心の中①
俺の言うことにピンとこないのか二人とも特に反応を示していなかったのでそのまま続ける。
「まったく… 何億回と裏切られたり、殺されたり、絶望感を味わいながら死んだことか…」
そこまで言ったところで二人が激しく揺れ動く。
「え、ちょっと主。何億とか死んだとか…」
「契約者よ。どういうことだ!?」
どうやら揺れ動いたのは彼らの心の動揺を表していたようだ。
「ホントに何も知らなかったんだな。俺はレオンハルトとしてこの世に産まれる前の… 前世や前前世。さらにはそれ以前の生死なんかも知ってるんだよ。最初は手足もなく、真っ暗な空間に意識だけでいたんだがそこにポンコツ神が慌てて現われた。そして俺を見つけると逸れた魂だとか言われたんだ。で、転生させてもらうことになったんだが… 転生させて貰う前に以前までの生死を見せてもらった。」
「え、でも、この世に転生してくる時に全部忘れてるはず…」
「俺もあいつからそう聞いていたし、この前もあいつは気付いてなくて初対面みたいな声の掛け方をしてきた…が、俺は記憶を失っていないし、意識を失う度に今までの生死を夢として見てきてる。まあ、さっきも言ったように裏切られ、殺され、といったような生死ばかりだから悪夢でしかないんだけどな。」
俺が思わず嘆息すると、シェードがユラユラと揺れながら俺に近付いてきた。
「それでか…」
俺がなんのことかとシェードの方を見ると奴は俺の手が届く位置まで来て止まる。
「意味がよくわからないんだけど?」
「ああ、すまぬ。契約者よ。我ら聖霊王が嘗て『勇者』や『魔王』と契約を交わし、以降、お主と出会うまで契約した者がいないことはエルフが言っておったな?」
確かにジジ湖で手の平を返したエルフがそう言っていた。
俺が黙って頷くとシェードも僅かに上下に揺れる。
「我ら聖霊王は契約する者を見定めておる。それは各聖霊王で決める基準があるのだ。我が司るは闇。求めるは… 心の中にどれだけの闇が巣くっているかだ。」
「僕の基準は光。その心の中にどれだけ清い心があるか、だよ。」
シェードとウィル・オ・ウィスプが教えてくれたが俺は首を捻った。
「シェードの言う闇はわかるさ。さっきも言ったように俺は酷い生死を繰り返し、今も悪夢を見せられてるわけだから全てを怨むくらいの闇が巣くってるだろうよ。でも、わからないのはウィル・オ・ウィスプ。お前だ。それだけ俺には闇が巣くってる中で俺の中に清い心なんてものが残ってるはずない。」
すると、ウィル・オ・ウィスプも俺の手が届く距離まで近付くと左右に揺れる。
「主。僕にはわからないけれど、主の今までの生死の中で一番心が晴れ渡ったとき… それは何かな?」
言われて思い出してみると真っ先に浮かんだことがある。
そして、それはミーティアの時と同じく天井に映し出された。
それは今生に産まれた直後の景色も見えない状態での言葉だけのやり取り。
流れ聞こえる母の遺言だ。
続いて聞こえてきたのはまだ再婚もしていないのに俺のことを一生懸命面倒見てくれていたミントさんの必死な声掛けだった。
「…なるほどね。」
さっきからシェードもウィル・オ・ウィスプもなるほどとばかり言っているが俺には何もわからない。
当事者がわかってないのに相手だけがわかったような口調をされると不機嫌にもなる。
今もそうだ。だから俺はそのまま聞いた。
「おい、さっきからお前ら納得してるみたいだが俺は何もわからない。何が『なるほど』なんだ?」
「あ、ごめんごめん!さっき見せてもらった記憶。あれを見て思ったんだけど、主。あの二人の言葉を聞いて心が救われた気がしなかった?」
「ああ。実の母の遺言や父の言動を聞いて今生こそはまともに生きて死ねると思ったし、母が死んだ後の馬車でのことでもミントさんの言葉でどれだけ救われたか…」
「そうだろうね。ただ、こんなやり取りや母からの言葉ってさ、生まれてきた子供に対してどこの親も言ったりするようなことだし、主には申し訳ないけど母親が体が弱くって子供を産んだ後に亡くなるというのも結構あることなんだ。」
それはそうだろう。
これくらいの不幸な話は確かにあるはずだ。
それに会話のやり取りもあるだろう。
俺は頷きウィル・オ・ウィスプの続きを待つ。
「さっきも言ったように僕の基準は清い心。普通ならこれくらいで僕が契約できるほど清い心なんて生まれやしない。でも、主はかなり特別だ。今までの生死を覚えていて、尚且つその今までの生死が全て幸薄く不幸な終わり方をしていた。」
そこまで言うなよ。
思い出したくも無い今まで見てきた悪夢を思い出しちゃうだろうが!
あっと、気付くと天井に今まで見てきた悪夢が次々と映し出される。
ゴブリン、オーク、犬、宇宙人、バクテリア、エルフ、悪魔…
そして、一番よく覚えている… 前世
「…ホントに悲惨な終わり方ばかりだね…」
「これほどとは…」
映像を見たウィル・オ・ウィスプとシェードの二人の声が呆然としたような声なのがますます俺の心に傷を負わせる。
こいつら実は俺を虐めたいのか?と思うほどだ。
「まさか、この光景を見たいがためにわざとああいうことを言ったのか?」
視線を天井の映像からウィル・オ・ウィスプに移し、咎めるような口調で言ってしまったのはしょうがないだろう。
それに気が付いたのかウィル・オ・ウィスプは激しく横に揺れた。
「ち、違うよ!僕が言いたいのはこれだけ悲惨なことしかなかったからこそ主がお母さん達に言われたことに対して心が救われた、そう言いたかったんだ!」
確かに言われてみると、母の遺言は俺の原動力になっていてミーティアのことも『大切な人』を守ろうと思って行動したのだった。結果は酷いものとなったが…
ともかく、ウィル・オ・ウィスプが言ったことが納得できたので俺も頷いた。
でも、同時に疑問も思い浮かぶ。
「…でも、これくらいの気持ちなら誰でもなるだろ。」
「そう、誰でもなるよ。そして、気持ちが大きければ大きいほど上位の聖霊と契約できる。でも、僕と契約できるほど気持ちが大きい人は嘗ての『勇者』以外にいなかったんだ。」
「この世はどれだけ荒んでるんだよ…」
「違うよ。主がそのありきたりなできごとで救われすぎなんだ。主が異常なんだよ。現に現代にいる『勇者』、『魔王』、『賢者』、『聖女』、『巫女』なんかは主ほど清い心をもってない。」
ウィル・オ・ウィスプが言ったその一言を聞いて思わず一歩近付いた。
「…おい、ちょっと待て。今、何て言った?」
「主がそのありきたりなできごとで救われすぎって言ったんだ。」
「違う。そこじゃない。その後だ!」
「あれ?主が異常なんだよ、って怒らせちゃった?ごめん!」
「それでもない!わざとか!?現代にいるってところだ!」
「ああ!現に現代にいる『勇者』、『魔王』、『賢者』、『聖女』、『巫女』なんかは主ほど清い心をもってないってところね!」
「そうだ!現代ってことは今までもいたのか!?」
するとそれまで黙っていたシェードが答える。
「いた。」
「俺は今まで嘗ていた『勇者』、『魔王』、『賢者』、『聖女』しかいないと聞いたぞ!?しかも、『巫女』なんか聞いたこともない!!」
俺の勢いが凄いのか少しウィル・オ・ウィスプが下がる。
だが、そんなことは気にしない。
それどころではないのだ。
「我ら聖霊には見えるのだ。この世界の生き物が生まれもっている役割というものがな。」
「俺のさっきの質問の答えは?」
「生き物には見えん。つまり、役割を持っていても皆気付いていなかっただけのこと。いなかったのではない。その役割自体が不必要な時代が続いていた、ということだ。それで皆気付いていなかったのだ。それと光の言ったことだが… 現代に於いて、各役割を持ったもの達は全員が全員とも光も闇も契約者以下でしかないのだ。そんなわけだが… 契約者がそこまで勢い良く聞いてきたのは何か理由があるのか?」
そう、理由がある。
今までの生死の中で勇者の従者というなんとも微妙な立場だったことがある。
その時のことを思い出し、顔が強張った。
二人が黙る中、俺は静かに目も向けず顎でクイッと天井を示した。