アルフレッドの決断1
赤子であるレオンを連れて弟夫妻のいる辺境の村へ行こうと魔の森を馬車で移動していると突然地震に襲われた。
こんな地震など近年… いや、数十年も起こっていなかったのだが、天変地異とは突然だ。
「ミント!レオン!」
ミントは子供を産んで数ヶ月経っているとはいえ女性だしレオンに至っては産まれて数日。
俺がしっかりしなければ!
しばらく前から馬車を引いていた馬が落ち着きなく騒いだりしていたが、地震のためか、と少し前の記憶を遡り自分自身の迂闊さを嘆いていたがそれらの気持ちは全て飛び去った。
目の前の地面が左右にヒビ入り、嫌な音をさせながら地面が割れていくからだ。
手綱を絞りながら馬の移動する方向を無理矢理横にさせその割れへ落ちないようにしたのだが、運悪く道と木の間にあった石へ車輪が乗り上げ馬車が横へと転倒してしまった。
慌てて馬を止め、後ろを振り向くと荷台に乗っていたミントが地割れの向こう側へと上半身を伸ばし、更に右腕まで伸ばしているのが目に見えた瞬間俺の体が飛び跳ねてミントを掴み、地割れから遠ざけた。
そして、ミントが半狂乱になりつつまだ手を伸ばしている。
「ああ!レオン君!」
その声に自分の頭から血の気が引くのがわかる。
だが、こんな様子のミントを放っておくわけにはいかない。
「ミント!危ない!」
「離して!レオン君が向こうに…!」
確かにレオンが裂け目近くに転がっているのが見える… 俺と亡きアンジェリカの大切な子供。だが、このミントもアンジェリカの子供の頃からの親友だし、俺もどちらかと言えば好意を持っていたので感情のまま彼女を放して地割れの中に落ちて欲しくもない。
「地面の裂けがまだ広がってる!揺れも続いてるんだ!立てもしないのに、この裂けを超えるなんて… 落ちて死んでしまう!」
「レオン君!レオン君!」
未だ半狂乱なミントを後ろから抱きしめ動けなくしつつ、転がってしばらく動きも見せないレオンに対して死んだのかと思い思わず俺自身も焦る。
が、まだ地面は揺れている。
そして、今ここで一番冷静にならないといけないのは俺だと自覚することでなんとか理性を保った。
揺れがおさまってきたので地割れを確認してみたがかなりの距離があり、レオンの元へ行くには横倒しになった馬車から荷物として持ってきていたはずのロープや他の道具を持ってくる必要がある。
「ミント、この地割れの距離からするとロープを渡して綱渡りをしなければいけない。向こう側には俺が行くけど、道具の準備を手伝ってくれ。」
そこまで説明するとミントは私の顔を見て黙って頷いた。
「レオン!準備を整えたらすぐそっちに行くからな!」
「レオン君、大丈夫だからね!」
二人してレオンへ声を掛けながらロープを持って少し森へと戻る。
ロープの端をそれぞれ持ち伸ばしながら捩れを取り、端にロープの先へ鉤爪を取り付ける。
反対側の端を付近の根がしっかりした大木へと結び鉤爪の方を持つと地割れの方へと戻った。
そんな俺の目に見えたのは狼に囲まれたレオンだ。
それも一匹や二匹ではなく群れ。
俺とミントが姿を現したことで狼達がこちらに注意を向けるが距離があるせいか、再度レオンの方へ襲う気配を見せている。
「ああっ…!!」
ミントが隣で絶望的な声を挙げているが、俺は焦らず鉤爪ロープをグルグルと回し、レオンの方の木へ引っ掛けようと投げる。
心の中で落ち着こうとしつつ、ロープが引っかからないことに苛立つ中、矢が飛んでくる音が聞こえた。
音の方角から矢が放たれた方を見るとそこには四人の冒険者らしき人物が見える。
だが… あろうことか、俺達ヒトに対して敵対している帝国の異種族達だ。
自分の目の前が真っ黒に染まりそうな気になりながらも、まだレオンが危ない状況には変わらないのでロープは投げ続ける。
何度か繰り返し、鉤爪ロープが木に引っかかった時には言い争いをしながらも狼は冒険者達によって駆逐されていた。
その四人の内の一人がレオンを抱き上げ、何かに驚いているようだ。
だが、今の俺はそんなことを気にしていられない。
俺自身、その四人に対して敵対心を持っていないが、この四人が下手をするとレオンを人質として俺やミントを脅してくることもありえる、がレオンを差し出すわけにもいかない。なので、俺はその四人に対して礼儀をもって頼むことにする。
「…息子を助けていただいたようだ。お礼を申し上げる。敵意は全くない。息子を受け取りたいのでそちら側へ行ってもいいだろうか?」
俺の言葉を聞いて四人で話し合っているようなのだが、少し揉めている様子がわかる。
こういう時は下手に動かず相手の判断を待つ…
そのうち、一人が説明してくれた。
なんと、レオンが魔法を放とうとしているとか…
それにはさすがに手を組んでレオンの無事を祈っているミントも相手の出方を伺っていた俺も驚きの声を挙げた。
ヒトは魔法を使えない。それは魔力を感じ取れないから。魔力を感じ取るには魔力というものがどういうものかを知り、その微弱な存在を感じ取り、空気のように扱う聖霊と契約し扱わせてもらわないと魔法という大きい力に変えることができないから。
だが、レオンはそれを契約も無しにしようとしていたらしい。
驚きのあまり黙ってしまった俺達に対して、エルフの女性が少し大きめな声でこちらに少し補足で説明をしてくれる。
「…魔力操作を行っている。恐らく外敵から我が身を守るため…じゃろうのぅ… じゃが、ヒトの身ではすぐ魔力は尽き、そして生命力を使う。この赤子は既に魔力が枯渇しておって、生命力を削って魔力操作をしておるのじゃ。」
その言葉を聞いた俺は考える。
今までの相手の言動から信用できる相手かどうかを…
そして俺は決断した。
「レオン、その方達は今現在お前を守ろうとしてくれた方々だ。私はその方達を信じている。だから魔力操作をやめなさい。」
その言葉が聞こえたのかどうかはわからないが、少し向こう側が騒がしくなった。