030 幻の勇者
既に三件の塩漬け案件を処理したが、主君から貸していただいた飛竜の移動速度が尋常ではなく今日中に四件目も行けそうだ。
「あと少しだ。頑張ってくれ」
「ぎゃああ。くわああ」
飛竜が、返事をする。
主君は流石だな。こんな魔獣と仲良くなれるなんて楽しくて仕方がない。
人の言葉も理解しているようで指示した内容通りに動いてくれる。
目的の火山の麓にある村に到着する。
突然の飛竜の来訪に、村人達が武器を用意して待ち構えていた。
「村長は誰だ? 冒険者ギルドから来た者だ」
冒険者ギルドから来たと言う事で村人達が安心して武器を下ろした。
村長から詳しく依頼内容を確認の為に聞いた。
依頼は極めて単純である。
村から見える火山に巣食っている火竜の討伐である。
毎年、家畜が少しと村人が数人被害にあうが、依頼料が低い為に誰も討伐に来なかったクラス シルバー依頼である。
「冒険者様。どうぞお願いします。依頼料はほとんど払えませんが、どうにかお願いします」
「依頼料は、いらないぞ? すべて主君のためだからな」
「主君? 騎士様でしたか!」
「そうだ。訳あって主君の名はあかせぬが素晴らしい主君だぞ。まぁ任せておけ」
時間がないのでそのまま、飛竜で火山の場所までいどうする。
だいぶ放置されていた案件の為か、繁殖した火竜が十匹いるようだ。
「依頼では一匹だったはずなんだが? お前は離れた所で待っていろ」
飛竜に命令してから一番大きな火竜に向かって、飛竜から飛び降りた。
この世界に来てから、信じられないほど身体能力が上がった。主君が言った能力の聖剣という物が関与しているのだろうか? 相手がどのように動くか予測も未来視と言う能力のおかげが全てわかる。
最後に頂いた主君からの不死身の能力は、本当に不死身だった。破損した身体は聖女の能力で自己治癒していく。まさに無敵だな。
一番大きな火竜を落下の加速を利用して一撃で首を斬り落とす。
空中で残った火竜達が一斉に襲いかかってくるが、全て剣で瞬殺する。
四匹の火竜を斬る事で落下速度を軽減させてきたが、最後は地面に激突する。
体がバラバラになる衝撃を受けて、内臓が潰れて足の骨が折れる。
そこに残った火竜が、燃え盛るブレスを吐き出す。
体が燃えて炭化する感覚が襲ってくるが、構わない。
折れた足を聖女の治癒力で治すと、燃えたままの体で残りの火竜と対峙する。
「ちょっと無茶をしすぎたか? めちゃくちゃ痛い。主君に痛みも感じない体にしてもらおうか?」
全身の痛みを我慢して、残りの火竜を倒していった。
最後の火竜と対峙した時には、右手と左目および腹が半分無くなって右足は逆を向いている。
「流石に、もう無理っぽいな。無敵ではなかったなぁ。もっと主君の為に力をつけねば」
悔し涙が出た。
最後の火竜に、頭から食べられた。
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火竜達が村を襲うのを予見する為に村で一番足が速いヨウゼフが、火竜の巣のそばで監視していた。
交代で見張っていて、火竜達が村へ向かいそうな時は狼煙をあげるのが規則だった。
今日も村に行く気配はない。
冒険者ギルドには、火竜の本当の数を教えたらクラス ゴールドの案件になってしまい最低依頼料が支払えない為にシルバー案件として嘘の依頼をしていたが、火竜の数が毎年増えていき、もはや優秀なクラス シルバーの冒険者が来ても討伐は不可能だと思っていた。
「ギャアアアア! クワワ! ウオオオ!」
火竜が騒いでいるのを聞いて、隠れ家の隙間から遠くがよく見える遠眼鏡で火竜の巣を見ると、空から騎士が落下してきて、火竜達を落ちながら斬っていた。
「ありえない! なんだあれは?」
最後に地面に騎士が衝突したが、数分で立ち上がって残った火竜と戦い始めた。
顔面に爪を受けても、そのまま火竜を串刺しにしたり、避けられない攻撃を右手で受けて右手が飛ばされるが、左手に持ち替えた剣で首を一刀両断する。
腹を抉られて左足を火竜に踏み潰されながら、下から剣で火竜を串刺しにしたところで、力尽きたようだ。
最後の一匹が、騎士を頭から食べてしまった。
その周りには九匹の火竜の死体が、ばら撒かれていた。
なぜか、見ず知らずの奮闘した騎士の死に涙が出る。
何者だったのだろうか?
生きていれば、村を救った英雄ではないか?
名も知れず死ぬべき騎士ではないのではないか?
様々な思いがヨウゼフを襲った。
過去に冒険者を目指していたヨウゼフに勇気が芽生えた。
気がついたら武器を持って、最後の火竜に向かって走っていた。
現場に到着すると、最後の火竜が苦しんでいる。
今なら私でも倒せるのではないか?
騎士殿が、何かしらのダメージを与えてくれたのではないか?
自分には少し大きめの剣を構えて苦しんでいる火竜に斬りかかる。
キン!
火竜の鱗によって剣が弾かれる。
気がついた火竜が襲いかかってくるが、何故か苦しんで動きが再び止まる。
この剣ではダメだ。
付近に先ほどの騎士が落とした大剣が落ちていた。
構え直して、再び斬る。
キン!
剣が弾かれた。先ほどの騎士は同じ剣で火竜を斬り割いていたが、それは騎士の技術だった事を知った。
なおさら、勇気が湧いてきた。
鱗がない、目を狙って剣を差し込んだ。
刺された火竜が暴れだし、地面に叩きつけられたが剣を離さずに火竜の脳に向かって更に押し込んだ。
地面に叩きつけられた際に左手と右足が折れたようだ。
目の前の火竜が力尽きて倒れた。
「やった! やったぞ!!」
何故か涙で前が見えなくなった。
目の前の火竜の腹が蠢いて、突然、ナイフを持った腕が生えてきた。
「え!?」
腕がもう一本生えてきて、頭、胴体、足!
人が一人出てきた。
胸の部分と左腕の部分にしか鎧が残っていなかったが、先程食べられた騎士だった。
赤毛の美しい女性だった。
目のやり場に困って視線を逸らす。
「おお! 大丈夫かい? 君のお陰でギリギリ依頼遂行だね。全部君のお陰なので、後の処理は頼むよ。ギルドには依頼終了の報告だけお願いする」
パリ、パリ、パリ
騎士が装備している鎧が、生き物にように少しずつ修復している音がした。
「さすが主君だな、鎧も不死属性なのか? 物の不死は使えるように戻るって事かな? 君? 怪我しているね?」
美しい騎士殿が私に近づいて手をかざすと、折れたはずの手と足が治っていく。
これは現実なのか? まるで昔聞かされた御伽話の幻影騎士団の一人にいた赤毛の勇者そのものじゃないか?
女性に見えるが男性なんだろうか?
馬鹿な事を考えていると、空から飛竜が飛んできて騎士がそれに乗り込んだ。
なんて大きさの飛竜だ! 今まで見た中で一番大きい!
「すまないが主君に今日は会いたいので、時間がない。あとはよろしく頼む!」
「え!? あの! ちょっと待って!名前を……」
一瞬で飛び去っていった。
周囲に村人全員が何年も働かなくてもよいほどの、価値がある火竜の素材が大量に残されていた。
去っていくその姿が、自分が過去に憧れた勇者そのものだった。
「俺……また、冒険者目指そうかな……」




