018 奴隷市場
冒険者ギルドの塩漬け案件は、まだまだ増加中だ。
今度は、キツイ為に誰も受けてくれない案件の対応である。
最近、特に目立つのは陸路の運搬業務の護衛である。
なにが、キツイかと言えば、説明は長くなる。
海に面して大きな河川の横に作られたヒューズ王国の首都であるマリファの都市は、主に船での資材や食糧の運搬が多い。
だが、価値がある品物を狙って海賊が出没する為に船路ではなく護衛がしやすい陸路の依頼が多数発生。
護衛の仕事自体は冒険者ギルドとしては大変ありがたいのだが、船と違って経費がかかる為に積み込みや荷下ろしの工夫の料金が払えない商人が増加。
護衛に参加すると冒険者なのに荷物に積み込みや荷下ろしに使われたりするので、キツイとしか言いようがない。
簡単に言えば護衛だけなら良いが、特に襲われなかった場合などは『ただ一緒について来ただけだろ! 荷物の荷降ろしぐらい手伝いやがれ』と言われるって事だ。
だったら安価な船を使えと商人たちに言いたいが、それが出来ない状況なのだ。
それが原因で陸路の運搬業務の護衛の仕事を選ぶ冒険者が激減していて溜まっているのが現状だ。
そして、それに関与して全然解決せずに溜まっていく案件の筆頭が、海賊に奪われた品物を回収して欲しい依頼である。
この依頼は、海賊が襲えば必ずやってくる。
増える一方で解決の目処すら立っていない実情だった。
本当の解決策は簡単だ。
海賊の撲滅である。
冒険者ギルドの受付に入ってくる噂や話題と賢者の石を使えば、何故海賊が討伐されないかはすぐわかった。
ヒューズ王国には、五万の海軍が常駐している。海軍を動かせばすぐにでも解決すると思われるが、海軍の一番偉いスヤロウ将軍が海賊の繋がっているから討伐されないと言う事だ。
海軍が動かないなら、このままだと冒険者ギルドが多忙で困るので、俺が動いて潰すけどね。
夕方になってギルドの仕事が一段落したので、ニュンに海賊退治を依頼して、俺はムストに頼まれた奴隷の引き取りに行くことにした。
「今回の依頼は、海賊に盗まれた品物の回収です。ここが海賊のアジトなので襲撃してください」
「任せてくれ主君! やっと騎士らしい仕事になったな!」
嬉々してニュンが、黒いフルプレートを装備して大剣をかついで冒険者ギルドを出て行った。
ニュンが出て行くのを確認したら、フードを被ったムストを幻で出現させる。
「ん? ここは? あ、主君?」
「主君? ゲンワクでよいですよ」
「最後は、クラウンの中だったな。そういえば娘はどうなった」
「今から約束を果たしに行くので案内してください」
「え? 頼んでおいておかしな話だが、一緒に?」
「はい」
「おお! やっぱあんた神様だ」
嬉しそうにムストが俺を案内した。
マリファの都市には、奴隷市場がある。
ヒューズ王国では、様々な奴隷がいるようで一番多いのが犯罪奴隷で、次に多いのが犯罪を犯していなくても売られて借金を背負っている借金奴隷だ。
普通の果物や野菜を売るように出店に複数の奴隷が立っていて、屋外で売買している奴隷市場へ到着した。
トラブル回避の観点から奴隷の売買は屋外で行う法律がある為らしいが、実際はここ以外でも裏で売買されてもいるようだった。
「あ、あの子だ!」
ムストが指を指した先には、十二歳程の少女が立っていた。
少女以外にも数人の男女が立っていたが、若い子はその子だけだった。
いかにも成金の様な派手な服装の店主に話しかける。
「そこの女の子をもらいたいが、いくらぐらいするんだ?」
店主が俺の事を物色するように、見ると言った。
「ん? この子はもう売れたよ」
「ふざけるな! 金貨三十枚で買い取る約束だっただろ!」
俺の後ろに立っていたムストが興奮してフードをはだけて店主を掴んだ。
「え? ムストの旦那!? 生きてたのか? すまない。死んだと聞いて、さっき来た貴族に売ってしまった。あとで金貨を持ってくる約束で、その時に引き渡す約束だ。わかるだろ、貴族に既に売った物は今更駄目だって言ったら俺がヤバいんだ」
「幾らで売ったんだ?」
「金貨百枚だ」
金貨百枚を前世のお金で表すと一千万円ぐらいだ。
賢者の石を使って相場は金貨二十枚ぐらいとの事で、俺ですら冒険者ギルドの報酬とニュンと稼いだ依頼料の総額で金貨三十五枚程しか持って来ていない。
アクシデントが無くても買えなかったかもしれなかった。結構危なかったんだな。
幻の能力を使えばどうにかできるが、奴隷商人が貴族にやられそうだな。
「買った貴族の名前はわかりますか?」
「スヤロウ将軍だ。何故か十三歳未満の奴隷を集めているらしい」
マジか? ちょうど海賊退治しているが、関係者だな。
良い事を思いついた。
未成年者を集めてる? 何か悪巧みの匂いがするなぁ。あとで調べてみよう。
「奴隷の年齢は、どうやって調べてるんだ?」
「ん? 奴隷商人は鑑定用の水晶を持ってるんだよ」
店主が前に何回も見ている水晶を取り出した。
「その女の子は、偽装の魔法がかけられていたぞ。もう一度鑑定して見ると良いぞ」
「そんな馬鹿な?」
幻の能力を発動して年齢を操作する。
水晶を持たせると年齢が十三歳になっていた。
「さっきまで十二歳だった筈だ!」
「貴族に年齢を騙して売ったらまずいんじゃないのか?」
「た、たしかにまずい。だが、既に約束してしまった」
「俺がその貴族と話しをつけるよ。そのかわり金貨三十枚で売ってくれるか?」
「もちろだ。逆に助かる。まさか偽装の魔法がかかっている奴隷だったとは、貴方は何者ですか?」
「それは、お互い詮索しないのが良いでしょう」
少し待っていると、貴族の使いの者が金貨を持って来た。
「おい! 店主! 娘を貰っていくぞ」
「ちょっと待ってください。その子は十三歳ですよ」
「嘘を言うな。買う際にちゃんと水晶で確認した」
「今日が誕生日だったら?」
「な、まさか?」
もう一度、奴隷商人から水晶を借りて年齢を確かめた。
「そ、そうだったのか。なら買う必要はないな。店主! この話は無しだ!」
慌ただしく男が立ち去って行った。