1 キミもSOGIESC(ソジエスク)だ!
(みんな……みんな消えればいいんだ……)
少年、青戸祐は自分自身にも、周りの人間にも嫌気が差していた。
「アイツ彼女できたって!?」
「クラスの子だと誰がタイプ?」
「女子って良い匂いだよなー」
馴染めない会話。引き攣る自分の笑顔。
十四歳の痩せ細った体は冷えている。青戸の部屋には、食べ終えたコンビニ弁当の空や洗濯物、教科書などが乱雑に置かれている。グシャァッと、空のペットボトルを踏み潰しても気にも留めずベランダに向かって歩いて行く。鮮やかな青色で重たい前髪は目元まで隠れ、血色の悪い唇は微かに震える。
青戸の周りから黒いモヤが沸々と発生し、次第に大きくなり、全身を包み込む。そして、部屋中を黒いモヤが満たしていく──。
「あそこだな、アライ」
「あぁ。ビンビン感じるじゃろ」
小夜時雨の中、赤く光る航空障害灯。高層ビルの屋上に佇み、数百メートル先にある黒いモヤがかかったマンションの一室を見ながら、全身真っ赤なタイツに大剣を背負った男と、その男の肩に乗った白色の文鳥ようなものが会話する。
男の名は赤井大。ツンツン頭のショートヘアに顎髭を蓄えている。ピッチリしたタイツ越しに隆起する筋肉。文鳥は、アライ。ちゅんとした嘴は虹色だ。
「大、気を付けろよ。生まれたてほやほやの"悪夢ん"みたいじゃが、油断してるとヤられるぞ」
「分かってるって! 俺はSOGIESCだぞ!」
勢いよくビルから飛び降り、次々にビルからビルへ飛び移る赤井。マンションに近付くと、ベランダから虚ろな表情の青戸がゆっくりと出て来た。黒いモヤが全身を覆っている。
「人……? みんな……みんな……居なくなれ……」
黒いモヤは赤井に気付くと、一塊となって襲いかかって来た。
「うわっ!?」
何とか間一髪のところを躱す。黒いモヤが触れた所が見る見る溶けていく。
「ほら、言ったじゃろ気を付けろって。ワシはまだ死にたくないぞ」
「だぁーもう! 集中が切れるだろ、アライ! 怖いならどっか隠れてろよ」
「ほらまた来るぞ!」
先程よりも素早い動きで赤井に向かってくる黒いモヤ。赤井は大剣を構え、モヤに切り掛かる。ジュゥゥゥと大剣が溶ける音を聞き、即座に後退する。
「やっべえぇ。どうやって倒せばいいんだよ」
「ワシも知らん。自分で考えろ」
「ひっでーなー」
宙に浮く黒いモヤは、雨に打たれ少し縮んでいるようだ。
「はっはっーん!? なるほどなるほど」
不敵な笑みを浮かべる赤井。
「何じゃ? 倒し方でも分かったのか?」
「まぁ見てろって」
徐に黒いモヤに対して尻を突き出し「や〜い! こっちに来いよ〜」と挑発し、自分の尻を叩く赤井。黒いモヤが人間の言葉を理解している様子は無く、しばらくの沈黙の後に再び迫って来た。
「よっと!」
既の所で躱す。赤井のいた場所には水溜まりがあった。
ブシュュゥウゥゥという悲鳴のような音を上げ、ユラユラと漂う黒いモヤ。
ピタッと動きが止まったかと思うと、急に少年の元に向かう黒いモヤ。
「マズイ! 少年を襲う気じゃぞ! 大!」
「させるかよ!」
地面を蹴り、高くジャンプする。大剣から火の粉が迸る。
「はあああああ! 風林火山!」
燃え盛る大剣を振りかぶり、黒いモヤを両断する。刹那、塵に消える黒いモヤ。
黒いモヤが消えると同時に少年がその場に倒れ込む。
「ん……んん……」
少年は、ベランダで赤井に膝枕されている。重い前髪は、目元まで隠れるくらいで、細い体は雨で冷え切っている。
「あれ? ぼく……何でベランダにいるの? ……お兄さん、誰? ──「良かった!」
少年の言葉を遮るようにキツく抱擁する赤井。
「おいおい。少年を殺す気か」
掠れた声で苦しいと少年が言っているが、赤井には聞こえていないようで、アライの声で我に帰る赤井。
「あぁ。ごめんごめん。嬉しくって、つい……」
赤井の目に、雨なのか涙なのか分からないが頬を伝う。鼻の頭は赤くなっていた。
「お兄さん、泣いてるの……?」
「そりゃあ、キミが居なくなったらって考えたら悲しくなるだろ」
見ず知らずの人間のために泣ける人なんて居るのか、とまだ朦朧とする頭で考える少年。
少年は思った。赤井のように積極的な性格だったら、こんなふうに暗い人間にならなかったのではないか。ずっと学校にも行かず引きこもるような事には、ならなかったのではないか──。
「とにかく、生きていてくれて、ありがとう!」
少年の頬にも雨が伝う。
(ぼくも、お兄さんのように暗い自分から変わりたい!)
少年は心の中で強く願った。心臓が熱くなる。
「ん? 大! この少年、SOGIESCのメンバーになれるかもしれんぞ!」
「え? アライ、本当に?」
「ああ。ワシが言うんだから間違いない」
「ソジ……なあに、それ?」
「あぁ。SOGIESCっていうのは、"悪夢ん"と戦う力を持った者のことだよ」
「悪夢……ん?」
「そんな説明で分かる訳がないじゃろ、大。"悪夢ん"は、人間のマイナスの感情から発生する正体不明の物体で、人間を襲い殺すものじゃ。ワシら、アライは"悪夢ん"に対抗する力を人間に与える事が出来る存在じゃが、ワシらは直接"悪夢ん"とは戦えん。人間も、誰もが"悪夢ん"と戦える訳ではなく、選ばれしSOGIESC達のみが戦える。SOGIESCになるには、前向きな感情や、自分を変えたいと思う気持ち、人を助けたいという気持ちが必要なんじゃ。お主も、そうじゃろ?」
「自分を変えたい……気持ち……」
「よおぉし! そうと決まれば、早く式典やろうぜ!」
「そう慌てるな大。少年の気持ちが優先じゃろうが」
「ついに! 俺にも仲間が出来る日が来たんだ!」
「ワシの話を聞いとらんのぉ……大め」
アライは少年を真っ直ぐ見つめ、問う。
「少年よ、お主はSOGIESCとなり、"悪夢ん"と戦う気はあるか?」
「"悪夢ん"が何なのか全然分からないけど、ぼくは……変わりたい! お兄さんみたいに明るくなりたい…! SOGIESCに……なりたい! ……です」
「よかろう。少年よ、手の甲を出せ」
おずおずと左手を出す少年。アライの虹色の嘴が少年の手の甲に触れる。少年の内側から熱い何かが駆け巡る。
「式典完了じゃ」
「やったな! これでキミもSOGIESCだ!」
YouTubeに朗読したものをアップしました。
まだ完結してないので、頑張って完結させて、朗読も完成させたいです。
是非見ていただけると幸いです。
よろしくお願いします。