍してない…」
「サポーターが仕事をしないってことはそれだけ簡単な相手だったってことだ。実際耳骸はphase1、手こずる分けないだろ?」
「……ぇphase…てなに?…ぁ」
(あ…まずい)
一葉は呟いてすぐにまずいことを言ってしまったと後悔するが取り返しはつかない。鬼離山はその言葉を聞き逃すことはなく、眉を顰めながらもその言葉に追求した。
「……お前まさか説明されて………いや聞いてなかったのか……」
「ぅ、うぁ………バァァ……」
「今回は相手が大したこと無かったから良かったが、そうではなければ大惨事だぞ…休日空けとけよ?抜けてる情報を復習させる」
(ぇ、いや、それ…え、え、なんかすごいやばそう……)
鬼離山の呆れるような、哀れむような視線が一葉の心臓へ突き刺さった。後にそれは一葉にとってニガく、クルしい、思い出したくもない黒歴史の1つとなる。
そうして、新米サポーター幸村一葉の初勤務は、そのような無惨な結果を迎えた。
事前の説明があったにも関わらず、対応を間違えた一葉は、ミカに特別講習という名の説教を受けることになるが、それはまた……次のお話だ。
◯モンスター紹介
【耳骸】
スタミナ:198
パワー:290
ディフェンス:79
スピード:677
総合脅値:1238 脅威ランク:D
能力:【盗媒】
耳を切り取る能力。切り取った部位にはダメージはないが感覚もなくなり、それに伴い対象の聴覚は奪われる。
物語上で瞬殺された為見られなかったが、成長すれば耳を触媒として対象に呪いを付与することもできた。
登場するモンスターの名前と能力はゴリゴリの当て字になります。作者が当て字大好きっ子なので、そういうものとして読んで下さい。
物語上で名前や能力が出ないままのモンスターの何体かは物語外で小出しに出来ればと思っています。




