シェードとウィル・オ・ウィスプ
気が付くとそこはドーム状に球体を真っ二つにしたようなそんな部屋だった。
周りを見渡すと部屋は薄暗く、部屋の中央には円卓があるが椅子が三席。
そのうち二席には見たことがある鬼火と黒い霧のようなものがそれぞれ漂っている。
部屋の中には俺しかいなくて他の人間は存在しない。
そんな状況で思いついたのは
「…拉致監禁?」
思わず思ったことが口に出た。
「いや、主。拉致でもないし、監禁でもないから!」
鬼火がその炎を大きくしながら上下に揺れながらそう言う。
「誰もいないのに声が聞こえてきた… 疲れてるのかな…」
わかってはいるのだがわざと、溜息を吐きながら頭を横へ振るとさらに声が聞こえてきた。
「いや、契約者よ。我等だ。」
今度は円卓を挟んで反対側にあった霧が話しかけてくる。
「ふむ、ようやく気付いてもらえたか。我等は…」
「ボク!ボクはウィル・オ・ウィスプだよ!」
「…我が気付いてもらえたのにそこで主張するのか… まあいい。我はシェードだ。」
うん、覚えている。そして、ジジ湖でこの二人(?)の聖霊王と契約したことを思い出した。
「…そういやあ、契約してたな。」
「忘れてたの!?」「忘れておったのか!?」
二人ともどうやら忘れられてるとは思ってもいなかったらしい。
でも、悪くないだろ?
契約結んだのって周りに自分より実力があるエルフに囲まれた状態で味方は誰もおらず、おまけに人質としてミーティアもいてって状況だったんだから。
「しかも、何気に主落ち着いてるね。」
「こんなよくわからない場所に唐突にくるのも三度目だからな、さすがに慣れてもくるさ。」
意識を失えば悪夢を見るか変な空間に行かされる。
それにしても改めてミーティア達のことを思い出すと、今でも最後に見た目を思い出してしまい胸にズキリと痛みを覚える。
すると、頭上の天井の半球へジジ湖であった先程の記憶が映し出された。
そのことに驚きながらも、さらにシェードやウィル・オ・ウィスプと契約したこと、後にエルフ達が手の平を返したときのやり取りも思い出すと天井の光景は思い出したことが映し出される。
その光景を見ると思わず心の奥底からどす黒い感情が燃え立つように吹き上がってくるのを感じる。
同時に冷めた気持ちも思い出す。
「契約者よ。落ち着け。」
そんな俺に対して、シェードが声を掛けてきた。
だが、落ち着けるわけが無い。
スフィンというハイエルフが主犯と共に人質を獲りレターニアさんを裏切らせ、ミーティアを攫い。
シェードと契約したら殺そうとし、ウィル・オ・ウィスプと契約すれば手の平を返しスフィンを裏切り俺を利用とした薄汚い奴ら。
落ち着けば落ち着くほど、天井に映る会話を思い出し吐き気を覚える。
ギチッ
「主!」
ウィル・オ・ウィスプが強い声を出したところで俺は我に返った。
しらないうちに手に力が入っていたようで両手の拳がギリギリと音を鳴らしながら握り込まれている。
その力を抜くと同時に天井の映像も消えた。
「…すまん。少し落ち着いた。でも、契約した時を思い出すと忘れててもしょうがないよな?さっき天井に映っていたように修羅場だったし?俺も怪我が酷くて意識が朦朧としてたからな。第一、俺
から見たらお前ら鬼火と霧だぞ?印象薄い。」
「鬼火と…」
「霧…」
二人とも俺の印象を聞いて少し落ち込んだ様子だ。
鬼火と霧で表情ないけど、心なしか鬼火は小さくなり、霧は薄くなっている。
そんな二人を見ると思わずクスリと笑ってしまった。
見た目は確かに鬼火と霧だが案外可愛く思える。
それはともかく、状況を整理したいので俺は尋ねてみた。
「で、ここはどこなんだ?」
「あ~、うん… ここは主の心の中だよ。」
「心の中?」
「そうだ。」
「まあ、さっきの思い出したことが頭上に映し出された時点でなんとなくそんな気はしたけど… 俺の心の中って随分と殺風景なんだな… でも、言われて納得した。」
理解はしたが、俺は俺でウィル・オ・ウィスプとシェードから言われたことに対して凹んでしまった。
なんだかんだで今生では裏切られることなく生きていたので、どうやら心のどこかで安心してしまっていた。
さっき天井に映ったように薄汚い奴らは限りなく存在するというのにすっかり頭の中から抜けきっていたのだ。
生きて意志があるものはどんな生物にしろ俺を裏切る。
ついさっきまで俺を介抱してくれていたダークエルフもいずれは裏切るのだろう。
体の痛みは別にどうでもいい。
悪夢で慣らされるだけ慣らされた。
そんな痛みなんて一時的なものだし死ねばそれまでだ。
達観したとかそんなものじゃない。
死ねば次の生が始まるだけ。
でも、死んだら… 今生で俺を産んでくれた母と再度会えるのだろうか?
それともあの母でさえ行き続けていたら俺を裏切ったのだろうか?
色々と疑問を思い浮かべ頭上の半球状の天井を見上げていたが、軽く頭を振り気を取り直す。
「それで、心の中でお前らと会ってどうしろっての?」
二人も気を取り直したのかそこから説明し始めた。
「契約したのに呼び出されないからこっちから呼んだんだよ。」
「契約したにも関わらず、呼び出される前に契約者が死んだとなると笑えないのでな。」
「忘れてたんだし、呼び出すも何もないな。」
契約したら何ができるとか知らないのに呼び出すとか言われてもピンとこない。
ただ、力を求めたら契約を持ちかけられたということは思い出した。
「そういえば、契約したから俺は強くなったんじゃなかったのか?」
そういいつつ、最初に契約したシェードの方を見ると若干霧が大きくなり濃くなった。
こいつらはこいつらで気持ちによって見える状態が変化するらしい。
「…契約者よ。我ら聖霊王と契約したとしても突然強大な力を得るものではない。我らと契約した瞬間手に入る強さと言えばそれぞれの魔法に対しての抵抗力が強くなる、ということだけだ。」
その言葉だけなら他の聖霊と契約を結ぶのと聖霊王と契約するのも対して変わりがないように聞こえる。
それだとあまり意味がないような気がしたのだが、そんな俺の思考がわかったのか読んだのかシェードが話を続けた。
「他の聖霊と契約を結ぶのと我らと契約を結ぶのとどう違うかというと、どれだけの規模の魔法を扱えるか、ということにある。それとその抵抗力というのも契約する聖霊の格により変わってくるのだ。」
言われた言葉を頭の中で考えじっくり考えるとやっとなんとなくだが意味はわかってきた。
「…契約を結んだ聖霊の格が低いと扱える魔法も限られる…?それに魔法の耐性も…」
「ふむ、確かにそれもある。」
「例えば、だけどね。同じくらいの格の聖霊と契約を結んだ者同士が同じような魔法を使ったとすると魔力が高い方が威力が増すんだよ。そうだなぁ… 主、魔法ってどんなものだと思う?」
「魔法とは『魔力』を使って使用者が考える事象を起こす奇跡のようなものじゃないのか?」
「うん、概ねそれであってるよ。そして、この世界では魔法を行使するにあたり聖霊との契約が必要不可欠であり、契約を結ぶ聖霊の格が上か下かで起こせる奇跡の規模が違ってくる。」
ようするに聖霊王と契約した俺は光や闇などに関する奇跡では大規模な奇跡を自分で起こすことができるということだ。
「なるほど、奇跡を起こす権利は手に入れた。だが、その奇跡を起こす魔力というのは…」
「魔力操作を繰り返し、持てる魔力と使える魔力を増やし続けてもらうしかない。そして、魔力操作は歳を重ねるごとに増える量がだんだんと減ってきちゃうんだ。」
とどのつまりそういうことらしい。
「…むぅ、光に全て言われてしまった…」
何気にシェードが落ち込んでしまったようだが、気になっていることがあるので聞いてみた。
「ところで… お前らは『生物』なのか?」
これは俺にとってかなり重要なことだ。
生き物ならば裏切る。
契約したといっても契約を切ってくる可能性がある。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずかシェードとウィル・オ・ウィスプは真面目な声で返答してきた。
「いや、我らは『生物』ではない。」
「そうか。なら、今後ともよろしくな。」
俺の雰囲気が変わったと思ったのか少し鬼火が大きくなり、霧は濃くなった。
「主、僕達が『生物』かそうじゃないかってそんなに重要なことなの?かなり『生物』を警戒してるように聞こえるんだけど…」
少し控え目に聞いてきたウィル・オ・ウィスプの声を聞いた俺はそこで気付いた。
聖霊王といっても何でもわかってるわけではないのだ。
だから、教えてやることにした。
「ああ、警戒もしたくもなる。あのポンコツ神のお陰でな。」