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わらわれたコレット

作者: 七ツ樹七香

 

 コレットは、やせっぽっちの貧しい少女でした。


 きたきりの服にはつぎが当たっていましたし、修繕のまにあわないところはやぶれたままになっていました。

 お母さんは朝も夜も働いていましたけれど、コレットにひとかけらのパンとしなびたリンゴをあたえるのがせいぜいでした。

 でも、コレットはいつもにこにこしています。

 そうしていないとおひさまに笑われると、お母さんから習ったからでした。

 コレットも時々は街の学校に行くことがありました。

 かぎ裂きのある格子じまの普段着を身につけて、かぎ編みの汚れたショールを肩にかけて行きます。おかあさんの作ってくれたお気に入りです。昔はコレットの足にぴったりだった布の靴はとうにちいさくなっていて、はみ出したかかとで靴をふみつぶすしかありませんでした。



 石畳にガラガラと音を立てながらキレイな馬車が通ります。

 道のはしに寄ってやり過ごしていると、馬車はコレットのすぐそばでピタリと止まりました。

 大きなお屋敷の前です。


「お嬢さま、どうぞ」


 コレットは、中からおりてきた少女にくぎづけになりました。

 女の子はコレットとおなじ年ごろでしたが、立派な服を着ています。

 つやのあるタフタのドレスには、流行の青い布地がたっぷりと使ってあって、スソからフリルのついた象牙色のペチコートがのぞいていました。

 ポーランド風にキュッと後ろをたくし上げられたスカートは、腰のあたりからたれかかるように幾重ものドレープを作っていて、少女を大人びたシルエットにみせています。

 ちいさな頭をかざる黒々とした帽子はなめらかなベルベットで、すこし広いツバの上には、ドレスと同じ布のリボンが美しく結ばれていました。

 それに、シカ革の白い手袋で包まれた手には、ほっそりとした日傘まで握られているのです。


 コレットは、ほうっと息をつきました。

 お姫さまとはこういうものでしょうか。

 袖口の金色のボタンが、チカっと光って貧しい少女の胸を刺しました。

 美しい少女が歩き出しました。

 青い瞳はまっすぐに前を向いていて、少女を迎える執事に目もくれません。

 彼女は、少し不機嫌なのかもしれませんでした。

 けれど、それが少女の美しさをますます引き立てているのです。

 コレットは彼女がお屋敷の中に消えたあとも、しばらく道のはしにいましたが、やがて背を向けて家に向かって駆けだしました。


 町を出て畑をこえて、家に帰りつくと、コレットはテーブルの上に残っていたひとかけらの黒パンを大急ぎで口に押しこみました。次に、道具の入った大きな木箱をあけて、コレットは小箱に入ったさいほう道具を探しだしました。

 そして、日曜日に教会に行くための服もこっそりもちだします。

 色はつまらない灰色ですが、かぎ裂きもなくてつぎも当たっていない、コレットのとっておきの服です。


 そうして灰色の服とさいほう箱をにぎったコレットは、森の奥へと走り、湖のほとりにあるお屋敷にこっそり忍び込みました。

 ここはえらい人の夏の家なのですが、すっかり風の冷たくなったいまは誰もおらず、庭が村の子どもの遊び場になることもしばしばでした。

 石造りの大きな建物には壁一面に緑のツタがはっていて、秋には赤や黄色に葉の色を変えます。コレットはそれを目当てにこのお屋敷へ来たのです。

 一枚ずつていねいにツタの葉をちぎります。

 そのたびに少女の胸はしあわせの予感にふくらみました。

 コレットは針と糸を手にして、灰色の服の胸のあたりにちいさな緑の葉を三枚連ねて縫いとめました。

 つやつやの葉っぱはぴかぴかと光り、まるでエメラルドのブローチです。


 次に、スカートの一番上のところをぐるりとひとまきするように、緑のツタを不器用な手つきで縫いつけました。その下に黄色、その下に真っ赤な葉をひと目ずつ縫いつけていきます。

 すっかり縫いあげてしまうと、コレットはかぎ裂きのある服を脱いで、ツタの葉でかざったよそいきの服を慎重に身にまといました。

 満足の息をつきます。すばらしいできです。

 あの女の子にだって負けないでしょう。

 コレットは湖に駆けよって、水面にすがたを映しました。


「すてき!」


 コレットはくるくるとその場で回りました。ツタの葉のドレスがさわさわと音を立てます。コレットにばら色のほほえみが浮かびました。

 けれど、夢中になっていたコレットは、屋敷の番人が近づいてきたことに、気がついていなかったのです。


「おい、だれだ!」

「あっ!!」


 にぶい色のオノを手にした男はコレットが村のこどもだとすぐに気づきました。

 そして、おもしろそうに顔をゆがめたのです。


「なんだぁ、その格好は。しゃれたつもりか、みっともない!」 


 番人の男はあきれた調子で、ツタのドレスを指さすと大笑いしました。

 コレットには、あんなにステキだったドレスが急につまらないもののように思えました。

 恥ずかしさのあまりまっかになったコレットは、返事もできずに力の限り走って逃げ出しました。

 走るうちに、きれいに縫いとめたはずの葉は、ハラハラと落ちていきます。

 やぶにひっかけて、灰色の服にもかぎ裂きができてしまいました。

 でもそんなことは、コレットにはどうでもいいことでした。

 コレットは息を切らして家の近くまで駆けもどると、やわらかい草の上にころげて天をあおぎました。


「楽しかったわ」


 空にはかたむきかけたおひさまが輝いています。

 心地のいいお天気です。

 あたたかい丘の上に寝転んだコレットは、やぶけてしまったよそいきの服をなぐさめるようにそっとなでました。


「でも、おひさまには笑われますね」


 にっこりしたコレットのまるいほほに、ぽろっと涙がこぼれました。



The sun didn't laugh

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― 新着の感想 ―
[良い点] 童話らしい作品だと思います。 世の中は理不尽でどんなに足掻いても越えられないものや手に入らないものは存在する。 それでも人は生きていかなくてはならない。 それぞれの望める範囲のなかで、工夫…
[一言] 貧しい娘が自分の手の届かないきらびやかな世界があることを知り、子供の創意工夫や想像力ではその夢と現実の間に橋をかける事さえできないことを知り、大切な余所行きの服を毀してしまい、そうして母に言…
[良い点] 工夫してとても良い出来だと思ったのに…… 現実はなんとも残酷。 きっと、おひさまは笑ったりなんかしないよ。温かく微笑んでいるだけ。 コレットはお針子になったりするのかなぁ……
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