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幻術使いのSランク冒険者~魔王と戦いたくない者たちの舌戦~

作者: 烏兎徒然

メモ


魔物退治から護衛や薬草収集までと、幅広く仕事を請け負う大陸に普及している組織。

それは冒険者ギルドと呼ばれる。

国を跨いで多くの支部が存在する組織であるが、ギルドは中立公平を命題に挙げており、国の管理下におかれて運営されている。

だからこそ相応にギルドでの規則は厳しく、不正は一切許されない徹底的な実力主義社会となっている。


冒険者にはAランクを頂点として、Gランクまでの自身の力の象徴が区分されて存在する。

Aランクが最も高く、Gランクは殆ど見習いのようなもの。

徐々に実力や実績を考慮してランクアップの打診がされる。


最高と言われるAランク冒険者は大陸全土でみても、たったの八人ほど。

Aランクという人外の領域に踏み込んだ、冒険者の圧倒的な〝力〟は、国家間のパワーバランスを安易に破壊してしまう。

なればこそ一介の冒険者であるのにも関わらず、Aランク冒険者は総じて〝八王〟と呼ばれ、畏れ多くも〝王〟を冠とする二つ名が暗黙のうちに容認されている。



しかして過去に一度。

五百年を遡る頃に一度。

たった一人だけAランクをも超えた〝Sランク〟という神に手をかけるかの如き存在がいた。

それはあまりにも隔絶しすぎていた。

人外の領域と謳われる、Aランクですら器に収まりきらないほどの、圧倒的な力が。


ゆえに特例。

至高のSを冠にした新たなランク。

Sランクが生まれた日である。


始まりのSランク冒険者であった彼の名前は英雄ヴァルタル。

彼は戦士だったとも魔法使いだったとも言われているが真偽は定かではない。

しかしその実力を疑うものは一人もいなかった。

ただただ圧倒的な力を持ってして、《暴虐》の魔王との三日三晩行われた一騎打ちで、魔王と相打ちとなった英雄。


大陸中の子供すべての憧れのような存在。

いや子供どころか大の大人でも、圧倒的な武力を持つ英雄というのには憧れるものだ。



――そして現在。

五百年ものあいだ不在だった、Sランクに到達せし者が突如として表舞台へと上がった。

英雄ヴァルタル以外の新たなSランク冒険者。

誰もがはじめは自身の耳を疑う程の出来事。

しかし彼らの活躍が派手であったため、すぐに新たな英雄譚が紡がれるだろうという興奮に、民衆は多いに湧いていた。


しかし、それだけではない。

そのSランクに到達した存在は一人ではなく、同時代に四人も現れることとなった。

これはまさに奇跡といってもさしつかえない。

五百年以上現れなかったはずのSランク冒険者が同時期に四人も現れるとなれば、それは奇跡の産物や運命の巡り合せといった、陳腐な言葉では到底言い合われせない類のもの。

四人のSランク冒険者。


初めこそ「Sランクなぞあり得ない」と誰もが勝負を挑んだ。

しかし、一瞬のうちに勝負は終わる。

正確には彼――新たなSランク冒険者ジークフリートが剣を一閃すると遠くに見えた山が切れたのだ。

その光景を視て腰が抜けた対戦者や観戦者は、それを呆然として視ていることしか出来ない。


どんな技術で何をすればこんな事が起こりえるのか、しかしこのような絶技を使うのはジークフリートだけではない。

他三人のSランクもまた理外の技術を使う。

そう、まったく理解できない技を使うのだ。

つまりSランクの壁というのは既存の壁とは一切違う。


天まで届く壁。

いや、むしろあえて喩えるのならばソレは高くそびえるような壁ではなく、むしろ断崖絶壁の(きわ)に自身が位置するようなもの。

下を覗けば奈落の漆黒。

常人には無理であっても、彼ら彼女らならば迷いなく飛び込むのだろう。

真理を見出すべく、自身の命を賭け種に。

そうでなければ力の深淵を覗けない。

そうした先にSランクという力を得ることが出来るのだ。


未だその術理を理解できるのは同じSランク同士しかいないと言われているが、それもそうだ。

既存の魔術体型とはあまりにも逸脱しているからである。

たとえ相手が世界有数の強者であろうともSランクの前では有象無象。

文字通り彼ら彼女らの強さは〝格〟が違うのである。

それは、まさしくSランクの看板に偽りなしであった。


そんな現代のSランク冒険者四名は世間からは〝四帝〟として畏怖され、また同時に羨望されてもいる。

Sランク冒険者の凄さは大人から子供までも誰もが知っている。

なにせ英雄ヴァルタルの逸話はどこまでも凄いものであったのだから。


暗黒古竜の短期討伐、クリスタル迷宮の踏破、聖剣に選ばれし存在。


そんな偉業を成し遂げた英雄ヴァルタルと同じSランク冒険者が四人もいる時代。

それが幸か不幸か。


なぜなら先代魔王よりも遥かに強力だと噂される魔族の王、『真なる魔王』が現れたのだ。


◇◇◇


大陸一の大国ギルデバラン王国。その王都に居を構えるひときわ大きな冒険者ギルド本部の最上階。

そこには各地のギルドマスター達が急遽集められ、緊急会議を開いていた。

その中にはギルデバラン王国のギルドマスターだけでなく、他国のギルドの長や、その名代もおり、錚々たる顔ぶれである。


しかし、それだけ重要な案件だからこそ、この場に各国の冒険者ギルドの頂点達が集っているのだ。

本来ならば人種すべてが手を取り合い、連合軍を結成すべき事態。

しかしそれを行うのには、国という組織のしがらみが邪魔をする。

その点冒険者達はそのしがらみに囚われる事なく、この世界でいち早く世界の危機に共通の懸念を抱き、迅速に集まる事ができたのは幸いであろう。


重々しい雰囲気の中、会議室の大理石で出来た長机を囲むようにして座るのは各地のギルドの頂点――ギルドマスター達。


その中の一つだけ、上座に明らかに豪奢な椅子に座る男が一人。

グランドマスターと呼ばれる、実質冒険者ギルドのトップであり、ギルドマスター達を統括する責任者である。


「やはり……魔王が現れたという話は事実なのか……?」


最初に口を開いたのはグランドマスターであり、ギルドを統括する長ライナー・ディール。

時の賢者と呼ばれ、人外と呼ばれるAランクの領域に一度足を踏み入れた元Aランク冒険者である。


齢六十を越え、冒険者を引退したのち、王都の冒険者ギルドでギルドマスターに就任し、そこからたった十年程で冒険者ギルドの長であるグランドマスターにまで登り詰めた、深い叡智を蓄えた者である。


「はっ。八王……現役のAランク冒険者八人と私のすべてであたって集めた情報を精査した結果、やはり魔王を冠する魔族が現れたというのは事実の模様です」

「――そうか……そうか……」


ライナー・ディールの後釜として、王都冒険者ギルドのギルドマスターに選ばれたエルフの男性ユーリウス・テグネール。

彼もまた元Bランク冒険者であり希少な精霊魔術を駆使する、強者の一人である。


冒険者ギルドには情報部が存在しており、諜報も兼ねている。

そうでなければ依頼の危険度を間違えてしまう事も多々あるため、全ての支部にも存在しているが、他のギルドでは王都のように優秀な人材が少なく、仕方がなく溜まった仕事を放置してギルドマスターが直々に現場へと視察する事もなどもある。

その際の大半が空振りであるが、稀に異常な強力個体として進化した魔物も出てくるので、一長一短といったところであろう。


ユーリウス・テグネールの使う精霊魔術は情報収集にうってつけの術でもある。

椅子から離れずとも精霊を放ち、王都内外で目と耳の役割を果たす

そんな彼の稀有な力もあって、ライナーはグランドマスター就任の際に、ユーリウスを王都の冒険者ギルドマスターの後継として推薦したほど。


そんな彼が集めた情報……そしてAランクの八人全てを送り込んで得られた情報。

という事はこの情報の確度は非常に高い。

この場の各国の支部のギルドマスター達も思わず、ため息をはいてしまう。


「五百年前に現れたかつての魔王は、冒険者ギルドでもAランクという人外と呼ばれる枠組みですら収まりきらず初の特例枠を設けた男、Sランクの英雄ヴァルタル様が三日三晩戦い続け相打ちになったとされている……儂は寝物語として聞かされたくらいだが……長命なエルフであるユーリウス殿ならば当時の魔王をご存知なのではないか?」


卓に座る一人の老人の言葉にユーリウスは苦虫を噛み潰しかのような表情。

当時の凄惨さを思い出しているのだろう。

そしてユーリウス静かに頷く。


「ええ……もちろん覚えています。あの魔王――《暴虐》の引きおこした悪夢のような恐ろしさも……そして同時にヴァルタル様の英雄たる圧倒的な強さも、私はその目で見たことがありますので。……だからこそ信じられません。かの魔王を凌ぐ程の更に強力な魔王の出現というのは……」


その言葉で一気に会議室の雰囲気は暗くなる。


「やはり強者というのは、同時期に惹かれ合うようにして現れるものなのかもしれぬな……。不幸中の幸いだが、かの英雄ヴァルタルに匹敵するSランク冒険者……五百年も不在だった席に今代には四人も現れた。彼らが力をあわせてくれれば、最悪の魔王であろうとも討伐は不可能ではないと考えられる」


そう結論付けたライナーだったが、一部のギルドマスターの表情は芳しくない。


「しかしっ……彼ら四帝は、あまりにも自由すぎます! 協調性のない彼らはおそらく誰もが自身一人の手柄としようとするでしょう!」

「そもそも〝光速の盗賊〟クリスタ・シュテーグマンに至っては彼女の奔放で楽観的な性格だけでなく、あの極度の方向音痴によって現場にすらたどり着く事ができないのでは?」

「それは彼女の能力の特性上、仕方がないだろう。彼女と我らとでは時間の概念が違うとされているのは周知の事実だ」

「それを言うならば〝無限の魔女〟カミラ・アイブラーもだ。あれは研究に取り憑かれたような女だ、逆に家から出ることが稀である。今回の招集にも応じないのでは?」

「いや〝魂魄の呪術師〟ゲルト・ヴィンゲルターもだ。やつはあまりにも生命に対する頓着というものがなさすぎる。たとえ世界が滅びようとも気にしないのではないか?」

「〝破創の神魔剣士〟ジークフリート・フェアリーガーは依頼を断らないぶん比較的マシな男ではあるが……あまりにも頭が悪すぎる。自身が受けた依頼すら忘れる男だぞ?」


喧々諤々の会議室の中でライナーは小声で独りごちる。


「やはり英雄というのはどこか頭のネジが外れているものなのか……たしかに、かのヴァルタル様も大きな力を持っていたようだが、普段は辺境の小村で土いじりをしならがスローライフを楽しんでいたとかいう逸話もあったな。普段は穏やかだが自身の畑を荒らした害獣相手に聖剣を振るったとか……八王は常識をわきまえた者たちばかりなのに、なぜSランクのもの達は――――」


エルフ故の聴覚なのかそのライナーの小声に気づいたユーリウスは苦笑する。


「たしかにヴァルタル様はそのような御方でした。今回の四帝たちもヴァルタル様並か、もしくはそれ以上の変人と考えて行動したほうが良さそうですね」


◇◇◇

Side ジークフリート・フェアリーガー


彼はいわゆる異世界転生者であった。

その際、自身の望んだ姿になるのか、自分の姿はかつてハマッていたネットゲームのアバターと同じく、赤髪を逆立てた短髪の好青年。


当時、地球の娯楽小説として異世界転生モノのストーリーといえば『鑑定』と『幻術』の二つが王道のチートスキルであった。


ゆえに彼が神と出会った際、ジークフリートは鑑定と迷い、悩み抜いた末に幻術のチートスキルを貰った。

幻術は応用が効く。


直接的な戦闘能力は多少の努力のかいもあって、一般騎士程度には一対一の模擬戦でならなんとか勝てる程度。

転生者の肉体スペックは高く設定されているのだ。

それだけではなく幻術を使って腕を六本に生やしてみたり、デコイを使ってみたりと色々な応用ができる。

できるが、実戦でそれを活用できるかといえば、それとこれとはまったく話が別である。

現在馬車に揺られるジークフリートの向かう先は王城。

そこで今後の魔王討伐作戦を考えるとのこと。


――作戦ってなんだよ。国でも捨てて逃げればいいんじゃないか?

――そもそも山を切ったのも幻術なんだ。もう頼むから俺に期待しないでくれ……。


彼の二つ名にある《破創の神魔剣士》ジークフリート・フェアリーガー。

天使を模した白の剣と悪魔を模した黒の剣の二本の剣を幻術で作り出し、黒の剣で山を真っ二つに。

しかし今度は白い剣を同じく一閃すると、山は一瞬のうちに元の姿に戻った。

破壊と創造を剣で成す。

《破創の神魔剣士》と呼ばれた由来である。

(ちなみにこれは幻影で山を切ったように見せかけ、その幻術を解いただけである)


初めこそ幻術で派手なパフォーマンスを見せてはチヤホヤされるのが心地よかったものの、今ではその名声は重荷でしかない。


実際のところ戦闘経験はほぼ皆無なジークフリートでは魔王を倒せる事はないと思っている。

それは自身が弱いからではない。

いや、もちろんそれも大いに関係あるのだが。


ジークフリートの使う『幻術』の魔術は人種限定であり、魔族には幻術の類が効かないのだ。



――詰んだか……。

――しかしまあ、他のS級冒険者も三人はいるらしいし、なんとかなるか。



彼には人の頼みを断れない悪癖があった。

それ故持ちかけられた依頼は全て受理する。

しかし、幻術の類が効かない魔族や魔物相手にはジークフリートは無力である。

そのため『依頼を受けているの忘れちまったや』と苦しい言い訳を長年続けている。

そのため依頼失敗率は4割を越えている。

残りの六割のうちの一割ほどが人間相手にジークフリートの幻術で脅して捕縛したくらいだ。

ならば残った五割はどこにいったのか?

 

それはジークフリートも知らないが、人間業とも思えない鮮やかな切り口、そしてジークフリートが狙っていた魔物という特徴から、ジークフリートの手柄となり、いつの間にやら充分な実績が積み上げられ、最前線のS級冒険者という立場になってしまっていた。


――ままならないものだなあ……誰だよ俺の功績を勝手に上げたやつは!!


◇◇◇


Side カミラ・アイブラー


彼女もまた異世界からの転生者であり『幻術』を駆使して戦う、ライトノベルの主人公に胸躍らされた少女のうちの一人。

白い髪に真っ赤な瞳。大きな三角帽にローブ姿で1メートル程の長さの杖を常時持ち歩いている。

それはロールプレイというべきもの。

地球であれば魔女のコスプレだと、嘲笑されるかもしれないが、この世界に置いての魔術師はこのような格好が多い。


ちなみに杖にはなんの魔力も込められておらず、杖としての機能は果たしていない。

なぜならばこの杖はカミラが一ヶ月かけて作った〝カッコイイそれらしい杖〟なのだから当たり前だ。



溢れ出る濁流の如きマナを常時身にまとい、広大な湖に初級魔法のファイアを打てば一瞬で湖は爆発して消失。

さらに初級魔法のウォーターを打てば湖は元通り。

それが〝無限の魔女〟カミラ・アイブラーの一般的な評価である。


彼女もまたジークフリートと同じく転生者であり幻術を貰い受けた者。

ゆえに全ての現象は嘘偽りである。

しかし他者に自身が褒められる事は気分が良いので、よく村人相手に自身の魔法を自慢している。


村人との関係は非常に良好であり、子供達とはよく自身が悪い魔女役として、攻撃魔法を模した幻術で、村のこども達と勇者ごっこを送る等して穏やかな日々を過ごしていた。

幻術の火の玉を打てばそれを木剣で切り裂く勇者(村のこども)、そして当たったところでその魔法の正体は幻術なので痛くも痒くもない。

しかし村人からすれば、それはとてつもない魔力制御能力なのだと認識されている。

なのでカミラは村では子供たちに人気者のお姉さんなのだ。


しかしそれでもカミラ最高位の冒険者。

ギルド側から依頼命令が来ることも珍しくはない。

その際はよく研究中だと村人達にも嘯いて、家に引きこもる。

その間に事件は大体、解決していた。

もちろん研究などしていない。

しいていえば魔女ごっことして、部屋のインテリアを理想の魔女の住処にするべく、日々DIYに励んでいるくらいだ。


――はあ……今回ばかりは有無を言わされずの連行ね……。国王陛下からの勅命であれば仕方ない事だけれど……私の絶対安全権であるこの村から出るというだけでも嫌なのに、よりによって魔王とは。私に何を期待しているんだ。


魔族は高い精神干渉耐性をもち魔術にも武術にも長けている戦闘民族。


――それらを束ねる王を倒せって? ハッ、無理だね! 私に出来る事といえば子守とDIYくらいよ!


そもそもカミラは幻術以外の魔法が使えないのに、なぜだかカミラの依頼目標がクレーターを作り、高位の魔法で死んでいたりという事が何度もおきており、気づけば実績をあげて最高位冒険者。

カミラは基本的に引きこもり気質であるためジークフリートと違って、体を鍛えるようなこともしない。

ぶっちゃけ逃げるために走る事すら覚束ない有様なのだ。

そのためカミラは隙を視て脱出する手筈を頭の中で整えていた。


――うん、私無理だな。けど他の三人は強いだろうし、他のメンバーに任せればなんとかなるかな? 頑張って世界を救ってほしいな、私抜きで。


◇◇◇

Side ゲルト・ヴィンゲルター


例に洩れず彼もまた異世界から幻術チートをもらった人物である。

長い黒髪を一つに結び、頬はこけ、目の下のクマは真っ黒である。

しかし顔自体は非常に整っており、生活習慣さえ直せば令嬢からは黄色い悲鳴が起こる事間違いない。


彼の二つ名は〝魂魄の呪術師〟。

生物の根源とされる魂を自在に操り、冥界の門、天国の門さえも容易に潜り抜け、どのような魂をも現世に降ろす。

そんなゲルトにはもう一つの二つ名がある。

それは〝怠惰の呪術師〟というもの。

ゲルトは天界や冥界に近いところに存在するため、人の生き死に頓着しないとされている。

なぜならば仮に親しい人が死んでしまった場合も、彼はまた会うことができるのだから。

俗世と幽世との境界線が曖昧だからこそ緊急招集の依頼のほとんどは断る。

もちろんこれらは全て(ハッタリ)である。


お金がなくなると辺鄙な森の一軒家から街へと赴き、冒険者としての活動もする。

文字の読めないゲルトは、薬草の絵が書かれた依頼書を手に取り受付けへ向かう。

ゲルトは知るよしはないがそれは、高位薬を作る際に必要な高位の魔物の討伐依頼であった。

薬草の絵は《高位薬の素材に使われます》という一種のテンプレート的なマークでなのである。



依頼書に書かれている薬草を見つけるべく森に入ると、魂が抜かれたような死体がいくつも放置されていた。

薬草より売れるかも、と彼は薬草収取を中断しその死体を持っていく。

偶然にもその死体は彼が受理した討伐依頼対象の魔物であったため、依頼も達成し高額の報奨金にゲルトは多少の違和感を感じつつも、眼の前の大金を前に全ての疑問は放棄する。

以来ゲルトは薬草収取(と思っている)を受け続け、しかしやはり倒れた魔物が散乱しているため、それをギルドへ持っていくと、やはり依頼達成という似たような奇跡を何度も起こした。


ゲルト自身は『魔物の死体っていっぱいあるんだなあ』程度にしか思っておらず、ギルドの規則もほとんど知らないため、薬草収取から魔物運びに変える際も特に依頼の失敗などという事は考えていなかった。

そして結局薬草を一本も収集しないままそんな奇跡を繰り返していたら、いつの間にやら最高位冒険者になっていた。

彼はただ名誉やらなにやらより、ただ怠惰に生きるため最低限のお金が欲しかっただけである。

しかし最高位冒険者とはカッコイイのでは? と思いそれらしい振る舞いを心がける程度には俗物であり、例に洩れず彼もチヤホヤされるのが好きな人物でもある。


そしてゲルトはいつも通り――誰がやったのか分からない――魔物を換金しにいくと、ギルドマスター室に通され『S級冒険者全員で魔王討伐にあたってほしい。これは各国の王連盟での依頼であり、そしてまたこの国の王の勅命でもある』と強引に話を進められる。


「ぁ……ぇと……ぼ、ぼ、ぼくじゃ……むりで……そもそも、ま、魔法もげんぢゅつだけで……」

「あん? なんだって? とにかく今日中に出かけるぞ。俺もついていくからな」

「ぁ? えぇ!?」

「よし、意思確認もすんだことだし早速いくか。お前は装備にこだわりもないみたいだし、王都で好きなもの見繕ってやるよ! なんせうちの支部の英雄様だからな!」


兄貴肌のギルドマスターはそのまま部屋を退出する。

放心するゲルト。

彼は極度の人見知りでコミュケーション能力が著しく欠けていた。


――で、でも他のS級さん達がなんとかして……くれるよね? ぼ、ぼくは隠れていればいいや。



◇◇◇

Side クリスタ・シュテーグマン


〝光速の盗賊(シーフ)〟クリスタ・シュテーグマン

金色の髪に青い瞳を持つ美少女。

そしてやはり彼女もまた地球で生まれ、死んでこちらの世界にやってきた。


クリスタは元々地球では日本人の父とイギリス人の母を持つハーフであった。

そのためか忍者に強い憧れを抱いており、神が二の句を告げる前に元気いっぱい挙手して幻術チートを頂いた。

彼女は他の三人と違い、異世界転生モノとよばれる類の本を読んだ事はないが、極度のninjaへの憧れから他三人と同じ幻術使いになったのである。



〝光速の盗賊(シーフ)〟クリスタは風より速く、音より速く、光より速く。

彼女の先には何もいない。

速すぎるあまり人とは違う体感時間を持つとされている。

そのうえ彼女は極度の方向音痴。

誰よりも早く走れる彼女は誰よりも遅く依頼現場に到着するというのが周知の事実となっていた。


しかし彼女に持ちかけた依頼は高い成功率を誇る。

あらゆる魔物の死体がナイフで一刺しで急所を貫いていたため、彼女もまた何者かの功績を奪う形で最強のSランク冒険者に認定される事となった。


彼女にできるのは、自身を幻術で消して、遠くに自身の幻術を置くという小技。

どんなに動体視力が高い者であっても、彼女の動きを捉える事は何者にもできない。

それはそうだ。

動いていないのだから。


そして実はいうと彼女は方向音痴でもなんでもない。

むしろ空間認識能力は高い部類だ。

にも拘わらず方向音痴を続けている理由は稀に起きる緊急招集から回避するための方便。

しかし今度ばかりは王の勅命とあり、迎えまで寄越されては逆らう事はできなかった。

そのため彼女は王都を目指し馬車に乗っている。

それは彼女の方向音痴に配慮した結果である。


馬車に揺られる光速の盗賊(シーフ)――実は歩いたり走ったりは基本的に好きじゃないのでありがたいっちゃありがたい。しかし逃れる術がないというのは絶望的であった。


――魔王ってたしか私みたいなペテンじゃなくて、本物のS級冒険者と闘って相打ちだったんよね……?

やっばあ……姿消しておけばいいのかな……? どうしよう。

でも他の三人は本物の実力者みたいだし任せればいっか。

あとはどうにかして私のペテンがバレないようにしないと。



◇◇◇


「〝破創の神魔剣士〟ジークフリート・フェアリーガーだ。気軽にジークと呼んでくれや」

「ぁあ、あなたがあの……す、すごい! Sランク、が、三人も……あっ、っぼ僕は〝こんぱくゅのぢゅ術師〟ゲゲルト……ゲルト! ウィンゲルター……です」

「凄いって貴方もSランクじゃないの魂魄さん? 私は〝無限の魔女〟カミラ・アイブラー。カミラでいいわ」

「有名人ばっかでキンチョーしちゃうなあ! アハハ! 私は〝光速の盗賊(シーフ)〟クリスタ・シュテーグマン! 私の事もクリスタでいいよ!」


冒険者ギルド本部の最上階。

以前各支部のギルドマスター達が一堂に会した場所には、以前の会議と同じメンバーが集っていた。

それに加えて今回は四人のSランク冒険者が揃うという歴史的邂逅である。


「流石に今回ばかりは欠席はなし……か。私は今代のグランドマスターであるライナー・ディールだ。一度Sランク昇級試験の時に四人共会った事があるな。改めてSランク冒険者諸君、この度は集まってくれたことに、この場にいる全ての各支部ギルドマスター達の代表として感謝を申し上げたい」


一斉に席から立ち上がり深々と頭を下げるライナーと各支部のギルドマスター達。

一糸乱れぬその挙動は、強者に対する、ひいては世界を救う役目を担う者への深い敬意への表れである。


一斉にガタリと椅子の音をたてて立ち上がるその様相に、四人のペテンの心臓は縮み上がる。

しかしそこは今までハッタリの強者ムーヴで生きてきた四人である。

驚いた素振りは微塵も見せずに、各々が思う強者像のポーカーフェイスを完璧にキメている。


「さて、それでは今後について話し合おう。四人とも着席を願う」


上座には横並びに四つの席。

今回グランドマスターは上座に座らず彼らに一番近い席へと座る。


ライナーが言うや否や瞬きの間に一瞬で座るクリスタ。

幻術で席に自身の姿を置いて、本体は消す。

そして忍び足でゆっくりと座った後に幻術を解除するという極めて無駄に高度な技術を使い、あたかも一瞬で座ったかのように見せる。


――クリスタの強者ムーヴが一歩リードである。


しかし部屋に入る以前から幻術で莫大なマナを再現しているカミラ。

魔術師ならば誰もが視認出来るマナを幻術で必要以上に増幅させている。

それ故各支部の魔術師や、他三人の幻術使いは彼女の莫大なマナに畏怖を覚えていた。


――カミラの強者ムーヴはクリスタよりも先に行われていたのである。


対するジークフリートとゲルトは普通に着席。

ゲルトは静かに着席し、ジークフリートは腕を組み、心なしか気持ちドカッっと大物風に座ってみるも、それまで。


――初手ハッタリをかませなかったジークフリートとゲルトは一歩出遅れる形となる。


しかし四人の内心は『なんかみんなやっぱ強そうだわ』で統一されているのだ!




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