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花と青空枝豆ご飯と

作者: 卯月猫

江野志 春樹(えのむねはるき)のピクニック



「よし、メインの枝豆ご飯、上手に炊けたな」

 満足気に頷いて蒸らし終えた炊き立てのご飯を器によそう。これはお握りにすると決めている。

お握りメニューは、メインの枝豆ご飯、梅と昆布にした。

酢飯で手毬寿司を作っても良かったが、一口サイズよりもお握りに惹かれてしまったから仕方がない。見栄え的には、手毬の方が可愛いし女子受けよさそうだけどね。

 四角い一重箱に、梅と昆布のお握りに焼きのりを巻いて一区画分。

昨日から生姜とニンニクで漬け込んでおいた唐揚げは、レタスを3枚敷いてから乗せる。自慢の一品は鰆の西京焼き。味噌屋さんの白味噌を使っているので非常に良い味になる。フライパンで焼くコツは強火でやらない事。塩麴にも漬けてあるのでじっくり熱を入れても身が固まらずに柔らかくほろほろと食べやすい上、焼き目を付けるとまた旨い。

 若筍、(ぜんまい)(わらび)で煮物を作って飾り切りした桜人参を添える。

タラの芽と舞茸、天ぷらにして桜塩と山葵塩を添えて……海老はあられ揚げにした。見た目はポップなお菓子みたいで同期の女性社員に言わせたら『映え~!』なんだろうな。

 スナップエンドウとプチトマトはサラダ枠で入れて、最後に桜餅を詰めたら完成だ。

 風呂敷には、一重箱と割りばしは落っことした時用に二膳入れてから包む。甘めと濃い目で分けて水筒は二つ。中身は緑茶でたっぷりと。消毒液、タオルを持ってさぁ、行きますか。


◇◆◇


家から徒歩10分の距離にある小高い丘の広場公園。四季折々の花が楽しめる良い所だ。

今日は平日で人が居ない。スロープ上って一番上へ、見晴らし抜群。遠くに海も青く煌めいている。

 一通り景色を見渡してから、荷物を下ろして弁当を広げる。

 一人宴セットを準備し終えてストンをレジャーシートに腰を下ろしたら、ふう、と吐息が漏れた。

「会社は大量解雇でクビになったし、彼女には振られちゃったけど、まぁ良いか」

 終わってみれば大した事なかったなと振り返る。

 大学を卒業してから就職した企業は順調だった。が、昨今、不況の波に大きく煽られて少なくない損失を生んだ。結果、社員の大量解雇に踏み切らざるを得なかったのだ。

 彼女には、その旨を伝えたら「私との結婚どうなるの」と泣きそうな顔だった。「直ぐに別の所に就職する予定だから大丈夫だよ」と伝えたが、彼女の不安を拭ってあげる事は出来なかった。それから一週間後に『今までありがとう、結婚に不安しかない。さようなら』とメールが来て終わった。

 何年も務めた会社、高校の頃から付き合ってきた彼女、いつまでもあると思っていた当たり前達。縁が切れる時なんて本当にあっけない物なんだなと青空を見上げながら思う。


 桜咲く時期に晴れて無職になったので、弁当なんぞ作ってピクニックへと繰り出して来た訳だ。

一人飯も悪くない、なんなら誰の事も気にせずに気兼ねなく好きな物だけ詰めた弁当を楽しんで、こんな景色まで独り占めってかなり贅沢なのでは。


「いただきま……」


 手を合わせた所で、少し離れた場所から一人歩いてくるのに気が付いた。

 場所はあっちも空いているし、いいよなここに居ても……。予約制の場所でも無いのにそんな事を思っていると、その人はずんずんと近づいて来る。

(え、えぇ……どうしよう。なんだろ……って言うか浮浪者?)

 あちこちほつれたような衣類、全体的に茶色く汚れているような見た目、髪も髭ももじゃもじゃで清潔感が一切無い。

 気が付くと目の前でその男性は足を止めた。

 視線は斜め下、弁当を見ている様子。

「……旨そうな物、食ってるな」

(いや、まだ食べては無いんだけど……)

「こんにちは。天気が良いので花見に来ました、良かったら一緒に食べませんか?」

「……良いのか」

「はい、一人で食べるには少し多く作り過ぎました」

 乾いたような笑いだったかもしれないが、一人分には多かったのは本当だ。


 結局、青空の下、知らないおじさんと二人で花見をして帰ってきた。

弁当を食べながら他愛もない話をしたけれど、「不自由は無いですか?」と聞いた不躾な質問に、彼は「自由だな。俺は難しい事は考えたくないからな……だが、この自由にも責任はついてまわる。何を選ぶとしても自分で選択した結果で周囲の所為じゃない」

 何か、凄い事言われた気がする。自分の人生だしな、それは、確かに。

あの人の所為で、とか結構そんな事思ってしまっていたかもなとすこーし反省する。


◇◆◇


 花見から一ヶ月後。就職活動をしている中、スキルを活かせそうな営業の仕事に応募し面接までこぎつける事が出来た。

 小さな会社だったから、前よりはのんびりと仕事が出来るかもしれない、と淡い期待(あまえ)もあったのだが、それは思いもよらない方向で打ち破られる事となった。

 一人居た受付の女性に挨拶をすると、内線で何やら話した後に案内してくれた先には社長室とプレートが掲げられていた。

 何の間違いだろうか、小さい会社だから社長自らが面接を? 考えがぐるぐるとまとまらないまま受付の女性がノックすると「入ってくれ」と声が掛かった。

「失礼します。江野志様、どうぞ」

「し、失礼します」

 言われるままに入ってしまった。どうしよう。アピールポイント、アピール……駄目だ、割と頭が真っ白である。

「案内ご苦労様です、下がって良いですよ」

 女性は一礼して退室していく。まって、一人にしないで。


「あの時は世話になったな。名乗りもしなかった非礼を詫びさせて欲しい。礼を欠いた対応をした事もすまない。私はこういう者だ。そして、唐突だが……君、ここで料理人を目指してみる気はないか?」

「あなたは……え…………?」

 まさか、そんな事ある訳がない。

「君の弁当は実に旨かった。色も鮮やかで目も楽しませてくれた。あれは、もてなしの一流だったと思っている」

「え、あの……公園でお会いした、方で合ってますか……?」

「はは、その通り。いくらか身綺麗になっただろう?」

「えぇ……あの、ちょっと理解が……」

「何、ちょっと旅に出ていてな」

「旅に出ていてあんな風になりますか……? いえ、あんなって凄く失礼ですけど」

「はっは、まぁ、色々とあってな。それで、料理人になる気はあるか?」

「あ、料理人ですか……? 僕は営業としての応募で……」

「そうだな、この募集は間違いなくわが社の営業だ。だが、君は料理人としての心得を既に持っていると見た。そして、その突出している宝石を今から磨き始めれば世界でも渡っていける料理人になるだろう」

「……あの弁当は、誰かの為でなく自分の為に好きな物だけ詰めて作った勝手な物です。たまたま、居てくださったので一緒に花見になりましたけど……。誰かの為に、料理が出来るなんて僕には……」

「いや、勿論無理強いはするつもりはない。しかし、様々な事のチャンスと言う物は、気が付かない場所からやって来る事もある。やってみたいとほんの少しでも思ったなら……」


『何を選択しても自分の責任』


 そうか、やりたいと思った事をやってみても良いのか。今までの事が活かせる良い塩梅の所に浸からなくても。良いのか。

 仕事にならなかったら、途中で挫折したらそこまでだったと言う事。やってみるだけやってみても良いのでは無いか。


「…………どこまで出来るか分かりません。でも、やってみたいと思いました」

 社長の顔が分かりやすく明るくなった。

「そうか、では明日から研修を始めよう。パスポートは持っているか?」

「はい、よろしくお願いします。……パスポート?」

「持っているか? 有効期限のあるモノを」

「いえ、少し前に切れてしまって」

「そうか、ならばこの研修期間出来るだけ早い内に取り直してもらおう。そこからがスタートだ。研修期間の給料は少し落ちるが、衣食住の保証はするので君は研修に専念してくれて構わない。必要な物は追って連絡を入れる。明日から忙しくなるぞ」

 その顔は屈託の無い少年のような表情で、遊びに行こうと手を取るようなそんな空気さえ感じた。


 

 江野志 春樹、新しい一歩を今、踏み出す。



 











ワンライ(一時間ライティング)でしたが、30分以上超過しました。


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