異変と別れ
母が亡くなり、そして私はしばらく病院で過ごすことになった。
父は仕事もあるのだろう、私の様子を毎日見に来てはいるみたいだが、かなり時間を開けてきている。
どうやら父の名前はアルフレッドといい準男爵という身分らしい。
貴族制度がある世界、それを理解したが今の私には関係ない。
それは少し… いや、かなり父を含め先生や助手の人までを心配させてしまっているからだ。
その理由は…
「先生!レオンハルト君がまた泣いてます!」
「この子は… なぜこうも泣き続けるんだ…」
そう、私は母が亡くなった後からずっと泣き続けている。
理由は夢だ。
魂の頃に見た生と死を夢に見る。
魂の頃には「酷い生と死だ」としか感じなかったが、どうやら肉体を持って精神があると耐えられないほど酷いものだったようで私にとっては悪夢となり魘されていた。
そして、起きては母のこともあり絶望し泣き叫ぶ。
今生もまた今までと同じで幸せにはなれないのだと…
そんな私はだんだんと他の子と違う様子を見せだしたようだ。
ある日の朝、いつものように助手の女性が私達、赤子の様子を見に来たときにそれがわかる。
「こ、これは… せ、先生!先生!!」
「どうしたんだね?赤子達が泣いてしまうよ?」
落ち着いた様子の先生も状況を確認したようでかなり狼狽した様子を伝えてくる。
「ば、ばかな!!赤子だぞ!?赤子であるにも関わらず… こんな…」
一体何があったのかは知らないが私はそんな声を余所に泣き続けている。
「すぐお父さんに… アルフレッドさんに知らせろ!」
「は、はい!!」
慌てて先生は指示を下し、助手の人はすぐさま父を呼びに部屋を出て行った。
しばらくして、部屋の扉が勢いよく開けられ走りこんでくる足音がある。
父だろう。そう思っていると予想通り父アルフレッドの声がする。
「レオン!?えっ…!?先生!レオンに何があったんですか!?」
「わかりません…」
「わからないってどういうことです!?」
「あなたも知ってのとおりレオン君は泣き続けています。寝ては魘され、起きては泣き… それが繰り返されたからかもしれません… もしくはアンジェリカさんが亡くなった事を本当に理解してるのかも知れません。」
「レオンはまだ赤子ですよ!?ありえるんですか!?」
「しかし!それしか言いようがないんです!私達も今まで経験したこともない!」
「…すいません、レオンのことで私は取り乱していたようです。」
「いえ、仕方がないことだと思います。私達も同じような気持ちです。」
「先生。私は今親族と揉めています。そのことでレオンを一時的に預けることになりました。なので、退院させてそこに預けようかと思うのですが…」
「そんな!赤子を連れて長旅は無理ですぞ!?」
「そうかもしれません、ですがレオンは私とアンジェリカの子。耐えられると思います。」
「そんな…」
「相手の方にも話がついておりますのでこのまま連れて行きます。」
「わかりました…」
「先生!?」
助手の人が慌てて先生を止めるが先生は許可を出した。
そして私はそのまま父に抱かれて外に連れ出される。
「レオン… お前が本当にアンジェリカのことを理解してくれているなら… 俺の今話している言葉を理解できているなら… 少しの間待っていてくれ。今はまだお前と共に暮らすことができない。私の弟夫婦にお前を預かってもらう。そのことを恨まないでくれ。必ず迎えに行く。」
父アルフレッドの言葉に今まで泣き叫んでいた私は同意するつもりで声を出した。
「だ~」
「…やはりお前は特別なのかもしれないな。アンジェリカが言っていたように親バカなのかもしれないが、俺はお前が俺達の言ってる言葉を理解してくれている気がするよ…」
そんな父の言葉に返事を返すこともなく、それからの私は静かにしていた。
少しして馬の鳴き声が聞こえてくる。
そして、父は何かに乗り込んだ。
「アルフレッド…?その子がレオンハルト君…?え?レオン君はアンジェリカさんと同じ黒髪じゃなかったの?」
「そうなんだが、今朝病院から知らせが届いてね… 今朝になってみるとレオンの髪の毛が白髪になってしまったと…」
若い方の声には聞き覚えがないがどうやら父と母の知り合いらしい。
私のことも聞いたことがあるようで私の名前も知っていた。
でも、私の髪が白髪になってしまってたとは…
「俺の勝手な思い込みだが、この子は産まれてきた時の… アンジェリカのことを理解しているし、今俺達の話している会話さえも理解できてる気がするんだ… だから、こんなに髪の毛が変わるほど絶望してしまったんじゃないかと思っている…」
「そんな… 赤ちゃんなのよ?理解できてるわけがないわ。」
「うん、だから俺の勝手な思い込みだよ… でも、レオン?わかっているなら返事してくれ。俺達の会話が理解できてるか?」
ここで返事を返すのは不気味な子と見られないだろうか…?
そんな気持ちもあったが、確かに今生に対して絶望しきっている私にとっては関係ないかと思い返事した。
「だ~」
「…ほらね?」
「こんなこと聞いたこともないわ… もしそうならこの子は特別な子なのかも… もしかして、伝説の"勇者"様になるんじゃないかしら?」
「"魔王"は何百年も昔に"勇者"様に退治されてるし、まさかそんなことは…」
「とにかく、レオン君が言葉を理解してるなら自己紹介しておかないと… レオン君、私はあなたの義理の母親になる予定のミントと言います。よろしくね。」
聞こえてくる衝撃的な言葉に私は息をすることもやめて止まった。
「レオン、ミントはアンジェリカが亡くなる直前に言っていた一緒になってと言っていた女性だよ。」
(ああ、なるほど… この人が母さんが亡くなる前に言ってた人なのか…)
そう思い少し落ち着いた。
「さあ、弟のところへ行こう。」
「えっ!?レオン君、赤子なのに二日も!?無茶よ!死んでしまうわ!」
「レオン、二日間馬車での旅になる。お前は俺とアンジェリカの血を引いた強い子だ。耐えられるな?」
「だ~」
「…そんな!死んでしまったらどうするの!?アンジェリカさんなら認めないわ!」
「今は… 無理なんだ… わかるだろ?」
「そうだけど… でも…」
(大丈夫… 諦めも付いてるしね…)
「あ~ う~」
「…レオン、重ねて言うが必ず迎えに行く…! だから、今だけは耐えてくれ!」
「だ~」
「…」
そんな父と私のやり取りを聞いていたミントさんは黙り、馬車は進み始めた。