心の中②
天井にはどこか長閑な田園風景が広がっていて、そこには年齢が12~3の若者が二人、そして同じ年頃の女の子が一人映っている。
三人はそれぞれ籠を背負い、それには収穫した野菜が山のように入っている。
そして、そんな三人に声を掛けている視界の持ち主は嘗ての俺だ。
「……この三人は幼馴染でな。映っている若者二人は双子で、女の子の方は村一番可愛く、気立てがよくて村の若者達はこぞって嫁にしたい子だった。そんな彼女の心を射止めたのは…」
映っている画像の女の子は俺に気付くと右手を大きく振り、満面の笑みを浮かべ俺へと駆け寄り抱きついてきた。
「俺だった。それと…この時はまだ誰も知らなかったんだが若者二人は…」
抱きついてきた女の子に対して驚きつつも力いっぱい抱きしめ返している俺に他の二人が近付いてくる。
二人共双子なだけあり、顔は似ているが一人は黒髪、黒目。もう一人は金髪、金色の目。
黒髪の方は満面の笑みだが、金髪の方は俺を睨み付けている。
「光の勇者。闇の勇者だった。」
「「ッ!?」」
そこまで俺が説明すると天井に映し出された光景は一度消え、次に浮かび上がってきたのはどこかの神殿の中だった。その神殿はギリシャ神殿のような造りをしているものの神殿の中央、最奥には大きな女神像が建っている。
「この時の世界だと、子供達は十五歳になるとこうやって神殿の女神像へと足を運び、そこで神官から祝福をもらってな。この世界における自分達の役職をもらったんだ。」
「役職?」
それまでずっと黙っていたウィル・オ・ウィスプが小声ながらも首を傾げそうなそんな声を挙げるので説明する。
「ああ。さっきも言ったように彼らはここでそれぞれ闇の勇者、光の勇者だと言われ、俺は勇者達の背を守る戦士というものだと言われた。まあ、役職というかこの生における役割だよな。」
「「……」」
「この時はお互い驚いてた。そりゃあそうだろ?村で魔物がいつ襲ってくるかおどおどとしていた村人が… しかも幼馴染達は勇者として、そしてそれを守る戦士だとか凄い役職をもらうと思ってもいなかったからな。三人で肩を叩き合い、一緒に世界を救おうと笑い合った。」
俺がそこまで説明していると映っている光景の中でも二人の勇者は満面の笑みで俺と肩を叩きあっていた。
そして、残る女の子が神官の下へと歩いて行く姿が見える。
喜ぶ勇者達を促し、その女の子の方へと視線を向けしばらくすると突如として女神像から光が発し、神殿内を埋め尽くす。
「そして、この光が収まったとき、俺の幼馴染であり婚約者の女の子は女神から信託を受けられる信託の巫女という役職をもらった。」
天井に浮かんだ光景は再度ここで全て消えた。
「とりあえず、ここまではわかったか?」
「うん。」「うむ。」
「でも、どうしてここで映像を消したの?」
恐らく何気ない気持ちで疑問を口にしたのだろう。
だが、俺にとっては思い出したくもないことをこれから映像に写さなければいけないのだ。
俺はウィル・オ・ウィスプの質問に答えることなく、頷きながらも目を瞑り、腕を組んだ。
そして、天井に写したくない光景が映し出された。
薄暗い部屋の中、ベッドが見える。
そこには一人寝そべっていて、その人物を跨ぐようにしながら影が上下しているのが見えた。
「え…」
どちらが挙げた声かわからない。
「まさか…」
だが、それはどうでもいい。
今、俺は…
耐えることに必死だったから。
「主…」「契約者よ…」
俺は腕を組んだ手に力が入り腕をかなりの力で握り締めるようにしているのに気付いていたが、その力を緩めず天井の光景を消そうと努めた。
なんとなく消えたような気がしたので目を開けて天井を見るとそこには黒いドーム状の天井のみがあり、光景は消えている。
「…こちらの世界でこんな言葉があるか知らないけれど、気が付けば彼女は光の勇者に寝取られていた。世界を救う、そんな目的を共通で持ち、みんなで魔王という存在を倒しに旅に出ていたがその途中で彼女は光の勇者に靡いていってたのさ。理由は簡単。魔王を討伐した後、俺は一近衛兵士として国に仕えることが決まっていたが、光の勇者は領地を貰い貴族になることが決まっていた。彼女は旅の途中で様々な人達と交流を持つようになり…贅沢な暮らしがしたくなった。そして、そんな彼女に甘い言葉を言ったのが光の勇者だった。だから俺は裏切られた。二人共、俺の幼馴染で仲間だったり恋人兼、婚約者だった者達に裏切られた。」
そして、天井に最後の光景が浮かび上がる。
そこには、広場に押し寄せた民衆が大勢見える。
皆、口々に何かを叫び、叫ぶだけでなく、足元の石を拾い俺へと投げ付けてきている。
「これは!?」
「光の勇者様はどうやら俺が目障りだったらしくてな。彼女との行為を見せ付けた後、憤って勇者へ斬りかかった俺を裏切り者として首都まで連れて行き、罪状を広場にて告げさせた。この光景はその罪状を聞いた市民が俺に対して怒り、人類の敵として俺を罵倒しながら石を投げてきた時だな。」
ウィル・オ・ウィスプもシェードも黙っているが、正直このときはそこまで辛くなかった。
魔王を討伐しているとき、魔物の群れを相手にすることも多くありその時は魔法やらもっと大きな岩などが雨のように降りしきる中を行軍していっていたのだから、民衆の石礫などそこまで痛手となることはなかった。
どちらかと言えばさっきの映像にあったように、勇者に婚約者を寝取られたことの方がきつかった。
「まあ、こんな感じでな。『勇者』それに『巫女』なんてのを聞くとこのことを思い出して気がたっちまう。さっきは感情的に叫んだりして悪かったな。」
俺が飄々と言うと二人共謝罪してきた。
「ううん、こんなことを経験したんだったら感情的にもなるよ…」
「知らぬこととはいえ思い出させてしもうた。すまぬ…」
そんな二人は今まで話してきた中で一番人間味が溢れているような気がした。
だからだろうか。
俺は思わず聞いていた。
「…お前ら聖霊は俺を裏切ったりすることはないんだな?」
「もちろんだよ!」「うむ。」
「我ら聖霊はその存在そのものを消滅させられたりせぬ限り、契約者から離れることはない。」
その言葉を聞いて俺は頷いたのだが、シェードがここで気付いた。
「契約者よ。汝の笑顔を初めて見た気がするぞ。」
「あ、ホントだ!」
そのシェードの声にウィル・オ・ウィスプも乗ってきて二人共機嫌が良さそうな声を出しているが、俺は驚いた。
「…俺が笑顔?今までも笑ってることは…」
「僕らが契約してから心からの笑顔は初めて…だよ。」
「そうじゃな。契約者よ… 泣くな。」
再度言われ顔に手を当てると自分の目から涙が流れていることに気付いた。
「…今までの生死。これと似たり寄ったりなものだった。裏切らない者を得られたことを嬉しく思って悪いか?」
「いや、悪いとは言わん。だが…」
「これからは僕らは一緒にいるんだからさ、安心してよ。」
だが、俺は一つの可能性を思い浮かべてしまった。
それはこいつらが俺に対して嘘を言っている可能性。
実は裏切ることができ、他の者と契約を結ぶということができるのではないか?そんなことを考えたのだがその思考を読んだのか、二人は否定してきた。
「我らは聖霊王。創造神様に生み出された存在だ。しかし…」
「嘘は言わない。主、僕らの言っていることを今すぐ全部信じるのは難しいかもしれないけれど…」
「だからこそ、今後は我らの契約のことも含め契約者の欲する強さを得ながら我らの言うことに間違いがないか…」
「間違えていなければ主は僕らをもっと信用してくれるよね?」
「契約者には我らと契約を交わした者として頼みたいことがある。だが…」
「それは僕らが信用を得たあとでお願いすることにするよ。」
俺は右手の親指で自分の涙を振り払うと二人にそれぞれ目を向け頷いた。
「いいだろう。あのポンコツは信用できないがお前達は信じてみることにする。」
「ポ、ポンコツ…?」
「気になっていたのだが、契約者が言うポンコツとは…?」
「言ってなかったか?創造神だよ。」
「「えええぇぇぇぇぇ…」」
「転生させる際に記憶を消す。できてない。加護もらったにも関わらずとことん不幸。加護って何よ?記憶消えてないせいでお前らも見た悪夢を意識を失う度に見せられる。死体に鞭打つのが趣味なのか?」
「で、でもこの世界を創ったり生物を生み出したのは創造神様で…」
「創ってお前らに管理丸投げしてただけじゃ?」
「ふ、不遜だとは思わぬか…?」
「転生前からポンコツって言ってたが特に怒られなかったぞ?この前会った時も言ったような気がする。覚えてもないわ。まあ、そんなわけで俺からするとあいつはポンコツだ。」
「わ、わかった。」
「…色々と我らの方が驚くことが多かったが、そろそろ時間のようだ。」
「ん?」
「契約者の意識が戻ろうとしておる。あのダークエルフに気絶させられ、主が意識を失い既に二日目。そろそろ起きた方がいいじゃろう。」
「そうだな。」
「契約者よ。起きたら魔力操作を主にしてくれ。汝の扱える魔力が大きくなれば我らの契約も活用しやすくなる。それに…」
「主が望めば僕らも世界に顕現できるんだ。」
「顕現?」
「他の者にも見えるような形で世界に存在することができる、と言えばわかりやすいか?」
「ふむ… 意味は理解したが、顕現してどうするつもりなんだ?」
「そりゃあ、主の補助をするためだよ。一人でできないことでも役割分担すればできることも多くなるでしょ?」
「まあ、俺も力は欲しいから強くはなるしお前らのことも信じてみるけど…」
「それは今後の我ら次第ということか…」
「…そうだ。」
「僕らも信じてもらえるよう頑張るけれど、僕らも主の動向を見ているからね?」
「それに、我らは汝が意識をもって行動している時も主の目を通し世界を見ることができる。汝に対し、意見を申したり、助言することもある。」
「僕らの声を遮断することもできるけど、感覚的なものだから口頭だと説明しにくいからそれは慣れていってね。」
「わかった。」
俺が返事を返すと急速に意識が遠ざかっていく。
そんな中、ウィル・オ・ウィスプとシェードの会話が少しだけ聞こえた。
「光の勇者…」「闇の勇者…」
「まさかね…」「まさかな…」