逃亡と捜索
ゴールデンウィーク明けから日曜含めて休み無しで働き続け、体調悪くして寝込んだと思ったら熱中症だった作者です。
皆様も体調にはお気をつけください。
そこまで考えた時、意識を失う前までのことを思い出しスフィンに貫かれた患部を触って見てみると、そこにあったはずの傷は痕こそ残っているが塞がっていた。
「致命傷… あれ?傷が塞がってる…?え…?」
不思議に思いながら首を傾げつつ夢だったのかと思っていると、俺を支えていたダークエルフは笑みを浮かべたまま話し出した。
「あ、あなたのそこの傷、酷い怪我だったから治療しておいたからね!貫通してるわ、出血酷いのに湖に落ちてるから血は止まりにくいわで大変だったんだから!」
その一言で目の前のダークエルフが治してくれたことに考えが至って思わず目を丸くしながらその女性を改めて見てみた。
金色の髪を肩で切り揃え、ダークエルフの中でも整った顔をしているのではなかろうか?そして少し勝気に見える顔。
そして、自分の付近には点々と血が染み込んだ痕が見え、目の前の女性が治療してくれたことに初めて気付いたレオンは頭を下げた。
「自分でも致命傷と思っていました。怪我を治療して下さり、ありがとうございました。」
目の前の女性が味方になるのか敵になるのか、それすらも判断が付かないままだが、自分を治療してくれたことには変わりないので素直にお礼を言う。
感謝の気持ちは素直に表したほうがいいのだ。
礼儀知らずとも思われたくないしな。
そして、そんなお礼を言われた女性は笑顔のまま頷き、俺を立ち上がらせると焚き火の近くまで肩を貸して連れて行くと並んで火の前に座り女性が頭を撫でてきた。
「いいのいいの。困ったときはお互い様なんだしね!でも、あなたヒトの子なのになんで帝国領にいたの?王国からは凄く遠いし、ジジ湖ってホント帝国領の一番東なんだけど…」
そこまで話をしていたが、俺は先に聞かなければいけないことがあったのでその女性に聞いてみる。
「すいません。事情を説明したいところなんですが、湖から引き上げていただいてからどのくらい時間が経ったのでしょうか?」
「え?う~んと… だいたい、だけど二時間くらい…かな?」
「そうですか… 俺と争っていたハイエルフやエルフが追ってくる可能性もあるのでできたらここから離れたいんですが…」
「え、そうなの!?でも、今は無理よ!あなた、自分がどれだけ酷い怪我だったかわかってないでしょ!全身切り傷いっぱいで絶対出血死しちゃうって焦ってたくらいだったのよ?今すぐ移動なんて無理!」
あぁ、魔法で切り刻まれてたけどやっぱり怪我酷かったのか…
まあ、生きて意識があってしかも五体満足なら十分御の字だ。
俺が自分の状態を確認して頷いていると女性がヒートアップしていく。
「というか、ハイエルフやエルフってあれだけ傷があったということは集団に襲われてたの?まったく、これだからハイエルフやエルフ達はいやなのよ!!」
何か経験でもあるのかそれまで笑顔やら俺を嗜めるように少し怒った顔をしていたのだが、今はオーラまで纏っていそうなくらい凄まじい怒り顔になってしまっていた。
ちょっと引いてしまう。
そんな引いた俺に気付いたのか女性は今度はあわあわと慌てた表情になる。
ホントにころころと表情が変わる人だ。
そんなことを考えていたら、その女性が俺を見てまた笑顔に戻る。
なんだろうか?と首を傾げると笑顔になった理由を教えてくれた。
「ふふ、あなたが笑った顔って初めて見たから少し元気出たのかな?と思うと嬉しくなって…」
親しい間柄でもないのに俺が浮かべた笑み一つで笑顔になった女性を見て…
俺は逆に心が苛立つ。
「助けていただおいてなんですが、追っ手がくるかもしれないのでここでお別れしましょう。無事逃げ切れたらなんだかの形で恩返しさせていただきたいのでお名前だけ伺っておいてよろしいですか?」
俺がそう切り出すと女性がとても怒り出した。
「な…!何を言ってるの!?あなた、自分がどんな状態かわかってないの!?危ないのよ!?しかも瀕死だったの!しかもまだ血も足りてないの!ふらふらしてるの!しかも追われてる?尚更放っておけるわけないでしょ!自分をなんだと思ってるの!」
「利用価値もないハイエルフとエルフに追われてるヒトの子。」
即答でそう返すと女性は口をパクパクさせた後、俺の方へと体ごと向き直り…
パンッ
ビンタしてきた。
そして、叩かれた俺は…
急速に意識が遠ざかるのを感じた。
女性が何か言っているが既に聞こえなくなっていた。
叩いたダークエルフは意識を失ったヒトの子を見て「あっ!!」と思わず声を挙げるとビンタをした手を思わず見る。
「…やっちゃった… ああ、私のバカ…」
仲間からよく注意されているのだが、口より手が先に出てしまう自分の悪い癖がここで出てきたことに対して酷く後悔した。
「まだ幼いヒトの子。しかも、瀕死だった子を起きて間もないのに全力でビンタしちゃった…」
そして、さらに思い出す。
「あっ!私、まだこの子の名前も聞いてない…」
また思い出す。
「あっ!!この子、闇の聖霊様と契約してるのかしら…?契約してないなら町に連れて行けないし…」
レオンは知らなかったが聖霊と契約を結び、その聖霊を意識しながら魔力操作を行うと体の一部に紋様が浮かび上がる。
全世界、全大陸、全国家から敵対視されている魔族達は自分達の安全確保のため町や村、里、城の出入りの際には最初は必ず闇の紋様が浮かび上がる部分を見せてもらうのだ。
浮かび上がったのを警備担当者に確認されると担当者の名前入り割符を発行してもらえ、それを各所のとある受付に持って行くと正式な魔族として認められ魔族としての身分証が発行される。
つまり、気を失っているレオンは紋様を浮かび上がらせることができないので町に入ることが許されない。
「あっ!!!」
それまでよりも一団と大きな声を挙げたダークエルフは声を出した自分の口を慌てて押さえ辺りを恐る恐る見回す。
(しまった~~~~~~!!最近、魔獣とか魔物が異常発生してるっていうのに大声出しちゃった~~~~!!)
普段は仲間達と何人かでパーティーを組んでいるのだが、今はジジ湖周辺の異常発生した魔獣・魔物の調査のため湖周辺で散り散りになっているのだ。
異常発生する前なら現われる魔獣・魔物の数は知れていてソロでも狩ることができるのだが、今現在は一度に数十以上の数で現われるためパーティーで行動するか、気付かれないように声を出さない、見つからないように火など焚かないよう言われていた。
にも関わらず、レオンを助ける為に湖に飛び込んだすえ凍えた体を温めるため火をくべ、そして今は自分の迂闊さで大声を何度も挙げてしまった。
どうやら魔物や魔獣はまだ自分達の方へは向かってきてないことがわかるとホッと溜息を吐く。
(闇の聖霊様と契約してるかわからないけど、ここにいるよりいいよね。)
ビンタで叩き意識を失わせてしまったレオンを横目に一人でウンウン頷き今後の行動を決めると立ち上がり四苦八苦しながらもなんとかレオンをおんぶした。
「うっ… もう少し筋肉付けた方がいいかなぁ…」
ふらふらしながらも立ち上がり、町の方へと歩みを進めると帝国の方から声が聞こえだした。
しばらく前から聞こえてはいたが、それがだんだんと近付いてきているのがわかる。
(…この子の追っ手?魔族領だとわかっているだろうに、名前を呼びながら探しているということは追っ手じゃなくて、ただ探してるだけにも思える… でも…)
ちらりとおんぶしているレオンの顔を見ようとするがおんぶしているので当然見えない。
(見つけたとき、この子は本当に死に掛けてた… こんな小さい子を寄って集って殺そうとする奴らにこの子は渡すもんですか…!)
声がしてくる方向へ視線を戻し睨み付けるとそのダークエルフはレオンをおぶったまま大樹の里とは反対側の鬱蒼と茂った森へと歩き出した。
ダークエルフの女性が焚き火から離れて二時間ほど経過した後、そこへ一人のハイエルフが息を切らせながら辿り着いた。
「レオン様!?」
少し前から焚き火が見えたため、魔族領だとわかってはいたが魔獣を駆逐しながら進んできたのだ。
そして、その後ろから何人かのエルフ達とミーティアも姿を現す。
「レターニア!レオン様は見つかったか!?」
エルフの先頭の者に聞かれるが一番初めに焚き火へと到着したレターニアは静かに首を振る。
「いえ…」
「まさか、亡くなったのでは…?」
別のエルフがそう言うと、その台詞を聞いてミーティアは見てわかるくらいビクリとする。
ハイエルフ、エルフ達は自分達が魔法を当ててレオンを怪我させ、スフィンに重傷を負わせたことを気にしていたがミーティアは湖に落ちる直前のレオンの目付きを思い出していた。
文字通り味方が誰一人としておらず、仲良くしていたレターニアは裏切り、孤立無援の状態だったにも関わらず自分の身を守ってくれた。
にも関わらず、自分はレオンに怯え逃げた。
虐めていた頃にも浮かべたことがなかった悲しそうな目を思い出し、さらに血だらけになりながら湖へと落ちたレオンを思い出し、ミーティアは心が締め付けられるような痛みを感じる。
「私のせいだ…」
ミーティアはレオンが湖へ身を投げたのは自分のせいだと気付き、神経の糸が切れたのかその場で崩れ落ちるように地面に座り込むと泣き始めた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…」
その声と姿はエルフ達にもレターニアにも聞こえ、見えた。
他のエルフ達も自分達がやったことを思い出し、自然と視線が地面を向く。
レオンが契約した聖霊王は光と闇。
『勇者』と『魔王』。
しかも、闇の聖霊王が言っていた『創造神の加護を持つもの』。
『創造神の加護を持つもの』など今までの歴史上でも誰もいなかった。
いや、持っていた者がいたかもしれないが最早伝説となっていた聖霊王と契約を結んだ者を襲ったことがエルフ達に恐怖心を植え付けていた。
創造神に対して背信したことになるかもしれない、と…
同様に地面に視線を向けていたレターニアはそこで点々と地面に付いている血痕を見つけるとそれを触った。
(完全に砂に染み込んでる… 誰かがレオン様を助けた…?だとすると、魔族でしょうね…)
レターニアの行動を見たエルフの一人が声を掛ける。
「…レターニア、その血痕は… まさか?」
その声を聞いてミーティアを始めとして他のエルフ達もレターニアの方を向く。
そのレターニアは立ち上がると首を横に振る。
「わかりません。魔族のものか、魔物のものか、魔獣のものか… レオン様のものか… ともかく、既に魔族領へと入ってしまっています。そろそろ戻りましょう。魔獣や魔物はともかく、魔族の集団と出会ってしまうと面倒なことになります。」
レターニアの話を聞いてエルフ達は頷く。
「そうなる前に里へ戻り、アザリー様が戻ってこられたときに全て打ち明けましょう。」
そこまで聞くと今度はエルフ達がビクリと震えた。
「アザリー様か…」
「ッ… アザリー様に知られると…」
「いや、しかし知らせないわけにも…」
「勇者となるか魔王となるかわからないが聖霊王が契約されたことは伝えないといけない。」
レターニアに最初に質問したエルフが発言しその場での話し合いは終わった。
しかし、ミーティアは泣き崩れたままで誰も声を掛けることができない中、レターニアが近寄り肩へそっと手をやる。
「ミーティア様、レオン様が生きているかどうかわかりません。」
手を置いた肩がビクリとしながらもミーティアは涙で潤んだ目でレターニアの目を見返すとそのままの姿勢で怒鳴った。
「レオンは生きてる!」
怒鳴られながらもレターニアはフッと笑う。
呆然とした状態よりも怒る方が生きる活力を生む。
だからこそ、レターニアは敢えてここでミーティアが怒るようなことを言ったのだ。
「なら、ここでしゃがみ込むよりやることがあります。」
ジッと自分の目を見返すミーティアにレターニアは続けて言う。
「レオン様は聖霊王の二人と契約を結びました。なら、遠からず歴史の表舞台に出てこられます。そこで会い、この度のことを謝罪しましょう。」
「…表に出てこなかったら?」
ミーティアが静かに問い返すとレターニアはニッコリとした笑みを浮かべて答えを返す。
「別に表舞台に出てくるのを待つ必要はないんですよ。私達の方からレオン様を探し出せばいいだけです。違いますか?」
ミーティアはレターニアの答えを聞いて静かに立ち上がると今まで見たことがないくらい強い意志を秘めた目をレターニアへと向け頷いた。
こうしてレターニアを始めとしたレオンを捜索していたハイエルフ、エルフ達は里へと戻った。
捜索中もそうだが、里へと戻るときも魔獣や魔物が襲ってきたが人数が多かったためそこまで苦労せずに駆逐しながら戻っていく。
そして、里へ入る前にレオンが落ちたジジ湖の方をレターニアは思わず見返す。
(レオン様を捜索中、襲ってきた魔物や魔獣の数はかなり多かった。今回のことで外に出ていた里の者がかなり多かったので討伐隊を組むのと変わらないくらいの戦力だったにも関わらず駆逐するのに苦労した…
あぁ、レオン様が早く討伐した方がいいと言われていたが、その言葉も正しかったのですね…)
そこで一人立ち止まり、小さく「あっ…」と声を出し立ち止まってしまう。
「レターニア、どうかしたのか?」
レターニアの態度が気になった近くを歩いていたエルフが尋ねるとレターニアは思わずといった様子で口から小さな声が挙がる。
「レオン様には聖霊様の声が聞こえるという話、これもやはり本当だったのかもしれませんね。」
その発言で村に入りかけていた他のエルフやミーティアもレターニアの方へと思わず注目した。
レターニアの発言で嘗てレオンがアザリーに対して願い出ていた里の東方への討伐隊を思い出したのだ。
沈黙がその場を支配する中、一陣の風がその場を吹き抜ける。
皆の思うことは一つだった。
『勇者』『魔王』『聖女』と同じ条件が揃っているレオン。
そのレオンがこの世に生まれたことで何かが起ころうとしている。
誰も口には出さないが誰しもが起こることを想像し身震いした。
厄災とも大戦とも言われる世界規模での争い。
それと同じことが起きようとしているのだ。
起こることを事を想像しつつ、誰とは言わず里の中へと歩み始める。
この日、レターニアが想像したことは当っていた。
それは創造神でさえ予想していなかったことがこの世界で始まり、レオンはその渦中へと巻き込まれるのであった。