とある〝なろうチューバー〟の一日が終わりを告げる時
「回転斬り!」
ズバッ!
その背の低い男は、手に握った剣を振り回した。身の丈にそぐわない――その男にとってはだが――刀身は、男を危なっかしく宙に舞わせた。ふわりと浮かんで着地を決めた身体は、そのままバランスを崩してよろめく。そのまま二三回ケンケンをしてから、男は尻餅をついた。
「うわぁっ!」
拍子に剣が男の手から離れて、地面に転がった。「いててて……」と呟く男は涙目になりながらも、しっかりとそれを見据えていた。プルプルとした半透明のボール。もとい巨大なわらび餅のような、それというのはスライムであった。
スライムの体には、剣による切れ込みが綺麗に刻まれている。小刻みに身を震わすスライムは、あれよあれよという間に動かなくなった。
「はぁ……倒せた。……ティンク、撮れ高は?」
ため息をついた男は、側に浮遊している小人に声を掛けた。蝶を思わせる鮮やかな羽を素早く動かして、小人は浮かんでいた。妖精である。
「まぁ、いーんじゃない?」
ティンクはそう言いながら男の耳元までやってきた。キラキラと輝く鱗粉が移動の軌跡を浮かび上がらせた。
「そんな投げやりな……今度こそ新記録を打ち立てるつもりなんだから、真剣に答えてよ!」
ティンクはそれを聞くやいなや腕を組んで顔を曇らせた。
「真剣!?はぁ……真剣……。これが真剣に答えられますか……。今日一日歩き回って、出会うスライム出会うスライムに逃げに逃げられ、やっと倒したのが今の一体……よく撮れ高なんて言葉が口から出てくるものだわ……」
男はティンクの助言を意に介することなく立ち上がった。
「よし……っ!撮れ高取れるまで今日は帰らない!」
「……いや、もう西の空が赤くなり始めたよ。この調子じゃ日が暮れちゃう」
「もう少し!……あそこの小川を超えた辺りにマンドラゴラやオオナメクジが出るらしいんだ」
「ちょっと……!やめといた方が……って、もう歩いてるし……」
ここはヘキトウ町ほど近くの森林の中だ。主に弱い魔族が湧くので、初心者なろうチューバーにとって絶好の狩り場である。
「もう帰ろうよ~。今から一体二体倒したところで大した動画にはならないって~」
「何かしらの素材になるかもしれないじゃないか。限界まで粘ろうよ」
「はぁ……。言い出したら聞かないんだから……」
「いつも言ってるだろ?僕は流されずに自分で決めるんだ」
「……っ!」
ティンクは身をこわばらせた。異変を察知した方へと急いで顔を向ける。途端に叫び声を発した。
「伏せてっ!」
男はその声に敏感に反応した。振り向きざま、瞬時に身をかがませる。男の頭の上では大きな腕が、ブンッ!と風を切る音と共に勢いよく旋回した。男は体中のバネを働かせて、目一杯跳んだ。そして自らの身に降りかかった災いを、遠巻きに見える距離まで離れることに成功した。
「トロル……?どうしてこんな所に……!?」
ティンクがトロルと呼んだのは、三メートルはあろうかという人型の化け物であった。頭の先から臑のあたりまで、長い体毛に覆われている。頭から垂れた髪などは、顔を覆い隠していた。しかし丸く光る円らな瞳は、髪をかき分けて確かに男を狙っている。下顎から真上に伸びた立派な犬歯が、口に収まらずに二人を威嚇した。
「よし……っ!こいつを倒して、映える画アップして、再生数鰻登りだ!」
「なっ……なに馬鹿なこと言ってるのよ!?あんたのレベルじゃ、太刀打ちできる相手じゃないわよ!」
トロルが大きな口を開いて咆哮を轟かせる。ビリビリと震える剣の柄を男は強く握った。
「回転ぎ……っ」
男の体が宙を舞った。もっともそれは、先程スライムを倒したときとは異なる事情のためだった。男は地面に打ち付けられると、しばらくごろごろと転がった。まるで交通事故の瞬間のような光景にティンクが悲鳴を上げる。
男は払われたトロルの腕に、はね飛ばされたのだ。
「リュート!リュート!早く!早く逃げなきゃ!!」
「ゴホッ!ゴホッ!……」
リュートは手足に力を込めると、なんとか四つん這いの姿勢を取った。もたげた頭を上げると、突進してくるトロルの姿が目に映る。
「……僕は……最強に……」
それは一瞬のことであった。まるでマジックショーがそこで開かれていたようだ。リュートの前方には、男が立っていた。今の今までトロルが大きな大きな歩幅で地面を揺らしていたその場所にだ。リュートは瞼をこすった。今起こったことが信じられない。トロルが瞬く間に長身の男に変わってしまったのだから。
「あーかったりぃ……」
長身の男がそう呟いたのを、リュートは聞き逃さなかった。
「……」
リュートの視線を一心に受ける長身の男がそれに気付いて言った。なんともばつの悪そうな顔をして。
「ん?なんだよ?」
「……トロルがしゃべった!」
調子を狂わされた長身の男は、反射的に曲げた首を元に戻した。
「いや、違ぇだろっ!?どこをどう見たら、この俺がトロルに見えるんだよ!?」
「えっ!?じゃあ、トロルは……?」
「ここだ。ここ」
長身の男はそう言いながら、片方のつま先で地面をトントンと叩いた。
「重力魔法グラビト。地面がちょっと低くなってるだろうが?」
確かにこの男の言うとおり、周囲の地面は一様に凹んでいた。まるで超巨大な三文判で判を押されたような円形の凹みである。トロルはこの男の発動させた魔法によって、地面と同化してしまったのだ。リュートは男の顔をまじまじと見ながら息を呑んだ。
「(はぁ……)」
「……ちっ……逃げられたか……変なマナをまとった奴だったな……」
「ありがとうございました!」
「うわ!なんだよ。脅かすなよ」
「あの……っ!」
いきなり近くから声を出された男は驚いた。そしてモジモジとするリュートに一度は視線を合わせる。しかし男はすぐに視線を遠くの木立の中へ埋もれさせた。
「お名前、教えてください!トロルさん!……って、あれ?違う。トロルさんはトロルさんじゃなくて、えーと……」
男が再びリュートの顔を見た。意表を突かれたような表情が、男を尊敬の眼差しで見るリュートの真正面に向いた。
「……お前、変わってるな」
「はっ!変わってなどいません!僕は流されない男、リュートです!トロルさん」
「だからトロルじゃねぇって……みっきぃ――」
「みっきぃ……?」
「……みっきぃ。俺はそこらじゃあ、みっきぃさんで通ってる」
「みっきぃさん!――それにしては声が低いような……みっきぃさんですね!?どうぞよろしく!」
「なんでそうなる。誰もお前とよろしくされたくねぇーよ」
「なんでですか!?命の恩人と助けられた人の仲じゃないですか!?」
「――っ。助けられた側なのにグイグイ来すぎだよねぇ!?引け目とか、もうちょっと感じてもいいんだよ!?」
「僕も将来はもっと強くなるんで、きっとみっきぃさんと肩を並べられるようになるんです!」
「無視!?」
「その時は絶対、今の借りを返してやるです!」
「はっ!言うじゃねぇの。楽しみに待ってるよ……じゃあな!」
「だから!あの――!」
「なんだよ!?まだ何かあるのかよ!?」
「帰り道教えてください!!」
「ここまで来たら分かるか?」
「あっ!はい!町の灯りが薄ぼんやり見えますね!」
「それじゃあ、こんな所でお開きだ。もう道に迷うんじゃねぇぞ?」
「承知の助です!今度会ったら絶対、乱れ突きを教えてくださいね!」
「マナが貯まってたらなー」
「アディオスです!」
「調子のいい奴……」
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