3. 彩心の魔法講座と遅めの自己紹介
彩心の魔法講座が始まってかれこれ数時間、元々勉強があまり好きではない俺は彼の話が右の耳から左の耳へと通り抜けるため実質数時間ぼーっとしているだけだ。
「だからこれがこうなるのであって……貴方、聞いていませんね」
「はーい先生!しつもーん!」
「先生ではないですがどうぞ」
「なんで俺が彩心のことをこいつーとかお前ーって呼ぶと怒るくせに俺の名前は呼ばないんですかー?」
途端に周りの空気が凍りつく、俺が話を逸らそうとしたせいで彼の怒りに触れたらしい。ちなみに空気が凍りつくと言うと気まずい空気になるのではなく実際に俺の周りに尖った氷の結晶のようなものが現れるのだ。
これで刺されたらひとたまりもない。
「まず1つ、そもそも貴方は自分の名を僕たちに名乗っていません。2つ、露骨に勉強を避けようとするのはやめてください。3つ、今すぐここから放り出してもいいですか?」
こーわ、彩心ってほんと短気だよね……あ、睨まれてる睨まれてる心読めるんでしたねそうでしたねすみません。
「まあまあ名前に関してはオレもまだこいつには名乗ってなかったし、魔法講座に入る前に自己紹介でもしておくべきだったな」
おお、この人案外いい人。頭ツルツルでやっぱりどこからどう見ても妖精には見えないけど。
「じゃあオレから名乗るか。オレはマリク、一応妖精だ。どうせお前は妖精っぽくないとか思ってるんだろうけど妖精って広い類だからな、エルフやオーガ、トロルやドワーフだって妖精だ」
う、やっぱバレてる。まあ妖精って言っても何十種類もあるのはわかった。
「じゃあマリクはどんな妖精なの?」
「オレはプーカだ」
「プーカ?」
「プーカとは様々な姿を変えられる、時には邪悪、また別の時には恩恵を与える妖精ですよ。先ほどの講座でも言いましたけどね」
ふーん、聞いたことなかった。ってか善にも悪にもなるって、俺側にいて大丈夫なのか?
「いきなりとって食ったりはしないから安心しろ、わはははは!そんでオレがどんな魔法を使うかだが、俺の場合は魔法と言うより魔術だな」
魔法と魔術って、なんか違うんだっけ?
「魔法は自然元素を駆使し、即座に防御や攻撃技などを発動するもの。それに比べ、魔術は自然元素を使用しない代わりに魔法よりも大がかりな魔法陣や呪文を駆使したり、膨大な知識があるため植物や魔物から得れる材料で魔法薬や魔法武器を作ることがメインです。先ほども言いましたけれども」
ほうほう、分かったような分からないような。まぁそのうち体験すればわかるか。
「さっきお前に飲ませた紫の魔法薬あるだろう?」
「うん、あの毒かと思ったやつ」
「あれもオレが作ったものだ。他にも一時的に空を飛べる薬、水中呼吸ができる薬、あとはなんだ、まぁいろいろあることだけ分かってればいい。どれも持続時間は半日から長くても数日が限界だがな、お前もう一回意思疎通のやつ飲んどけ」
うげ、毒じゃないと分かっていてもやはりこれは抵抗がある。とはいえまたあの俺の分からない言葉で話されても困るので意を決して口に流し込む。
「無味無臭なのに不味い……彩心は飲まなくてもいいのか?」
「僕はもうこの国の共通言語はマスターしたのでお気遣いなく。後々には貴方にも語学勉強してもらいますからね」
マジか。魔法勉強に加えて更に語学勉強……無理だ、逃げるなら今のうちか。しかしなんとなく聞いていた話だけでも外の世界は危険で満ち溢れているようだ。勉強は嫌だが命は惜しい。
「うううううんマリク自己紹介の続きを〜」
「そうだな、とは言ってももう特にはないな。よしじゃあ次はお前で」
「俺?えーと名前は樹生で不老不死の方法を探して歩いてたらなんかここに居ました、以上!」
「は?」
い、イケメンのキレた声怖っ。でも本当にそれくらいしかないんだよ。別に魔法を習いたいわけでもなければ龍と戦ったりしたいわけでもないし、本音を言うならもう帰りたい……。ん?でも魔法、魔術、薬。
「あ!マリク!不老不死の薬作れたりしない!?」
「はあ?何言ってんだ、作れるわけないだろ」
「で、ですよね〜」
少しでも期待した俺がバカだった。そもそもそんな簡単に作れたらみんながみんな数千年、いや数億年は余裕で生きて人口は増えるばかりだよね。
「あーあ、やっぱここに来た意味なし、か」
「悪いな、でもなんで不老不死なんかになりたいんだ?」
「なんでって、死ぬのが怖いから?」
「……それだけ?」
「え、うん」
それ以外になんか理由なんてあるっけ?いや、ない。
「不老不死になって紐なしバンジーしたいとか世界征服したいとかじゃないのか?」
「ううん、不老不死になってのんびり過ごしたい。あ、でも地球って数億年後くらいには爆発すんじゃん?だから宇宙でも空気なしで過ごしていけるようになりたいし痛みも感じたくない」
「なんじゃそりゃ、そもそもなんで不老不死の話が宇宙の話にまで行くんだよ」
「人の話は聞かないくせに一丁前に天文学の話とかは引っ張ってくるんですね」
「うっ」
確かにごもっともだけど……そう言う思考回路してるんだから仕方ないじゃんか。2人揃って理解不能みたいな顔をされて割と傷つく。
これが死恐怖症拗らせた人間の思考回路なんですよぶっ飛んでて悪うございましたねえ!
「もういいでしょ、次は彩心の魔法?魔術?説明お願い」
「ええ、僕のは魔法ですね。本来、自然元素が近場にない場合は使えないのですが、マリクさんが作ってくださったこの小瓶のお陰で川や海のない所でも水を、火のないところでも火を使った魔法を使用できるんです」
小瓶て、さっき袖から取り出してたやつか。あれから自由に水とか火とか風を取り出しできるのは便利そう。
「あ、じゃあ俺の心が読めるやつは?」
「それは全く別のものです。これは妖精や精霊との契約が関わっていて」
「契約?なにそれなんか命と引き換えにーとか危ないイメージあるんだけど」
「……貴方」
「あーそれともう俺名乗ったんだからちゃんと名前で呼んでよ」
「う」
「う?」
「うるっさいこの能無しが!契約も魔法も魔術もこの世界のこともさっき全部教えたのに本当に1つも覚えてないとはどういうことなんだよ!お前なんか名前で呼ぶ価値なんてないだろ!!」
さ、彩心ってブチギレると敬語は取れるし口は悪いし怖っ。今までも何回か怖いと思ったことはあるけどいやこれは迫力が違う。挙げ句の果てにはなんか怒りのオーラが背後に見える始末。
えーとなんか気がきくことを言って怒りを収めないと。えーと、えーと。
「彩心!せっかくの綺麗な顔が台無しだよ?」
この後、周りの空気どころか家全体が凍てついたのは言うまでもない。