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7 囚われた過去

「大と一緒に、こうやって映画観られるなんて、俺って幸せ者だね」


「大袈裟だな、正太は」


 映画館の最後列で、周りにバレないようにカップル繋ぎで手を結び、ポップコーンにコーラを買い、間もなく始まる映画を待つ二人。赤井大と、その彼氏、笹島(ささじま)正太(しょうた)

 笹島は、坊主頭で右目の下に泣き黒子があり、赤井より身長は少し低いが筋肉質で童顔だ。大学で知り合い、付き合って一年半、一緒にジムに行ったりカラオケしたり、順風満帆なカップル生活を送っていた。赤井は、自身がゲイである事を両親に隠しているが、笹島は中学生の時に家族にカミングアウトしている。家族はみんな笹島を受け入れてくれた。

 幸せな二人。辺りが暗くなり、ラブストーリーの映画が始まる。

 こんな関係がずっと続くものだと赤井は思っていた。

 しかし、運命とは残酷だ。


 映画のクライマックスシーン。主人公がヒロインに告白をするシーン。打ち上げ花火が上がる。だが、突然スクリーンが真っ暗闇に包み込まれる。観客も何事かとザワザワしている。スクリーンを突き破って現れたのは、ヴァンパイアの悪夢ん。悪夢んはマントを広げるとコウモリが次々と現れ、観客を襲う。皆パニックになり、赤井も笹島と手を取り合い、逃げようと立ち上がった。が──、笹島の背後から、ヴァンパイアの手が心臓を貫いていた。


「正太────!!」


 泣き叫ぶ赤井。


「大……逃げ……て……」


 笹島の右頬に涙が伝う。


 チリン──。





 風鈴の音が聞こえ、目を覚ます赤井。大量の汗をかいて、顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いていた。

 度々、過去の出来事が夢に出てくるのだ。忘れられない悲痛な出来事。最愛の彼氏を悪夢んに奪われたのだ。

 赤井は、笹島を殺したヴァンパイアの悪夢んを探している。必ず、赤井自身の手でヴァンパイアの悪夢んを倒すと心に誓っている。悪夢んを憎む気持ちは人一倍だ。

 そして、赤井はある人物も探している──。





「ちょっとぉ、何これスッゴイ美味しいんだけど!?」


「僕も……初めて食べました……!」


「薫さんも祐くんも気に入ってくれた? 良かった! 俺のイチオシのお店だから」


 流行(はやり)町の繁華街にあるカフェ、エスプレッソ。緑の行きつけの店だ。赤井、青戸、緑、桃野、アライが仲良く食事をしている。


「前からマリトッツォって気になってたんだけど、これは人気の理由が分かるわね」


「このパンケーキもふわふわで、美味しいです……」


「ここのバナナジュースも、一度飲んで欲しいな! 病み付きになるから」


 三人は楽しそうに会話しているが、赤井はパンケーキを眺めて切ない表情をしている。


「なんじゃ、大。食べんのなら、ワシが食ってやろうか?」


「あれ? 大ちゃん、大丈夫? どっか体調悪い?」


「いや、ごめん。ちょっと昔の事を思い出しちまって……」


 赤井の元彼、笹島はパンケーキが大好きだった。付き合っていた頃は、二人で一日に何件もハシゴしたものだ。


「そんな葬式みたいな顔してるとパンケーキに悪いでしょ? アタシが食べてあげる」


 桃野は手を伸ばし、赤井のパンケーキを器用にナイフとフォークを使って切り分け、一口食べた。そしてアライ用にも小さく切り分けた。アライはテーブルの上に移動し、虹色の嘴でパンケーキを突いた。


「美味いのぉ」


「……アライも、パンケーキ食べるんだ……」


「大ちゃん……?」


 赤井の隣の席に座っている緑は、そっと赤井の背中に手を添える。


「龍二郎、ありがとう。ごめん、ちょっと俺、外の空気吸ってくるわ……」


 席を立ち、店を出る赤井。


 大好きだったあの笑顔は、二度と見る事は出来ない。

 大好きだったあの声も、二度と聞く事は出来ない。


 赤井は、ぼーっと空を見上げる。雲一つ無い快晴だ。

 しばらくして、三人と緑の肩に乗ったアライが赤井の元にやって来た。


「赤井さん……」


 青戸が心配そうに赤井を見上げている。


「悪りぃな! 俺のせいで空気悪くしちゃったな!」


 無理矢理笑顔を作り、明るく振る舞おうとする赤井。


「いいのよ。赤井の分のパンケーキが食べられたんだし。美味しかったわよね、アライ」


「うむ」


 噛み締めるように答えるアライ。


「大ちゃん」


 緑はそっと赤井のケツを揉んだ。飛び上がる赤井。


「ナッ!!? いきなり触ってくんじゃね──!」


 笑い合う一同。重たかった空気が一瞬で軽くなっていた。しかし、その直後全員の顔が青ざめる。今までに感じた事の無い、凶悪な禍々しい気配。悪夢んがエスプレッソの屋根の上に立っていた。全員が悪夢んを視認できるまで気が付かなかったのだ。


「「「「成!!」」」」


 赤、青、緑、ピンクの全身タイツに変身し、赤井が目の色を変えて悪夢んに突っ込む。


 屋根の上に居た悪夢んは、赤井が今までずっと探していたヴァンパイアの悪夢んだった。


「はああああ゛風林火山!!!!」


 地面を蹴り、高くジャンプする。大剣から火の粉が迸る。

 赤井の斬撃を、ヴァンパイアの悪夢んは表情一つ変えず、マントを翻していなした。


蜃気楼(しんきろう)


 ヴァンパイアの悪夢んが言葉を発し、再びマントを翻すと無数のコウモリが現れ赤井を襲う。赤井はコウモリに飲み込まれ見動きが取れなくなる。


「敬天愛人」


 桃野が唱えると、悪夢んの頭上に巨大なテディベアが現れ、即座に落下する。テディベアに押し潰されダメージを負ったかと思ったが、一瞬にして霧散するテディベア。何事も無かったように起き上がる悪夢ん。


「ちょっとぉ、全然効かないじゃない」


 桃野は、渾身の力を込めて放った技が微塵もダメージを与えられず動揺している。


遮二無二(しゃにむに)!」


 緑がコウモリ目掛けて二丁拳銃を乱射し、青戸が赤井を救出する。ヴァンパイアの悪夢んの攻撃により、赤井はボロボロだ。


「和泥合水」


 ゆっくりと息を吹き掛け、大きなシャボン玉を作る。赤井に優しく触れ、弾ける。目を覚ます赤井。悪夢んを警戒しながら、緑も赤井の元へ駆け寄る。


「大ちゃん、大丈夫? 後先考えず飛び出すなんて危険だよ。あの悪夢んは唯でさえ普通の悪夢んとオーラが違うのに、人間の言葉も喋るんだから、俺達も作戦を練らないとまずいよ」


「うむ。あやつは別格じゃな」


 緑の肩に乗っていたアライも頷き、赤井の肩に移る。


「アイツは……俺が倒す……」


 緑達の言葉を無視し、起き上がろうとする赤井。しかしフラついている。


「赤井さん……傷を治し切れてないので、急には動けませんよ……」


「うるせー!!」


 青戸に支えられている赤井は手で振り解こうとするが、力が入っていない。どうやら悪夢んの『蜃気楼』という技は、物理的な攻撃に加え、相手の体力も奪っているようだ。


「キャ──!」


 ヴァンパイアの悪夢んの左手から、ドス黒いオーラを放つ鎖が何本も発生し、その鎖は桃野を拘束していた。


「祐くん、大ちゃんを頼んだよ」


 緑が小さな声で囁き、一瞬にしてその場から消えた。青戸が気付いた時には、緑は悪夢んの背後に周っていた。


二者選一(にしゃせんいつ)


 緑はそっと呟き、左手を真っ直ぐに伸ばしてトリガーを引く。放たれた一発の弾丸は、緑色に輝く流れ星のように悪夢んの左肩を貫いた。しかし、悪夢んは顔色一つ変えず、右手を緑に向け


猜疑心(さいぎしん)


と唱えた。黒い衝撃波が緑を吹き飛ばし、壁に打ち付けられる。


「ガハァッ!!」


 吐血する緑。


「メガネェエ!!」


 桃野が叫ぶが、緑は瀕死の状態だ。


「ヴヴヴぅぅ……」


 赤井が震え出し、青戸は只おろおろするだけで、どうにも出来ないでいた。赤井の体からは黒いモヤがじわじわと発生していた。


「大よ! 負の感情に飲み込まれるな! 悪夢んが産まれるぞ!」


 赤井の耳元で叫ぶアライの声は、赤井には届いていないようだ。

 唯一無傷の青戸は、自分がこの状況をどうにかしなければ皆を助けられないと心では焦っているが、絶望的な状況に打ちひしがれていた。


「誰か……」


 みんなを助けてほしいと願った青戸。非力な自分を責め、僅かな希望に縋った。




白黒分明(はっこくぶんめい)!」


 突如、何者かが悪夢んの鎖を断ち切り、桃野を抱き抱えた。

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