049 消える幻
暗い雰囲気だったが活気があったアッシド町がゴーストタウンのようだった。
路上に多くの死体が転がっていて、放置されている。
そこに、ハビル帝国の辺境守備隊が千名ほど到着した。
「何が起きているのだ? 何んだこの死体の山は?」
辺境守備隊の隊長で狼の耳に尻尾を持つ獣人のウバホは呆然となった。
町に入る際にトラブルを覚悟していたが、門番は既に倒されていた。
町に入れば一般人の姿がなく死体の山である。
「聖女様が、ここに捕まっているはず。私の身代わりになって捕まったの。早く助けて」
兎族のラビが誘拐犯に襲われて、聖女様が偶然にそこに居合わせて身代わりに捕まってしまった。
ラビの証言で誘拐犯を追って行くとこの町にたどり着いたが、至るところに弓矢が刺さった死体と穴が空いた死体が転がっている。状況判断が追いつかない状態だった。
そこに走り去る女性を発見する。
急いで近づいて話を聞く為に腕を掴んだ。
「た、助けてください」
「わかった。私達もこの町に何が起きているか全くわからないのだ。私の同胞が誘拐されてこの町にいると思うのだが何か知らないか?」
「今、この町は勇者様のようなお方が襲撃しているようです。裏のネオンと言う奴隷ギルドがあるのは知っていましたが見て見ぬふりをしてきました。そのツケがいま町を襲っています。誘拐された獣人達は、町の地下のどこかにいると思います。妹の安否が心配なので行かせてください」
「勇者? どんな奴だ?」
「黒い鎧を装備した人物です。仲間の方々もいるようで地上の死体はその方々が倒したネオンの関係者だと思います」
「わかった。情報をありがとう。誰か! この女性の護衛をしてあげてくれ」
女性に護衛を二人付けて送り出すと、情報にあったネオンと言う組織の地下への入り口を探す為に町の調査を開始した。
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ニュンペーが地下をネオンの関係者を倒しながら進んでいくと、多くの檻が並ぶ場所に来る。
檻の中には、獣人という種族が多数捕まっていて震えていた。
「ここが、組織の中枢かな?」
バキン! キン!
檻の鍵を剣で壊しながら前進する。
檻を壊すと中にいた獣人達が逃げ出していった。
最後の出口に一番近い大型の檻を壊すと話しかけられた。
「貴方は何者ですか?」
全身に蛇のような鱗がある女性だった。
その背後に白い狐の耳を持つ獣人と虎のような耳をしている獣人がいる。
「冒険者ギルドで、闇奴隷商人ギルドのネオンという組織の壊滅の依頼で町に来た者です。全て排除しますのでそれまで隠れていてください」
「え? ヒューズ王国の冒険者?」
「そうだが? そういえば長年放置されていて獣人達には申し訳なかったっと主君が言っていたな」
「主君? 誰かに使えているのですか?」
「お前ら! 何故逃げ出している! そこの黒い鎧の奴は誰だ?」
奥から、大柄の男がやってきた。
問答無用でニュンペーが走り込み剣で斬りつけるが、男が手に持った大型斧で跳ね返した。
「なんだ、弱いなぁ。だが雑魚では無いようだな。俺はネオンの幹……」
カキン!
無視してニュンが再び襲うが、軽く斧で返される。
「てめぇ! 話してる時に攻撃しやがって! 俺はネオンの幹部のテーラだ! ネオンにいる十人の幹部の一人だぜ。いまなら見逃してやる」
「見逃してやる?」
ニュンが違和感を感じて徳を見る眼鏡で判定すると赤ではなく黄色だ!
黄色の対応は聞いていない。
男の初めの言動で、さっきまで赤い奴しかいないので勝手に判断してしまったが、今後は間違って襲わぬようにちゃんと判定しよう。
殺さなければ良いだけだ。
「おとなしく、奴隷たちは檻に戻れ! 黒鎧は悪いが奴隷を逃がした罪で連行だ」
「わかった。いざ尋常に勝負!」
「わかってないじゃねーか!」
カン! キン!
大型の斧だが、ニュンの剣と同じ速度で動かしている。
テーラという男は強いが、斧の技と剣の技ではニュンの能力である聖剣が上回っていた。
同程度の速度とパワーであれば、リーチを生かした剣技でテーラを押していく。
キン! カン! サク!
斧を持っている右手に剣の切っ先がかすってテーラの血が周りに飛び散る。
「く! 弱いと思ったが強いじゃないか! わかった降参だ!」
斧をすてて手を挙げた。周囲を見渡してニュンと奴隷しかいないのを確認すると頭から狸の耳が出てきた。
「「「え!?」」」
奴隷の獣人三人が驚く。
「正体は内緒だぞ! 俺は獣人の国の冒険者ギルドからやってきた化け狸のテーラだ! ネオン壊滅の為に一年間潜入捜査中だ! 俺一人では太刀打ちできないから情報収集していたが突然襲撃されて地上が全滅した。いま脱出すると逆に危ないから檻に戻っていてほしい。地上を襲っているのは黒鎧の人の仲間か?」
「私は、ニュンペー・テミス・ゼウス。主君の槍であり剣だ! 地上を襲っているのは主君だ。私たちはヒューズ王国の冒険者ギルドからネオン壊滅に来たものだ」
「おおおおぉぉぉ!! ヒューズ王国の奴らは信用してなかったがお前ら凄いな! 地上でレベルⅥを超えているはずの幹部の死体を沢山見てきた! 何人で襲撃してるんだ?」
落ちついて考えたら、ニュンペーは主君が出した幻である。フロイデと主君の二人で襲撃しているのか?
「二人だ!」
「へ!? 嘘言うなよ二人で地上に居るめちゃくちゃ強い幹部たちを倒せるわけが……主君?……ゼウス?」
テーラが、ぼそっと最後に言った言葉に、奴隷の三人も目を大きくする。
「「「「幻影騎士団!!」」」」
四人が同時に同じひらめいた言葉を発した。
「ん? まれに冒険者ギルドの依頼を遂行すると言う人がいるが、私は幻影騎士団ではないぞ」
「そりゃそうだ御伽噺だからな。だが貴方の行動は、まるで……」
背後から、ゲンワクとフロイデがやってきた。
「ニュン! 怪我なく無事だったのか? フロイデが撤退しようって言うから王都へもどるぞ」
「人がいる所で名前を呼ばないで! ニュン! ヤバイのバーズ皇子が殺されているから逃げないと巻き込まれる! もうじき、ここに獣人の国から軍隊が来るように要請したから行きますよ」
主君が転移門を幻で出現させると周囲が明るくなった。
「「「「転移門!!」」」」
また四人同時に言葉を発するが、もはや四人は状況が理解しきれず動かない。
開いた転移門に主君が入ったあとにフロイデが入ろうとした時に何気なくフロイデが気になった事を賢者の石を触って調べたようだ。
フロイデが硬直して、首をニュンに向ける。
「お前か! バース皇子を殺したのは! はぁぁ確かに徳を見る眼鏡のおかげで悪い奴はわかるけど、賢者の石も併用しないと危ないわね」
文句を言っているフロイデを無視してニュンが転移門で先に行ってしまった。
「話を聞きなさ……」
フロイデも転移門に入ると門が幻のように消えて行った。
残された四人は同じ事を考えていた。
幻影騎士団が帰ってきた!
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王都に帰ってきて、フロイデはげっそりした。
知ってはいけない秘密を大量に知ってしまって頭がパンク中である。
戻るとすぐに何事もなかったようにゲンワクはニュンと晩御飯を食べていたが、そんな気分になれずに王都の城の付近まで散歩をしていた。
首にはゲンワクに渡された賢者の石をまだつけたままだった。
「返し忘れちゃった! ま、ゲンワク……いや主君が寝たら消えるからいいか……本当に御伽噺みたい!」
ファーストキスを奪われた唇の感触を思い出して指で口を触る。
目の前を城から元スラム街をつぶして新しくできた騎士訓練施設に、移動しているボプラ将軍の姿がエルフでなければ見えない程に、はるか彼方に見えた。
「あ! やり残した事があった! ニュンだけにやらせたらダメよね。ばれなきゃ大丈夫! ばれたら主君にが助けてくれる」
アッシド町の地上でネオン関係者と戦っている際に、フロイデの矢がきれてしまった。
そこで、主君が不思議な矢を出してくれた。
木製ではなく金属製なのだが、木製と同じぐらい軽いし真っ直ぐ飛ぶのだ。
「私が寝たら消えてしまいますが、前世にあった矢でTNT火薬まで使用されている一番強力なものを出しました。当たると爆発もする仕掛けも入れてあります。使ってみてください」
そういわれて使ったら威力が凄かったので、発射時の衝撃でに爆発したらどうするんだと怒りながら使用を拒否して、すぐに普通の矢を大量に出してもらった。
それを思い出しながら、腰の袋から弓やとゲンワクにもらった強力な矢を一本出した。
ネオンの首謀者は、ボプラ将軍である。かなりの距離があるがゲンワクがくれた矢なら届く気がする。
「私の友人、隣人の風の精霊よ。我が放つ矢について目的を果たす事を願う」
ピン! ヒュウウウウゥゥ……
精霊の加護を添えてフロイデが放った矢が弧を描いて、本来は弓矢などで攻撃が届かないほどの遠距離にいたボプラ将軍を目指す。
何故か、当たる事を確信してフロイデが、弓矢をしまって冒険者ギルドにいるゲンワクに報告をするため移動した。
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ボプラ将軍は、昼夜突貫作業で急いで建築された騎士訓練施設を急いで見に行くところだった。
施設には奴隷たちと楽しめる特殊な部屋も用意したので、楽しみでテンションが上がっていく。
ヒュウウウウゥゥ……
風切音が聞こえて、そっちを見ると矢が飛んできている。
「は? 伏兵か? 暗殺か?」
ボプラ将軍は、普段は弱いふりをしているが実はレベルⅥ相当であった。
腰の剣をすぐさま抜刀すると、矢を剣で弾いた瞬間に弓の先端が爆発した。
威力はすさまじく、ボプラ将軍の身体が半分になり周囲の通路が破損した。
あっけなく、ネオン最後の幹部は死亡した。




