少女②
『料理を作ったことがない?』
あいつが泊まってる宿屋で、そんなことを話してた。
『...まあ確かに境遇を考えると無理もないだろうけど...これからを考えるとちょっと困るな』
『じゃあ簡単なものだけでも教えるよ、おいで』
宿屋の人に頼み込んで、私たちは調理台を使わせてもらえることになった。事前に買い揃えた食材を並べ、基本的なことから教えこまれる。
『見返りは何が欲しいの? 』
『別に何も欲しくないよ、さっきも言ったけど役に立って欲しいだけさ』
私は不思議で仕方なかった。
私を一方的に縛り付けた冷酷な男、自分の住む町を崩壊させた悪魔、だけど今は全くそんなことを感じない。
淡々と教えてはいるけど、それすらも私にとっては意外な光景だった。だっていつも見るアイツは、何かに憑りつかれてるみたいだったから。全くの別人に見えて仕方なかった。
アイツにもこんな穏やかな顔が出来るんだなと、私は思った。
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牢屋に入れられて二日が経った今、私は脱出を試みることもせず、「死ぬ前にやりたいこと」を考えることもせず、ただ確実に迫る死をひたすら待っている。
「...」
アレ以来大男は一度たりとも動くことはなかった。
何か打算があって言った言葉でもなかったし、そもそも理解できてるのかも怪しい、そのあたりに関しては最初から諦めてた。だから本当にこの男の悪口を言っただけ、ただの独り言だった。
「さ、処刑の時間だ。これからも商品として、俺たちのために頑張って働いてくれよ?」
『視線』を使って殺してやろうかとも思ったけど、もう疲れた。街では汚物を見るような軽蔑した目で見られ、今は下卑た目を向けられてる。そのたびに殺意や苛立ちが湧いて出て、そのたびに自分の無力さを思い知って悲しくなった。
もう嫌、もう十分。
こんな不条理な世界で葛藤しながら生きてくなんてもう御免だ。
たった二日なのに、それだけでも私の心を折るには十分すぎる時間だった。これまでに浴びてきた辛さや痛みが溢れてきて、早く死んで楽になりたいとすら思えてくる。
もう私は、生きたいとすらも思えなくなってた。
*
私たちのいた場所よりもさらに深く、他とは明らかに隔絶された場所にそれはあった。
そこは、小さな闘技場。
処刑という名目だけど娯楽も含まれてるような、そんな場所だった。そして奥にはライザが椅子に座り、じっとこちらを見据えている。
私は円の真ん中へと放り出され、身動き一つとれないでいた。円の周りには裕福そうな身なりをした人たちが談笑しながら私へと視線を送っている。私を商品にする過程すらもライザにとっては金を稼ぐ名目に過ぎない。どこまで言っても冷酷、無慈悲。商売人とは本来こんなものなのかもしれない。
「みなさま、大変長らくお待たせいたしました。本日のショー、最初の商品は『視線』の力を持つ少女です!」
「希望の殺し方、所有権の獲得を希望でしたら挙手をお願いします。規定時間内で最も多くの額を提示された方が、晴れて出来たての商品を持ち帰ることが出来ます!」
その言葉を聞いた途端、貴族たちは自分の身分を忘れて獣のように叫び散らす。その怒号にも似た声を聞きつつ、司会の従者はうんうんと頷いた。
「お熱いところ申し訳ありませんが、競りは処刑人が登場してからでお願いします」
「というわけで出てきてもらいましょう。本日の処刑人は...コイツだぁ!」
...ほんとにサイアクだ。
命が終わる最後ですら、私の心を踏みにじろうとしてくる。
「処刑人として使えなくなった役立たず、本日はその最後の仕事となります。みなさんも一度は利用されたことがあるでしょう、スクルータです!」
従者に連れられて登場したのは、少し前まで私と共に牢屋に入れられていた、あの大男だった。