023 鉄の処女
豪華な部屋で男がお酒を飲んでいた。
そこに兵士が報告に来たのだが、聞いた瞬間に男が不機嫌になる。
「まだ、見つからんのか!」
持っているワイングラスを報告に来た兵士に投げつける。
ラッセ宰相は、焦っていた。
ヒューズ王国で可能な様々な方法を使っても聖女が国内に見つからないのだ。
しかも、鑑定の上位である解析の能力を持っている王宮魔導師でヒューズ王国を調べれば必ず国内にいると解析出来るにも関わらず、聖女の位置を特定する能力がある闇魔導師が、一番魔力が高まる深夜に調べると何処にも存在していないと言う結果になる。
矛盾する二つの結果に頭を抱える。
国内で見つからないとすると獣人の国にいる聖女を連れてくるしかないのだが、勇者召喚前に獣人の国と事を構えるのは危険である。
獣人の国であるハビル帝国は、頭が悪いが個々の兵士の能力が高く現状では勝てない。
魔人の国であるベルド共和国は、力強い個体は多いがまとまりがなく常に内乱をしているような国だ。
「まぁ、魔人の国が今回のスヤロウ将軍の死に関わっている証拠はない。焦って騒ぎが大きくなっては問題だからな。誰か! 代わりのグラスを持ってこい!」
奥からメイドが、ワイングラスを持ってくる。
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キティの所に、死んだはずのムストが二回来た。
いや、死んだはずではなく確実に死んだムストである。
一回目は泥酔していたので幻覚かと思ったが、部下達も見たと言うので混乱した。死霊系の魔術師に相談したら死ぬ際の強い思いによって、強い魔力を持つ者は死後に姿を見せる場合があると知った。
残留思念など、難しい話だったので理解は諦めた。
二回目は、私の家に忍びこんで待ち伏せしていたのだ。
一日の作業を終えて、部屋に戻ると開いた窓の前に立っていた。
「いい加減にしろよ。偽ムスト! 残留思念か何かわからないが安らかに寝てろ」
まだ帯剣していたので剣を抜いて威嚇する。
「相変わらず、頭が固いなキティの姉貴は! 幽霊とかじゃねーよ。偽物でもない。ただ今は主君と言っているが、その人物の力でちょっとばかり現れてるだけさ」
「主君? 誰だそれは? お前の死を弄んでいるなら私が斬るぞ」
「それが、主君は言わないけど秘密主義らしくて、主君に関しての情報を姉貴に伝えようとすると思い出せないんだよ。こりゃ主君の無意識による物だな」
「なんで私の所に来る?」
「キティの姉貴の最大の悩みを主君ならすぐに解決出来るからだよ。だが俺から教えれないから自分で調べてくれ。俺が最後に受けた依頼と最近の治安回復がヒントになる」
「わかったが、また消えるのか?」
「それが、夜中だから消える時間なんだが消える気配がない。ひさびさに姉貴と酒が飲みたいな」
「なんか納得出来ないが、私を騙すにしても酒が飲みたいなんて馬鹿な発想はムストだけだな」
それから、酒を飲んでるうちにムストが幻のように消えていった。
二回目でムストの言うことを信じてみようと思い冒険者ギルドの受付に来た。
目の前に、最近よく見る優秀な受付の男が特徴が無い顔で私を見つめている。
この前、討伐した魔獣の買取で揉めた時に間に入って助けてくれた時があったので特徴が無い顔だが覚えていた。
「ムストが加入していたクランの代表のキティだが、ムストが最後に受けた依頼について聞きたんだが?」
「あ、ムストさんですね」
奥の棚から書類を停滞なく持ってきて渡された。
「それを読んでくれればわかりますよ」
「すまない、あまり字を読むのは苦手なんだ。お前が一度読んで質問に答えてくれ」
受付の男が、ムストが最後に受けた依頼につて読んでいった。何故が驚いたような顔になっていく。
「で、誰からどんな依頼だったんだ?」
「あ、え、ええと……あの野郎……いや、これは間違って入っていたようです。これじゃないですね」
「あからさまにおかしい。私は真偽の能力を持っている。嘘は見破れるぞ、嘘をつくならこちらにも考えがある」
男が困った顔をしていたが、あきらめたように話はじめた。
「普通の依頼書になっておらず、殴り書きで『依頼主がムストで、依頼を受けたのが今読んでいる人物。目の前にいるキティの姉貴を助けてくれ。報酬は姉貴の初めて』って書いてあります。
誰かが悪戯で資料に混ぜたとしか思えません。
こんな依頼は受けるはずがないので、処分しておきますね」
「主君」
受付の男が、ピクリと反応する。
「お前が主君か?」
「いいえ違います。誰ですか主君って?」
「今説明しただろ。嘘つきだな主君」
「まさか、ムストに厄介事に巻き込まれるとは……」
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受付に、ムストが所属していたクランの『鉄の処女』のリーダーがやってきた。
ムストの死因でも調べているのだろうか?
そこに、ムストが仕掛けた罠があって、キティと言うクランのリーダーに、俺がムストの死因と関係がある事がバレてしまった。
騒ぎが大きくなるのは困るので、仕事が終わってから話し合う事になった。
そして目の前に、呼び出したフードを目深にかぶったムストとラフな格好のニュンと武装してガツガツ肉を食べてるキティが、料理屋の大きなテーブルで相席している。
どうしてこうなった?
「主君? 新しい仲間か?」
「いや、ムストが連れてきたムストの上司だな」
「主君! 悪かったが巻き込まないと呼び出してくれない予感がしたし、姉貴が心配なんだ」
「奴隷商人から娘を取り返すだけの取り引きだった気がするが?」
「うははは。細かいなぁ主君は! でもこれも主君にはすげーいい話なんだぜ!」
「話を聞く限り、死んだムストを呼び出せる召喚術師みたいな感じなんだな。そうすれば納得がいく。ムストが迷惑をかけたな」
「いえいえ、今は迷惑ですが助けられた事もありますから大丈夫ですよ。それより何を助けて欲しいんですか?」
話を聞くとスラム街の話だった。
クラン『鉄の処女』は、スラム出身の冒険者で結成されたギルドである。
スラムの貧しい人を影で援助していたが、最近になって陸軍の軍備増強のためにスラム街が取り壊しになる予定が上がっている。
もとより違法に住んでいるので仕方がないのだが、追い出された人々の行き場を作る事になった。
クランの努力で中古の物件など色々探して、クランを保証に借金をしてスラムの人々に住む所を提供したのだが、借金で首が回らなくなったっと言う話だった。
起死回生をかけて、未踏破ダンジョンのベスタ地下迷宮を攻略する予定だがメンバーが揃わない為に悩んでいたと言う内容だった。
「借金っていくらぐらい?」
「金貨二万枚だな。ダンジョンを攻略してダンジョコアを持ってくれば金貨五万枚は固い。期限は後三カ月ある」
二万枚って前世だと二十億だけど……ダンジョンコアって凄い高いんだな。
「払えないと、どうなるんですか?」
「クラン全員の奴隷落ちだな。私はクラスがシルバーでレベルⅤだから、クラスがブロンズの奴らと合わせればちょうど二万枚にいくだろう」
徳の為に手伝うかな。
問題は、ダンジョン内で私が寝てる時だが説明が難しい。
あ! 寝るときは転移門で戻って来れば良いだけか?
生きている人物に私の話するのは初めてだが、ある程度なら奴隷落ち覚悟でスラムの人々を助ける行動から信用してもよいきがした。
「わかりました。手伝いましょう」
「主君!!」
ムストが涙目だった。




