異世界初日(3)
「うん。おいしいコーヒーだぁ。
本当ならもう少し休んでてほしいんだけどぉ
今の状態で寝なさいって言っても無理よねぇ
君もこれを飲んで目を覚ましてぇ」
賢者から手渡しでコーヒーの入ったカップを受け取る。
ーーおいおい、今このコーヒーを飲んだよな。これって間接…キスとかなんじゃないのかよ
「気にしなくてもいいよぉ」
想像していた事が読まれてた。はずかしい。
心の中を読まれるというのは、ちょっと、いやかなり恥ずかしい。
顔だけでなく、耳まで熱いのがわかる。
カップを回転させて、賢者が口をつけた場所を反対側にして、
コーヒーを一口飲む。
「ごはっ、にげぇ、マジにげぇ」
あまりの苦さにコーヒーを吐き出す。
なんだこの苦さは、喉が。
「目ぇ覚めたぁ?」
持っているカップから男の子の声で話しかけられ、驚きのあまりカップから手を放す。
カップは宙を舞い、台の上のポットとこつんと軽くタッチ。
賢者は「クスッ」と鼻で笑う。
「おまえ、どこがおいしいんだよ!
なにこの苦さ、人間の飲めるようなもんじゃないぞ」
ベッドに腰掛けている賢者に食いつく。
賢者は流し目でこちらをちらっとみると、
台の上を見て笑みを浮かべる。
「犯人はこいつらか!」
ポットとカップ。苦いコーヒーを入れた犯人だ。
しかし、目も口もついていないただのポットとカップ。
ものすごく怒りにくい。
「おまえら、後で絶対に目と口書いてやるからな!」
「うーん。遠慮しておくよぉ。
君、絶対に変な事考えてだろうし、
君に絵の才能があるとはとても思えないよ」
「なっ、ついさっきあったばかりの奴がなんでそんな才能の事までいわれんだよ」
ずばり、絵の才能はない。それは自分でも自覚している。
でも、今日初めてあった人間?いやポットとカップにそんな事をいわれる筋合いはない。
「にがいコーヒーのおかえしだ。
だいたい、おまえらのその役って、
本来ならもっと可愛い感じのポジションなんだからな。
今のおまえは全く可愛くない。
むしろホラーだ。
ポルターガイストっていう幽霊みたいだ」
どこからどう見ても、銀のポットと陶器のカップに吠える自分。
普通の人がみたら、ただの頭のおかしい人だ。
ポットが宙を舞い、いきなり熱湯をかけてくる。
「おい、おまえ、やめっ、熱っ。
マジ熱い。火傷する。」
「止められる物なら止めてみなぁ」
「おまえ、くそっ」
立ち上がりポットを追いかけるが、ポットの方が動きが速い。
それに天井近くの高さまで飛ばれると、こっちは手も足もでない。
形勢逆転。
ポットに追いかけられる。
ベッドの布団を利用して、なんとか熱湯の直撃を防ぐと、
「熱いわね!私まで巻き込まないでくれる!」
と布団から声がして、布団に両手両足を縛られる。
「なっ、布団までしゃべるのかよ!ってやめろ。放せ!」
布団により身動きを封じられ、なすすべない状態に。
「君、僕らに勝てると思ってるの?」
・・・まさかポットに負けるなんて、普通は考えないだろ。しかも布団まで加勢するなんて。
ポットと自分のやりとりに賢者は笑いをこらえきれなかったようで、
部屋の入り口近くでこちらに背を向けて笑っている。
「やっぱり君は面白いねぇ。
これから街にでかけるからぁ。
君も着替えてぇ」
賢者の声に反応して、ポットは熱湯攻撃をやめて、台の上に移動。布団は自分の拘束をやめてベッドの上にきれいにひろがった。しわ一つなく綺麗にベッドに広がった布団。
誰がどうみても、これが自由に動き回れるとは考えないだろうし、しゃべるとかもありえないだろう。
・・・これは、ベッドメイキングの必要性もなしだな。
台の上をにらみつける。
このセット。目も口もついてないから、表情がまったくわからない。
とにかく腹立つこのセット。絶対に後で目と口を書いてやる。
ベッドから立ち上がり、机や椅子と距離を置く。
この様子だと、机、椅子、タンスもこの部屋にある全ての物に気をつけるべきだろう。
賢者が笑みを浮かべる。この笑みは正解の笑みだ。
会話の必要ナッシング。
賢者の顔を見れば、自分の考えていることの結果がわかる。
「はぁぁ...」
机も椅子もタンスも目も口もない。どこからどうみても、ただの家具だ。
こんなのがいきなり動いてきたら、誰だって泣くぞ。
ただの、ポルターガイスト現象だ。
「とりあえず、この中で動ける物はみんな動いてみてくれる。」
もう、何が動き出すか、分からない。
自分でもいうのは恥ずかしいが、自分のハートはかなりのチキンだ。
映画なんかでも、突然の銃の音にびっくりして椅子から腰をあげてしまうほどだ。
ポットとカップが宙を舞い、案の定、机が飛び跳ねる。
椅子が1本足で回転して、そしてタンスが引き出しを出したり閉まったりする。
ふとんと枕も宙に飛び、タンスの中に入っていた洋服までもが宙をひらひらと飛び回る。
ーーおいおい、ちょっと待てよ。動いてないもんの方が少ないじゃん。
一通り、動いているのを確認して、ベッドに腰を下ろして深くため息をつく。
ちょっとばかり想像とかけ離れってか自分の知る異世界と違う。
ベッドに寝転んで天井を見上げて背伸びをする。
家具に目と口があり顔みたいに見えれば夢の世界の物語。
だが、ごく普通の家具が動けばポルターガイスト。
改めて、アニメの世界で書かれている目と口の存在意義を知る。
ーーこれが現実って奴なのかね。アニメや映画は所詮は夢。人間の願望でしか…
視界の片隅に入っていた賢者を見ると、笑いをこらえている。
・・・やばい・・・これなんかやばっ
「うわっ」
賢者の表情から自分に何かがおこる事は想像した瞬間、自分の身体が宙に飛ぶ。
「|▽♪>?+*‘P?!?!」
あまりの驚きで声にならない叫び声をあげる。
ーーまさか?!!! おまえもかぁ?!!!
宙に舞った身体は、ベッドに落ちる。
ベッドは身体を受け止めると再度飛び跳ねる。
・・・これは・・・
絶対に朝寝坊のできないベッドだ。
低血圧症状の人間の天敵とも言える家具。
この部屋は、夢の世界の部屋ではなく、ポルターガイストの起こる部屋。
恐怖のホラールームだ。




