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暗闇の中で。(4)

目の前に立つ女性に対し、自分は何も言い出せない。

自分の中の感情がよくわからない。

いきなり骨を折られるなんて、相手に対して怒っていいはずなのに、怒りの感情がわいてこない。

自分は怒っていい。怒ってもいいはずなんだ。

なのに、なぜ自分は怒れない?


「そんな水の精霊に囲まれた状態でぇ

 

 怒りの感情を持とうだなんて無駄な事よぉ」


うっすらと光に包まれた女性が笑みをこぼして話す。。

黒い髪、真っ白な肌、一切飾り付けのないグレーのワンピース。


・・・よく見ると怖い。

完全にホラー映画に出てきてもおかしくない。


男はその女の容姿を改めてみて、後ずさりする。


女性は呆れ顔をやめ、笑みを浮かべているが、その笑みが恐怖の感情を呼び起こすが、怒りの感情と同じですぐに消えてしまう。


自分の方から女性の方に歩みよった方が...いいのか?

心の中でこれからの行動を考える。


「君の方から来てくれると嬉しいかなぁ

 もちろん、私の方から行ってもいいけどぉ」


女性が笑みを浮かべながら、こちらを眺めている。


もし向こうから近づいて来られてたらもう完全にホラーだ。


・・・こちらから向かいます。


「ええ」


女性は小さくうなづく。

心の声が聞こえて、魔法が使えるなんていう完全にチート機能を持った女性だ。


今は逆らわない方がいい。

逆らって、どうこうできる相手ではない。

逃げようとかしても絶対に捕まるし...逃げようなんて考えたら、多分またひどい目にあう。今の自分は圧倒的強者である蛇に睨まれたカエルにすぎない。

これがホラー映画の中だったら、走って逃げて捕まって血しぶきを飛ばしていただろう。ホラー映画の被害者Aにはなりたくない。


水の精霊の輝きで自分の姿は暗闇の中でも青白く光って見えるけど、女性を包んでいる光はなんの精霊の輝きなんだろう?

そのうっすらした光と白い肌がホラーっぽく見えてしまう。


今まで白っぽい光だったのが、赤に、青に、緑に、黄色に...って色変えられるのか...


「どの色がお好みかしらぁ」


女性が笑みを浮かべて質問してくる。


「・・・最初のでお願いします。」


赤とか青とか完全に不気味すぎて無理だし、緑や黄色もとても落ち着いて話ができそうにない。


瞬きをして、女性から目を放した瞬間、女性の姿がぱっと消えて暗闇の中で自分の姿しかみえなくなった。


・・・


「この色でよかったかしらぁ?」


「・・・それじゃねーよ!


 確かに最初は光ってなかったかもしれないけど、

 そうじゃなくて、せめて姿が見えるように光ってくれ」


「なかなかいいツッコミねぇ」


暗闇の中、うっすらと光に包まれた女性が浮かび上がる。

女性は笑みを浮かべている。


んっ?立っていた位置が少し離れている気がする。

この防空壕ってこんなに広かったっけ?

つか、防空壕の壁が全然見えないんだよなぁ。

女性の方に足を進めながら、暗闇の中を見渡す。


「そうねぇ。

 あの洞穴はそんな広くはなかったわよぉ」


・・・えっ?どういう意味?


「君とゆっくり話をしたかったからぁ、

 私が張った結界の中に君を招待したのよ。


 だから、君は私の許可なしには

 外に出ることもできないからねぇ」


・・・なにその結界って...しかも招待しといて閉じ込めるとか、どっかのホラーハウスか?


「あそこで君がワンワン吠えると、

 他の人を巻き込んじゃうかもしれないでしょ」


女性まで数メートルで足が止まる。

改めてみると、ホラー映画より怖い。


「幽霊じゃないし、妖怪とかでもないわよぉ

 君の事を殺す気もないわぁ。


 ただちょっとあまりにも言う事聞かないなら、

 ほんの少し痛い思いをしてもらうだけよぉ」


・・・さすが心の中が読めるチート持ち。

ってか、ほんの少し?骨を折るのがほんの少しなのか?

それ以上の痛みっていったい何があるんだ?


「爪...剥がしてあげよっかぁ?」


女性が不気味に笑う。

その笑顔をみた瞬間、全身に電気が走ったかのような衝撃が走った。


こいつは本当にやばい。

本当に痛い事を知ってる顔だ。


男はゆっくりと1歩ずつ、足を進める。


普段あまり人と接していない男には、

ぶっちゃけどれくらいの距離で接していいかがわからない。


あまり遠すぎてもダメだろうし、近すぎてもダメだろう。

しかも、相手は異性だ。


女性がため息をつき、視線をそらす。


女性との距離は、後2メートルぐらい。

これぐらいの距離で大丈夫だよな?


座っていた時はもっと大きな女性だと思っていたが、実際に立ち上がって見てみると女性は自分より少し低く、圧迫されるような感じはしない。

足を止めて、女性に視線を合わせる。


・・・きれいだ。


もし、街で声をかけられたら、心拍数が上がってしまい、その場からすぐに立ち去るしかないレベルだ。


「あのぉ・・・」


女性に声をかける。


「まぁ、今はそこでいいわぁ」


女性は、こちらに視線を一度むけると、すぐにまた視線をそらした。

ものすごく不服そうな表情だが、もう少し近づいた方がよかったのだろうか?


「そこでいいわぁよぉ。」


あい。


女性はこちらを向くと、あっという間に距離をつめた。


かっ、顔が近づく。


後ろに一歩足を引こうとした瞬間、女性の両手が背中に回って抱き寄せられ、身体が密着し、その場で動きを止められた。


女性の体温を感じる。

自分の心臓の鼓動がいっきに早くなるのがわかる。

もう間違いなく女性には心臓の鼓動が伝わっているだろう。


さきほどまでとは違う緊張。

いきなり女性に抱きつかれた、どうしたらよいのかわからない。

女性の「そこでいいわよ」の一言で安心したそのわずかな一瞬で、抱きつかれてしまった。


「しばらくこのまま、お話しましょっかぁ?」


女性が背伸びをして、耳元でつぶやく。


「うっ...」


思わず変な声が漏れ、自分の顔が熱くなっていくのがわかる。


なんとかして、この状況から逃げ出さないと、マジでやばい。

この女性から逃れる術があるか?断る方法なんてあるのか?


「逃げようとしたら、背骨を折るわよぉ」


背中に回された女性の腕に力が入るのがわかる。


「いっ...」


女性の腕に締め付けられて、声が出る。

痛いわけではない、苦しい。

このままでいいから、少し緩めてくれ。

じゃないと俺の骨が...


「君・・・病気なんだから、

あんまり暴れちゃだめだよぉ。」


「・・・えっ?!」


「見てるこっちが心配になっちゃったんだからぁ」


「・・・病気の事とかまで知ってるのかよ」


もう、なんでもお見通しって事か...


「そう。私は君の全てを知っているわよぉ

 だからぁ、君は私の言う事を聞くしかないの。


 君は必ず私の言う事を聞く事になるんだからぁ、

 あきらめなさい」


女性が笑っているを感じる。


「ねぇ、もし私が君の病気を治してあげるって言ったら、

 君ならどうするぅ?」


・・・病気が治る・・・


考えた事がなかった訳ではない。

けど、どこの病院でも治療方法がなく、

毎週のように病院で採血をしてもらい、輸血してもらっていた。

この病気が治る。

もし本当に治るのなら、治してほしい。


「もし病気が治ったら、何をしたいかなぁ?」


病気が治ったら・・・

頭の中で病気が治ってからの事を想像しようとしたけど、何も思い浮かばない。

病気が治るのなら治してほしい...でも病気が治ってから何をするのか?

病気を治したら何が変わるのかが、わからない。


「君は病気を治したいけどぉ。

 病気が治ってからの人生をまるで考えてない。

 

 それでいいかなぁ?」


女性は上目遣いで自分の顔をのぞき込み、うっすらと光を放ったまま笑顔を見せる。その笑みを見て思わずドキッとしてしまい、女性を引き剥がそうとしたが、女性の腕はビクともしない。

背中に回された女性の指先にゆっくり力が加わるのがわかり、思わず背筋が伸びる。


「・・・いいかな?って言われても、

 治らない病気だったから、

 急に治るって言われても何がやりたいかなんて、

 ぶっちゃけわかんねぇよ」


「ふぅん。わからないっかぁ

 いい答えねぇ。


 それじゃあ、

 私の世界にくるって言う事でいいかなぁ?」


「はぁ???」


「だって、君、突然病気が治ったら、

 ものすごい有名人になっちゃうんじゃないかなぁ?


 治す事ができない病気が、

 いきなり治っちゃうなんてぇ。


 多分、この世界だと病気が治っても、

 君は何もできないよぉ


 残りの人生、ずっと病院のベッドの上で、

 検体として生きる道しかなくなる。


 早い話がぁ


 君って病気のままでも、

 病気が治っても何も変わらないのぉ


 君はやりたい事は何もできない。

 それが君の運命なの」


「いや、その前に私の世界って?」


「この世界とは違う、私の住んでる世界よぉ」


女性の笑顔に視線をそらす。

この水の精霊の光といい、心が読める事といい。

確かに、自分たちの世界ではありえない。

でも、異世界?そんな物実際にあるのか?


背中に女性の腕が食い込むのを感じる。


「せぼね折ってみる?

 大丈夫よぉ。

 ちゃんと治してあげるから、

 今ならちょっと背骨が折れる痛みを経験できるだけよぉ」


「しっ、信じます。信じます。」


うん。異世界は存在する。

存在しないと、こんな馬鹿げた事おこらない。


「それでいいのよぉ。

 実際にある物を否定しても仕方がないわぁ。


 私の世界にこればぁ。

 病気も治せて、君はやりたい事ができるかもしれないしぃ。

 君はとってもハッピーになれるよぉ」


・・・


「これは、2度とやってこないチャンスだよぉ。」


「・・・チャンス?・・・チャンスなのか?」


何もない真っ暗闇の天井を見て考える。

漫画や、ゲーム、ラノベ、いろいろな異世界が頭を巡る。

異世界か。


「私はぁ、この世界を文字を訳してくれる人を探してるのぉ

 君にはそれをやってもらいたいんだぁ

 それをやってくれるというのなら、

 病気は私が治してあげるよぉ」


「文字を訳す?」


「そう、この世界って本がたくさんあるじゃない。

 その本を翻訳するために、

 まずは文字を私たちの文字に訳してほしいのよぉ」


背中に回された手が食い込む。

ちょっと痛い。


「もう逃がしてもらえない感じなんですけど?」


「そうだねぇ。

 もう逃がさないかなぁ」


これって完全に脅迫だよなぁ?

拒否したら背骨を折られてあの世行きって、俺に拒否権ってあるの?

この女性について、異世界に行くか、背骨を折られてあの世に行くか。

・・・これで背骨を折られてあの世行きを選ぶ奴っているのか?


「あら、そんなに簡単にあの世に行けると思うのぉ?

 今なら背骨折っては治して、

 折っては治しての繰り返しとか、

 いろいろしてあげられるけどぉ」


・・・異世界に行くか、死ぬ事もできない拷問を受けるかの2択か・・・


どちらにしても、結界から出してもらえなければ。元の世界にも戻れない。

って、俺もう選択の余地がないような気が...


・・・笑顔がにくい。


女性に抱きつかれたまま、大きくため息をつく。

このため息は、参りましたのため息だ。

心の読める女性にはすぐにそれがわかる。


「契約成立だねぇ」


女性の手に力が入る。

痛いっ。痛いっ。これ抱擁とかじゃなくて、

ベアハッグだよ。


真っ暗な天井を見上げて考える。

これからどうなるんだろう。


ちょっとした不安で心臓の鼓動が早くなる。

青白い光の粒は心臓の周りに集まっている。

心臓の鼓動を異常と勘違いしたのだろう。

これはちょっと可視化されるとはずかしい。


「うるさいわよぉ。

 私には君の心の声が聞こえるって言ったの忘れたのぉ?」


・・・すいません。・・・

聞かないって選択はできないのですかね?


「契約が切れれば、聞こえなくなるわぁ」


便利なのか、不便なのか・・・

何も考えないように、じっと我慢する。

ただ、何も考えないというは結構難しい。


背中に回った女性の手を感じる。

女性の手は力強く自分をしっかりと抱えている。

少し視線を下げると、女性の頭と顔が見える。

目をつむり、自分の胸に顔を寄せている女性。


女性の目尻には涙?

なんで、涙を流しているのだろう。

この女性はいったい何者なのだろう。


「君を探すのってぇ

 大変だったんだからねぇ

 何回も何回もこの世界に来て、

 やっと見つけたのよぉ


 今は黙って私を慰めなさい。

 君は私の物なんだからぁ」


ーー・・・


慰めろといきなり言われても、今できる事なんて・・・

身体が自然に動き、女性の背後に腕を回し女性を強く抱きしめた。


「それでいいのよぉ」


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