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新緑の息吹

「もしかして、これってスライムってやつなのかな?」

 バスケットボールのような水色の物体がピョンピョン跳ねながら近づいてきた。敵意があるのか、無害なのか……顔も無ければ、声も出してこない。

 明日香は、ユキを自分の背後に隠れさせるように前に出て、様子をうかがった。すると、スライムは、ピョンピョン跳ねて近寄ってきて、一気に明日香に飛んできた。明日香はドッチボールのボールを受けるよう捕まえたが、直ぐにスライムは変形し逃げ出した。

(痛くはないけれど……どうやったら倒せるんだ?)


 スライムの退治方法を悩んでいると、スライムは明日香の横に回り込み、頭にぶつかってきた。「痛いじゃない!」と思わず声に出して気が付いた。スライムは初めから明日香の命を狙っていたことに……最初はみぞおち、次は延髄……完全に急所狙いだ。かといって、明日香は武器は何もない。会議室を出て屋上に出たため、ポケットにはハンカチとティッシュ、胸ポケットにはボールペン……ボールペン!


 またスライムがみぞおちを狙って飛び込んできたところへ、ボールペンを短いドスのように両手で握りしめ、突き刺した。その瞬間、スライムは水風船がはじけたように、液体が飛び散り小さなキラキラした石が落ちた。

(なんとか倒せたみたいだけど、スライム以外が出てきたらヤバくない?熊とか狼とか……)


「ユキ、できるだけ早く城壁のところまで行こう!」

ユキは了承したように、明日香より先に出て城壁に向かって進み始めた。


 それからも、何回かスライムと遭遇したが、ユキが体当たりするだけでスライムは、はじけ飛んでしまい、消滅していった。明日香はキラキラした石を拾う係になっていた。

(私より、さっき生まれたばかりのユキ方が戦力になってなる……)


 城壁までたどり着いた明日香。大きな門の脇に小さな門があり、警備兵が居る。明日香は警備兵に尋ねた。

「こんにちは。この城壁の中に入りたいんだけど、どうしたらいいの?」

「不思議な服装したやつだな……身分証の提示と、メンベルクに来た目的はなんだ?」


 警備兵は、中世のような服装をしている。明日香はパンツスーツ姿をしていた。警備兵は、初めて見る服装だろう。なにせ異世界の服装なのだから。それより、城壁の中に入りたい目的を考えなければいけない。道中に考えておけばよかったと明日香は悔やんだ。


「えーっと……気が付いたら向こうの草原に居て、何も持っていなかったんです。それなので、身分証はだけでなく、お金も食べ物もありません。道中に水色のポヨポヨした生き物を倒したあとに落ちたキラキラした石が12個あるだけです。」

「その石はスライムを倒したときにドロップした魔石だな。なかなかドロップしない品で12個も持っているなら、かなりの数倒したんだろう。見たところ武器を持っていないが、魔法使うのか?」

「ほとんどは、この子が倒してくれました。」と言ってユキをかかえて警備兵に見せた。

「サモナーか……城壁内にモンスターを連れて入るには、お前の使役モンスターである証の紋章を提示してくれ」

「証の紋章?」

「そんなことも知らないのか?そのモンスターに絆を示してくれと頼んでみたらどうだ?」


 明日香は、半信半疑のままユキを抱えて「ユキ、私との絆を示してくれる?」と言うと、明日香の手の甲に古代象形文字のような白い光が浮かび上がった。

(なにこれ……)

「モンスターとの絆は確認取れた。城壁内に連れて入ってもかまわない」

「そ、そうなの? よかった」


「メンベルクに来た目的はなんだ?」

「気が付いたら草原にいたの……目に見える人工物がここしかなかったので、目指してきました。草原で生きていける環境ではないと判断したので、目的は……安全の確保と、これから生きるためです」


 警備兵が振り返り、後ろにいるもう一人の警備兵に視線を送ると、相手はうなずいた。

「今までの会話でウソがあるかどうか、調べさせてもらっていた。嘘はなにもなかった。ただ、身分証の発行と、入場料が必要になる。」

「ごめんなさい……入場料だけじゃなく、身分証の発行にもお金かかりますよね。お金が無いので……」

「魔石を下取りさせてもらえれば、費用はたりるぞ?」

「それなら、手続きをお願いします」


 魔石10個を下取りしてもらい、身分証の発行と入場料にしてもらった。身分証といっても、クレジットカード状の金属プレートに名前が刻印されただけの簡易的な物。人それぞれに、魔力の波動が違うらしく、その魔力の波動を身分証に登録された。実際にカードを手にすると、名前が光るようになっている。登録した名前は本名フルネームではなく、アスカとした。


「色々と便宜をはかってくれてありがとうございます。住むところも収入源もないのですが、なにかおすすめはありますか?」

「モンスターを使役しているなら、冒険者ギルドに所属したらいいんじゃないかな。大手の冒険者ギルドなら育成もしてくれるから……【不死鳥の息吹】という冒険者ギルドが今はおすすめかな。門を入って大通りをまっすぐ行くと右手に大きな看板出してるからすぐわかるはずだ」

「ありがとうございます。【不死鳥の息吹】ですね。早速行ってみます。私はアスカですが、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「エントだ。冒険者になれば城壁の外に出る機会も多くなるだろうから、よろしくな!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 お世話になった相手の名前を聞くのは、営業の基本だ。なにかの縁で仕事につながることもある。




無事に城壁内に入ったアスカとユキ。アスカの服装が目立つからか、すれ違う人の注目を集めてしまう。恥ずかしさを感じながら大通りを進むと、フェニックスが炎を吹いている絵が描かれていた【不死鳥の息吹】の看板が入り口の上に大きく掲げてある建物をみつけた。


 逃げ込むように【不死鳥の息吹】に入ったアスカ、しかし入った建物内は、受付カウンターとフードコートのような場所になっており、そこにいた人たちからも注目を浴びてしまった。


 アスカは目があった受付カウンターの女性の元に行き、ユキをかかえたまま「冒険者ギルドに所属したいのですが、どうしたらいいですか?」と質問した。

「最低限の条件をクリアすれば、所属できますよ。まずは、適正を見ますので、この石板の上に手のひらを乗せてください」


 言われるままに石板に手を乗せると、アスカの簡易ステータスが表示された。


名前:アスカ

Lv:3

ジョブ:踊り子


 受付カウンターの女性は、「ジョブが踊り子って珍しいですね。」と言い、眉間にしわをよせてしまった。

(ゲームの世界でも踊り子自体がいらない子っぽいのはわかるけど……大手ギルドって言ってたからなんとかなるよね?)


「一般的には、アタッカー、ガード、ヒーラー、ウィザードのジョブの人が多く、需要もあるんだけど、初期ジョブが踊り子ってなかなか居ないのよ」


 続けて、受付カウンターの女性は、「踊り子のスキルを見たいので、少し踊っていただけますか?」と面接官のように言ってきた。ごもっともな要求である。


 アスカのおばあちゃんは、日舞の大師範であり、物心ついたときから、日舞を教えられていた。アスカ自身も名取をし、師範にもなっている。おばあちゃんのひいきがあったからだろうと思う。


 履歴書の特技に日舞と書くと、面接官に「日舞踊ってみてください」と言われることはよくあった。しかし、日舞はリクルートスーツを着てやるものではない。重心を低くして、昔ながらの日本の生活様式を表した舞である。ベリーダンスや社交ダンスのような華やかさはない。ましてや、センスや傘などの小道具なしで舞っても、初めて日舞を見る人に良さは伝わることはない。


 ユキを床におろし、アスカは、パンツスーツ姿に小道具なしで日舞を舞った。

 結果、受付カウンターの女性は、さらに眉間にしわを寄せ、その場にいた冒険者たちからは、失笑されてしまった。

「申し訳ないですが、踊り子のスキルも発動していないようですし、踊り自体も……不採用と判断させていただきます。別の冒険者ギルドをあたってください」と言われてしまった。面接に落ちるなんて久しぶりにあじわうショックであった。


 この時間冒険者ギルドにたむろしている低レベルの冒険者ではなく、一人でも高レベルの冒険者が居れば、体のキレ、隙のない所作に気が付き、不採用されることはなかったであろう……

 運よくギルドマスターが見ていたら、即所属許可をしただろう……


 道行く人に冒険者ギルドを聞いて複数まわったが、どこも日舞を舞って不採用になってしまった。


 まわりまわって、【不死鳥の息吹】の前に戻ってきてしまった。そのとき初めて、【不死鳥の息吹】の向かいにも同じ大きさの建物だが、時代に取り残されたような古びた建物があることに気が付いた。【新緑の息吹】と書かれた冒険者ギルドが、そこにあった。


 アスカは、【新緑の息吹】に入ってみたが、人が居ない。受付カウンターとフードコートのような作りは、どこのギルドも一緒のようだ。受付カウンターに行き、「すいませーん!ギルドに所属したいんですけど、どなたかいらっしゃいませんか?」と声をかけてみた。すると、一人の年配の女性が奥から出てきて。「おや、珍しい。久しぶりの新人さんかい。まずは適正をみてみようじゃないか」といって、石板を出した。

(また同じ流れなのか……)


 今日何回目だろう……アスカ日舞を舞い終え、年配の女性を見る。ユキもどことなく心配そうに明日香を見ている。

「いい踊りを見させてもらったよ。所作が優雅で隙がなく、綺麗で独特な踊りね。この踊りを見て不採用にする冒険者ギルドは見る目がないねぇ。疑う余地なく採用!」

「えっ! ありがとうございます!」アスカは自然と涙が流れた。

「おやおや、こんなことで涙流さないでおくれよ」

「今日一日回って、やっと所属させてもらえたんです。ありがとうございます。……住む場所もお金も無いんです……」

「このギルドハウスの部屋で良ければ住んでいいよ。賄いつきにしてあげるから、クエストに出ない日はギルドの受付カウンターや雑務をしてくれるかい?」

「はい!」

「私は、サーシャ。【新緑の息吹】のギルドマスター代理だよ」

「サーシャさん、よろしくお願いします!」


 アスカは、【新緑の息吹】の一員になった。

 メンベルク唯一のS級冒険者ギルド【新緑の息吹】に所属したのである。

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