魔族とは?①
ウィル・オ・ウィスプとシェードの二人と心の中で話した後、目を覚ますと見知らぬ天井が見える。
そんな寝かされた俺の体の上には蓆が掛けられていた。
(…大樹の里は全体的に和風だったけど、魔族は原始的なのかな…?)
蓆という前世ではとんと見かけることもなかった物を見てそう思いつつ上半身を起こそうとしたのだが、体の節々がギギギと音を鳴らし動きが鈍い。
(そういえば、心の中で意識を失って二日経ってるとか言ってたな…)
体の中から聞こえてくる音と痛みに顔が思わず歪ませながらもなんとか上半身を起こしてみると、意識がない状態で二日寝ていたせいか頭もはっきりとしない。
しかし、今はわかってないだろうけれど、しばらくしたら俺は自分の体の軽さに驚くだろう。
大樹の里に居た頃はミーティアの苛めの時もそうだが、その後も悪夢を見せ続けられ寝ようと思ってもなかなか安眠できなかったので体も最低限の体力しかなかったのだ。
ウィル・オ・ウィスプやシェードと話していたとき、精神はともかく体の方は休まっていたはずだ。
そんなことを考えつつ、自分がどんなところで寝ていたのか辺りを見回してみると机や椅子といったものはなく、土間みたいなものが少し遠くにある。部屋など分かれてはおらず、まさに原始的なイメージがある。キッチンのような場所も見え、戦前の日本の家にも似てる部分が見られた。
そんなことを考えていると…
グゥゥゥ…
お腹が鳴った。
まあ、丸二日何も食ってなければ腹も減る。
勝手に食糧を漁るのは気が引けるので、軋む膝を折り曲げ痛みを堪えつつ立ち上がり、外から入り込んだ光によって見えた出入り口から外へと顔を出す。
どうやらまだ昼間だったらしく、太陽は真上近くに見える。
結構蒸し暑く思わず片手で日差しを作りながら視線を太陽から辺りへと移すと俺が寝かされていたのと同じような原始的な家が数多く立ち並んでいる。
魔族というと前世の悪魔のような姿の者達を想像していた反面、俺の目に写る魔族は種族がバラバラで誰も彼もが近所付き合いをしていて、昔からの知り合いという様子で和気藹々としている。
しばらくその光景に面食らっていると、目を向けていた井戸端会議をしていた内の一人の人狼の女性が俺に気付き驚いた顔をしている。
(知り合いばかりのところに知らない奴がいたら驚くか)
そんなことを思っていたらその女性はすぐ笑顔に変わり、隣にいた他の二人の女性の肩を叩いて俺を示唆したようだ。他の女性二人もこちらを向いた。自分の体が固くなるのがわかる。相手は女性三人だが、こちらは見知らぬヒト。どんな反応が返ってくるのか… 想像するだけで警戒してしまっている。
だが、そんな考えとは裏腹に女性三人はこちらへ向かってきた。
三人は俺の目の前へとやってくると最初に俺に気付いた女性が声を掛けてきた。
「あなた、やっと目が覚めたのね!最初は正直ダメかと思ってたんだけどよかったわ!どこか痛い所とかある?大丈夫?名前は言える?」
人狼とは言ってもケモ耳や尻尾があるだけで体格や骨格などはヒトと変わらない。
ただ、ヒトと違い耳も良く、瞬発力が強くヒトよりも優れている種族だと理解している。
そして、帝国のいや、この世界では人狼はヒトから虐げられてきた種族だ。
だからこそ、目の前の女性が子供とはいえ俺に対して開口一番で体調を気にしてくれているこの言葉に対して理解が追いつかなかった。
「え?まさか、記憶喪失とかどこか痛いところとかあるの?」
女性の言葉に対して俺が無言であったのが悪かったのだろう。
女性はさらに心配してしまい、こちらへとまた近付く。
俺は慌てて横に首を振る。
「あ、いえ。大丈夫です。心配してくださり、ありがとうございます。」
俺がそう言うとその女性は立ち止まり顔に安堵の表情を浮かべた。
すると、視界の端で他の女性二人の表情が堅くなったのに気付いた俺が二人の女性を見ると二人は片手を自分の顔へ当てて首を横に振る。何か間違った反応でも返したのかと気になったのだが…
「…この子、うちの子と同じくらいの年齢に見えるのに、ちゃんとした受け答えして…」
「…うちの子よりもしっかりしてそうだわ… うちの子の教育間違えたかしら…」
…どうやら俺の返事がしっかりしてたことと、それが自分の子供と違うことに対してショックを受けていたようだ。いや、俺からすると目の前女性三人も年下と変わらないんだが、確かに普通の子供ならもう少し幼いだろう。比べられた顔も知らない子供に対して少し同情する。同情だけだが。
そんな二人の会話に集中していたので、俺は最初の女性が笑顔のまま俺の方へと手を伸ばしてきたことに遅れて気付いた。
「ッ!」
反射的に体を横へとステップさせその手を交わし、臨戦態勢へと体が動き…
同時に体の節々が軋み凄まじい痛みが走る。
顔が歪もうとするが警戒心が高くなっているため表情は変えない。
アザリー、レターニア、ミーティアの三人で俺がわかったこと。
この世界の生き物も容易に裏切る。
なら、出会って最初から好意を向けてくる相手は?
尚更裏切る。
(迂闊に心を許せばその分手酷い裏切りにあって、、、死ぬ。)
死ぬことに対して恐怖はない。どうせいつか死ぬんだし、どうせまた転生するのだ。
ただ、俺が恐れるのはトラウマになるような裏切り。
それに今生では加護をもらい、シェード、ウィル・オ・ウィスプという他の者が得られなかった聖霊王との契約まで結べた。
ということは、利用価値があるとわかったら利用価値が無くなるまでは笑顔を向けてくる。
自分の利益が損なわれるまでは…
そして、俺に手を伸ばしていた女性の動きが止まり、隣の女性が声を掛けた。
「ちょっと、ネリー。いきなり手を出したら怖がるに決まってるじゃないの。」
「あ、そうよね。起きて知らない人から手を出されたら怖いわよね。でも、大丈夫よ。ここにはあなたを虐めるような人はいないの。怖がらせてごめんね。」
伸ばした手を引き、笑顔のままでその女性は言う。
(…この手の言葉は信じないほうがいい。とりあえず、この場を離れるようにするのが良策か…)
警戒態勢だけは解いて、警戒心は残し、俺は背筋を正すと改めて頭を下げた。