2. やっぱここ異世界らしいね
「おーい、生きてるか?」
「さぁ? 死んでるんじゃないですか?」
「そんなちょいと空飛んだだけで死ぬか?」
「いやいやマリクさん、この世界生まれの人間と違ってあちら生まれでは普通飛んだり魔法使ったりなんてしないんですよ」
遠くから誰かの会話が聞こえてくる。1人は聞き覚えがある、確かさっきの筋肉妖精さんだ。もう1人は……全く聞き覚えがない。暗い空間を抜けてからはまだ1人としか出会ってないから当然といえば当然なのだが。
「本当に起きませんけどどうしましょう」
「うーんいろいろ聞きたいことがあるんだが」
うわ、今起きたら絶対説教と質問責めのダブルコンボだ。まだ寝たふりでもしておこ。
「……まぁこのまま起きないのであれば、外にでも捨ててきましょうか。人狼なり魔物なりが勝手に処理してくれるでしょうし」
「わああああいい天気だなあああ今ちょうど目が覚めてきたよー!」
なんだこいつ怖え……なんなの筋肉の次は悪魔にでも出会っちゃった系?
「全く、狸寝入りが下手なんですよ貴方」
「だからって普通初対面の人間を獣の餌にする宣言します!?」
「これが一番手っ取り早いかと」
なんなんだよ!異世界だかなんだか知らないけどこの場所にいるやつらはロクなのがいない。
この悪魔の顔しっかりと目に焼き付けてやる、と思い悪魔特有のツノに黒い羽とデカいフォークみたいな武器を想像しながら上を向くと、その姿に絶句した。
単刀直入に言うとものすごく顔がいい。
青紫がかった艶のある髪にシュッとした鼻、目頭と目尻がシュッとした真っ黒なアーモンドアイ。肌も無駄にツヤツヤしてるし身長は160cm前後くらいと低めだが小顔の上に痩せ型だからかバランスがいい。
うーん、これは。
「顔がいい、推せる」
「はぁ、どうも。そういうあなたはその落武者みたいな髪型どうにかならないのですか?」
「おちっ、俺はまだハゲてない!ただ髪が長いだけだ!」
いくら顔がよくてもその口の悪さはグサッとくる。確かに切るのめんどくさくて伸ばしてたら腰くらいの長さまで来てたけど、普段はちゃんと後ろで結ってるし手入れしてるし。
「おいおい、そんなことより起きたなら色々と話があるんだが」
「ゔっ、そ、その前に俺が今どんな状況下にあるのか知りたいなーと」
「ああ、それもそうだな。まずは説明からか」
よっしゃ、このまま話を逸らして頃合いを見計らって逃げよう。
「マリクさん、そいつ話逸らして逃げようとしてますよ」
「ちょ、おま!顔がいいからって何言っても許されると思うなよ!ってか心でも読めるのかよ……」
「ええ、読めますが」
「エ゛ェェ」
ただの冗談だったんだけど……こいつ怖っ。
「こいつじゃなくて彩心です」
「よーむーな!!プライバシーの侵害!」
「この場所にプライバシーもなにもありませんよ」
なんなんだよこいつ、もとい彩心!もう心を無にするしかないのか。よし瞑想瞑想何も考えるな考えるな、ってうわ彩心がこっちを憐れみと呆れが混ざって目で見てくる……。
「き、筋肉妖精さん話の続きを……」
「おー、じゃあまず最初に言っておくことがあるがここはお前の住んでた世界じゃない。所謂異世界とかいうやつだな」
だろうね、ふよふよ浮かぶあなたを目にした時点でわかってましたよ。自分がとうとう正気を失ったのかもとも思ったけど。
「とりあえず何が違うかと言うと魔法があったり魔物がいたり、あとさっきサイシンが言ってた通りアホな魔物やちょっとばかり腕を鍛えたやつが家まで押しかけて襲ってきたりが日常茶飯事なことぐらいか。まぁそこまで違わねえよ気楽にしてろ、わはははは」
いやわははははじゃないよ……常に襲われる危険がある世界なんて嫌だ、っと俺は心の底から思う。大体そんな治安が悪いなら今だって変な奴が襲ってきてもおかしくないんじゃないか。
「この家には結界が張ってあるので安心してください。あとここは小さな村だから一々自ら結界を張らなくてはいけませんが、大都市や王家の支配下にある土地は上部の者たちが全体的に守ってくださっているので比較的安全です」
「はいはい人の心を盗み見ての回答ありがとう」
「あなたほど生身の弱い人間だと見たくなくても見えてしまうんです」
弱いって、弱いって言われた。確かにこの世界で魔法も使えないやつはミジンコみたいなものかもしれないけど、そんなはっきり言わなくともいいじゃんか。
「あー、えーと最初はみんなそんなものですよ」
露骨に落ち込む俺を見て流石に申し訳なく思ったのか、彩心は軽くフォローしてくれる。何そのイケメンの優しさ逆に痛い。
あ、彩心黙っちゃったか。すまんよーイケメンが悪いとは言ってないよー、と心の中で謝る。どうせ声に出さずとも届いているのだろう。
「あーそれでな、いいニュースと言っていいのか分からないがあっちの世界から来た人間でも魔法は習得できるぞ。サイシンちょいと見せてやれ、お前もそいつと同じ世界の人間だろ」
「めんどくさいけど仕方ないですね、見せますので外に来てください」
彩心が俺と同じ?人間も魔法が使える?混乱で放心状態の俺の腕を引くと無理やり外に連れ出される。
そういえば今初めてこの世界の景色をしっかりと目にしたけど、そこまで際立って目新しいものはない。ただ鮮やかな緑色の丘が続くだけだ。
「手違いで家を壊しても困るので今回は攻撃技じゃなく手品ほどのものを見せますが、ちゃんと見ておいてくださいね」
そう言うと彼は、袖から水の入った小さな小瓶を取り出し手のひらへと流す。彼の手から流れ落ちた水はてっきり地面に吸い込まれると思ったが、代わりに多数の小さな粒が彼を囲うようにふよふよと浮いている。
「おーすごーい、確かにこんな手品ありそう」
「ええ、まあこれが手品と違うのは……」
彼が俺の方を指差すと水の粒は小刀へと形を変え刃先を俺に向ける。
「ヒエッ、あのー彩心さん?これはナンデショウカ」
「いえ魔法だと信じてもらえないと困るので。水でできているとはいえ、切れ味は研ぎたての包丁以上に良いですが、試しに触れてみます?」
「結構です!」
顔を青くしながらきっぱりと断るとなぜか残念そうな顔をした彼が指を鳴らす。すると小刀から普通の水へと姿を変え、始めの瓶の中へと戻っていった。
「うんうんお前は初めて魔法を間近にみたわけだが、どうだ?」
どうだって言われても……うん。
「命の危険を感じるので金輪際その物質と関わりたくないんですが!?」
「自分のこんなの使ってみたいなーとは?」
「なりません!」
これは危なすぎる、こんなもの一歩扱い方間違えたら自爆しかねない。俺はあいにく無駄なリスクは追わない派だ。いや謎の扉の先に来ると言う充分無駄で危ないことはしてしまったわけだけど。
「うーん、とは言ってもこの頃物騒だし魔法が使えないとなると」
「この家の結界を出た途端あらゆるものの餌食になり即死不回避ですね」
「わーやっぱり俺も魔法ならいたいかもー」
ん?待てよ。そんなことせずともずっとここに居れば安心安全極楽なんじゃ?
「ニートを育てる義務はありませんのでずっとここにはいられませんよ」
ですよね〜。