第3話
「革命?」
食事時、ニシキが言ってきた言葉をユウエンは繰り返した。
「そ。前の王さんが殺されて王さんが変わったんだよ」
「いつの間にそんな……」
サナが言った。
「秘密裏に実行されてたらしいからなー。死因も毒殺」
「お前は何で知ってるんだ?」
「知らねーの?もう兵士達の間では噂になってる。隠す必要が無くなったからじゃねぇ?」
「ふーん……」
「で、だ。ここからが重要。新しい王さんは前の王さんと違ってこの戦争を和平に持ち込もうとしてるらしい」
「和平に!」
ユウエンは嬉しそうに言った。
「お前は嬉しいだろうな……。僕は最悪だよ……。それに、大国にこんな小国が和平を持ち込むなんてそうそう簡単にはいかない。今まで何十年も戦争状態だったんだ。どうなる事やら」
「聞いたか?敵国に送った使者が切り捨てられたらしい」
「やっぱり和平なんて無理だろう」
一方敵の大国では……
「あの小国が和平などと大それた事を言ってきたものだ」
「王」
「なんだ」
「あの様な小国、叩き潰してやりましょう。私が行って参ります」
「私も」
「なるほど……あの小国の全てを奪う……悪くない話だ」
「使い魔が10体!?それ本当なんですか!?」
「術者の見立てによればな」
「そんな……今まで多くても4体だったのに……」
「やっぱ和平を持ちかけたせいかねー」
「どうしたら……」
「今日は別部隊も出動する。そっちには『武』や『兵』、『力』の漢字持ちもいる。ま、それで倒せたら良いけどなー。10体かー。わくわくすんねー。それに術者も近くにいるらしい」
「術者も?今までそんな事無かったのに……」
「敵も本気、って事かなー」
「ユウエン!」
サナがこちらに駆け寄って来た。
「ユウエン、今回の戦……」
「うん、大変みたい」
ユウエンは笑って答えた。
「ユウエン……無理しないでね……」
「あはは、それは無理かな。今回は無理をしないと勝てなさそう」
「ユウエン……」
「俺の心配はー?」
「ああ、はいはい、生きて帰って来いよ」
「めっちゃテキトー」
「サナ……じゃあ行って来るね」
「うん、行ってらっしゃい。ちゃんと、お帰りだって言える様にしてね」
「うん」
そうしてユウエン達は兵士と共に戦場へと旅立った。
「おー壮観」
ニシキは遠くの光景を見てそう言った。そこには10体の巨大な様々な動物達がいた。正確には2体は少し離れた所にいる。その上には人が乗っている様だ。おそらく術者だろう。
「作戦は頭に入ってんな。10体全部倒すか、術者を殺すか、だ」
「う……ん……」
「ま、優しいユウエンちゃんは人を殺すなんて出来ねえだろうけど。今まで低級霊を集めた依り代しか相手してねえもんな」
「……」
「殺すのは僕に任せとけ。得意分野だ」
「ニシキ……」
「さっ、て、やってやりますか!」
「うん……!」
二人の体の漢字が光り、漢霊達が光の塊になって吸い込まれてゆく。
「さあ!行こうぜ!!」
「あはは。やっぱり面白~い」
他の部隊もいるとはいえ前衛の敵は8体。しかも術者が近くにいる。いつもとは勝手が違う。とんでもなく強い。兵士達が次々と薙ぎ倒されていく。このままではジリ貧だ。
と、そこでニシキが前衛の敵の間をすり抜けていき、後方の術者達の方へ向かって行った。
「さあさあ、年貢の納め時ですよー、っと」
ニシキは飛び上がり術者へ短刀を向けた。だが……
「私も、戦争経験が無い訳じゃないのでね」
術者の乗った虎が後ろへ飛び、ニシキの刃は空を切った。それだけでは無い。
「やべ……」
ニシキの着地した場所は丁度虎の目の前。虎の蹄(ひづめ)がニシキに襲いかかった。
「がっ……」
ニシキの右半身が裂かれた。
「ニシキ!」
その光景を見たユウエンは叫んだ。ニシキの所へ行かなくては。このままでは取り返しのつかない事になる。
ユウエンは前衛の敵を捨て、ニシキの所に駆け寄った。
「これが噂の『漢字持ち』ですか。我が国の脅威となる様なら早々に殺らねば」
虎の蹄がニシキに襲いかかろうとする。虎を殺るのでは間に合わない。
「ニシキに……触るなあああ!!」
「なっ!」
ユウエンは術者へ直接薙刀をふるった。
「かはっ……」
術者は薙刀に切り裂かれ、乗っていた虎がゆらゆらと透明に崩れて行く。前衛にいた4体も同じように崩れていった。
「あとは……お前だな……」
「くっ……まさかこんな小国にお前の様な奴が居るとはな……」
ユウエンは薙刀を振りかぶった。
「だが、まだ甘い」
「えっ……」
ユウエンの後ろにはいつの間にか巨大な熊がいた。
「あ……」
そう言った時にはもう遅かった。熊の蹄がユウエンの背中を切り裂いた。
「あぐっ……!」
「今日は痛み分けといたしましょう」
術者はもう一人の術者を自分の乗っている使い魔に乗せると、くるりと引き返して行った。術者が見えなくなる頃には残りの4体の使い魔も消えていった。
「巨大熊の蹄!?よく生きてるわね」
『癒』の漢霊はそう言った。
「きっと『戦』の漢字のおかげね……。その戦闘力で熊の蹄をかわそうとしたんでしょう」
『癒』の漢字持ちのロウが険しい顔でユウエンを見た。
「こんな小さな子が……」
「……」
「さあ、早く治療しましょう」
「ユウエン!」
サナが病室の扉をバタンと開けた。
「病室内では静かにしなさい」
ロウが厳しい声で言った。
「す、すいません……。あの、ユウエンは……?」
「峠は越えたわ。今は寝ています」
「僕もいるぞー」
「ニシキ……今回ばっかりは死んだかと思ったよ……」
「なんか薄情じゃね?」
サナは間仕切りのかかっている場所を開けると、そこにはユウエンが眠っていた。
「ユウエン……生きてて……良かった……」
「傷は……残るかもしれないわ……ごめんなさい。私の力不足よ……」
いつの間にかサナの後ろにロウが立っていた。
「そんな!ロウは悪く無いよ!力不足っていうなら私の……」
『癒』の漢霊が言った。
「とにかく……生きてるだけでも良かったです……。傷の事なら俺が責任を取ります」
「あなたが?どういう事?」
「はは、ユウエンの事、お嫁さんにしようかなって。もちろん、ユウエンが嫌じゃなければの話ですが」
「あら」
「ホントに!?」
「いや~ついにか~」
間仕切りの向こう側で寝ているニシキも反応した。
「俺が出来る事ってこれくらいですから。今回の事でもう後悔したくない、って思ったんです」
「おめでたい話ね。ユウエンが起きたらぜひ聞かせてあげて」
「はい」
「ん……」
「ユウエン!」
ユウエンは身動ぎしたかと思うとその目を開いた。
「あれ……ここは……?サナ……?ロウさん……?」
「ユウエン、もう大丈夫だからね。ロウさんが治してくれたから」
「傷は残るかもしれないけれど……ごめんなさい」
「あ……あ……」
すると、ユウエンがカタカタと震え始めた。
「どうしたの!?ユウエン!?」
「私……私……人を殺しちゃった……どうしよう……どうしよう……」
「ユウエン……」
今回の戦はユウエンが敵の術者を倒した事が戦況を大きく変えたと聞いた……。きっとその事だろう。
「ユウエンちゃ~ん。何回も言ってるだろ~。これは戦争。味方が死ぬ事もあれば敵が死ぬ事もあるの」
「ニシキ!ユウエンにそんな言い方……」
「それにあいつは死んで無いぞ」
「え……」
「『殺』の漢字持ちの僕が言ってんだから間違いない。傷は派手だが生きてる。ちなみに慰めで言ってんじゃねーからな。ホントのホント」
「そっか……」
ユウエンの震えは止まっていた。
「ユウエン……こんな時でごめんね。言いたい事があるんだ」
「え?」
「さーて、私は他の患者をみてこようかしら」
「僕ももう一眠りするかー」
「ユウエン、あのね、俺と結婚して下さい」
「え、え、え?」
「俺じゃ、駄目?」
「も、もちろん、喜んで!」
「やった!ユウエンありがとう!」
「これで晴れて夫婦(めおと)だな」
ニシキはボソリと呟いた。
一方、大国の方では……
「王」
「……此度の戦、大敗したそうだな」
「……は」
本当は大敗では無く痛み分けだが、王がそう言うのなら「そう言う事」だ。
「弱小国相手に何を……」
「王」
「なんだ」
「あの国は弱小国などではありません。いつまでも舐めていると……」
「負けた言い訳か」
「いえ。『漢字の力』。あれは侮れませぬ」
「……」
「和平を受け入れた方が良いかと」
「あんな弱小国相手にか」
「もちろんタダではありません」
「ほう……」
「『漢字の力』。それを渡す事を条件に」