暗闇の中で。(3)
暗闇の中で男が一人座りこんでいる。
長い沈黙が続いていたなか、突然鈍い音が暗闇に響き、男は座った状態から前のめりに倒れこむ。男の上腕がくの字に曲がってり、男の右腕は肩と肘の間にもう1つの関節ができあがっていた。
暗闇の中で男は左腕で右腕を抱え込み、地面に額をつけ、土下座のようなポーズで背中を振るわせている。
男は唇を噛みしめ何かをしようと必死の形相にかわり、下半身のみの力で立ち上がる。
男は無言のまま、暗闇をじっと睨み続けている。
男の立っている地面から小さな青い光の粒が飛び上がり、全身を青い光の粒が覆う。
苦痛でゆがみ唇をぐっと噛み締めていた顔が、目を見開いて、口を半分開けた状態でお化けでも見たような表情になった。
男は青い光の粒を目で追いかけてキョロキョロとしている。
青い光の粒は、男の左腕の上腕部分に集まる。
曲がった上腕がゆっくりとまっすぐになっていく。
それは痛みを与えないように優しく治しているかのようだった。
この暗闇のどこかに、心が読めるふざけた女がいる。
もしかしたら、自分はまだ夢の中でこれは現実ではないのかもしれない。
「うーん、とりあえず一緒に深呼吸してみようかぁ?」
暗闇の中で女の声が、深呼吸を提案してきた。
立ち上がろうと思ったが身体が思うように動かない。
今までのやりとりで、手足は完全に麻痺状態だ。
最初の頃と比べれば緊張感は緩和している物の、落ち着くにはもう少し時間が必要だ。
「はい、深く息を吸ってぇ、、、吐いてぇ、、、
って、君も一緒にやるの!!!」
暗闇の中、女の声が大きく聞こえる。
『ドォッ』
鈍い音が防空壕に響く。
痛い・・・
右腕に激痛が走る。
自分との意思とは関係なく、条件反射で左手が右腕を支える。
強烈な痛みに反射した身体は一瞬伸びあがろうとして、おしりが浮き顔を地面にうちつける。
地面に額を打った痛みより、腕の痛みと全身を襲う脈がうるさく響いた。
「ぐわぁぁぁぁぁっ」
なっ、何が起きた?痛い。
左手で痛みの走る部分をふれてみると、まっすぐのはずの上腕が折れ曲がっている。
こっ、骨折?
いきなり、どうして?殴られたのか?蹴られたのか?
「ごめんねぇ。折れちゃったぁ?」
やっぱりおまえか?
この痛みはなんとかしないと、やばい。
くそっ、なんでこんな事になってるんだ。
「ねぇ、痛いよねぇ。
君は骨を折った経験はないでしょぉ」
うるせぇ。このクソ女が。何してくれてんだよ。
くそぉぉぉぉ。
「さぁ、立ち上がってぇ
私の言うことを聞けないんだったら、
もう片方の腕も同じようにしちゃうよぉ。」
何ふざけた事言ってんだ。
今のこの俺の状態を見て、どうしてそんな事が言えんだよ。
痛いんだよ。ものすごく痛いんだよ。
唇をかみしめ、暗闇をにらむ。
女がどこにいるかわからないけど、我慢できない。
脳は大量に分泌されたノルアドレナリンの影響を受け、
恐怖と苦痛というスパイスは眠っていた憤怒という感情を呼び起こす。
人間に痛みを与えると怒りに変わる。
これはもう科学的に証明されている事実だ。
立ち上がろうにも、腕は使えない。
左腕を少しでも右腕から離そうとすると、右腕の自体の重みで激痛が走る。
額を地面にぐっと押し付け、それを支点に下半身のみの力で立ち上がる。
暗闇の中、「クスッ」と女のすすり笑いする音が聞こえる。
「ずいぶんいい顔になったじゃない。
君の中でスイッチが変わったかなぁ」
痛い。苦しい。動悸が激しい。
ふざけた事言ってんじゃねぇ。
「立ち上がった、ご褒美としてぇ。
その腕は治してあげるねぇ」
はぁ???
何言ってたんだこいつ。
そう心の中で思った瞬間、地面から突如浮かび上がってきた青い光の粒に身体が包み込まれ、骨折による激しい痛みも激しい動悸も、ゆっくりと引いていく。
あまりに突然のことで、何が起きたのかわからない。
なんだ、何が起きているんだ?
青い光の粒が自分の周りを浮遊している。
その粒は非常に細かく、LEDの電飾を小さくした物のようだ。
とても小さく発光点はわからない。
この青い粒を見ていると、意識が頭の奥に吸い込まれる感覚がする。
この青い光の粒はどれだけあるのだろう。
「見るのは初めてかなぁ?
物質の修繕魔法は、
水の精霊の力を使うから青色の光を放つんだよぉ」
暗闇の中から、女の声がする。
ーー魔法?
漫画やゲームの中でなら魔法なんて当たり前だが、実際にこの世に魔法なんてあるとは思えない。
折れた上腕が、何かに包み込まれるような感触して、痛みがすっと消えてまっすぐに戻っていく。
「水の精霊は精神の癒やしの効果があるしぃ。
見ていると落ち着くでしょぉ。
この世界の人たちって、
水の精霊大好きみたいだしぃ」
この暗闇の中、青い光の粒の輝きがなんとも幻想的で思わず見とれてしまう。
女の声を無視して、青い光の粒の動きを追う。
右腕を動かすと、青い光の粒も一緒になって動く。
身体を回転させてみても、青い光の粒が腕についてくる。
思わず「おおっ」と心の中でつぶやく。
この青い光の粒が全て水の精霊とかいう物なのか?
「君も気にいったかなぁ?」
光の粒を左手で掴もうとしたけど、掴めない。
何回もチャレンジしてみたけど、ダメだった。
おしい。なんか瓶か何かに入れて飾っておきたい。
なんとか捕まえる方法はないのか?
腕に集まった青色の光の粒は腕を完全に治癒すると青白く変わり、身体全体を覆ってきた。
自分の身体全体が、青白い光の粒で輝いている。
真っ暗な暗闇の中で、自分の身体が発光しているようにみえる。
きれいだ。そしてなんか・・・かっこいい。
腕を回して見たり、回転してみたり、ジャンプしてみたり。
光輝く自分の身体をいろいろ動かしてみると、自分の身体に合わせて光の粒が動く。よく水族館で、発光するクラゲの展示があるが、今の自分はまさにクラゲになったような状態だ。
暗闇の中、女性がこちらをじっと見つめているが、この輝きが見えているのだろうか?
身体を早く動かすと、光の粒は腕の動きについてこれない。
身体をできるだけ早く動かすと、光の粒が身体を追って宙を舞う。
「おお、すげぇ」
なんてきれいなんだろう。
これマジでかっこいいんだけど。
この光、ほしい。。。
「なぁ。これすごいきれいじゃない?」
さっき見かけた女性に向かって声をかけると、女性は笑顔で答えてくれる。
女性に見せつけるように腕を振り、回転をする。
ーー女性?・・・
「さすがに、無視されるとは思わなかったかなぁ。
水の精霊の力は精神を安定させる効果もあるから、
怒りの感情なんかも鎮静されちゃうんだけどぉ、
骨を折った相手がいる事ぐらいはぁ、
覚えておいてほしかったなぁ」
暗闇の中、うっすらと光をまとう女性が、あきれた表情でこちらを見ている。
ふっと脳裏に骨を折られた時のことがよみがえる。
骨は治されたとはいえ、いきなり骨を折るなんてあまりにも理不尽だ。
なのに、女を見ても怒りの感情が湧いてこない。
・・・自分はいったいどうしちまったんだ?