湖から
ドボンッ
俺は湖に落ちた。
体はどんどん湖の底へと沈んでいくがそれに逆らわず、四肢の力を抜く。
(大切な人は守った。胸の傷は致命傷。血も止まらないで湖に落ちたから出血死… いや、その前に水死かな… あまりにもあっけないし、これと言って何もできてないけど… もう、いいや…)
湖の表面を見上げると月の光が湖へと降り注ぎ、水面の揺れる様子がキラキラと光り綺麗に見える。
それはとても幻想的な光景で自分が底へと落ちていき、肺の中にあった酸素がなくなり息が苦しくなってきたにも関わらずずっと綺麗だ。
ゆっくりと目を閉じると目に写るのはさっきまで見ていた幻想的な光景ではなく、ミーティアが俺を見てきた化け物を見るような怯えた目。
思わず顔がにやける。
出会った頃は睨み付け、別れる時には怯え顔。
(まあ、最近は笑顔もちょくちょくと見せてくれてたんだけどな…)
今世が終わったらどうか記憶を引き継がないように、と祈りながら息を吐き出す。
肺に残っていた最後の酸素が口から泡となり上がっていく。
代わりに肺の中には水が入ってきて、だんだんと意識が薄れていく。
(苦しい…な…)
そこで俺の意識は完全に途切れた…
「ところがまだ死んでませ~ん!」
突然聞こえる声に少し苛立ちを感じながら目を開けると、真っ白な空間だった。
「…っは?」
「いえ、だからまだ死んでないんです。というか、初めまして…と言ったほうがいいでしょうか?私は創造神と呼ばれています。」
返事を聞いて俺は思わず眉間に右手の人差し指を当てて皺が寄らないようにしながら声の主を見た。
髪の毛の色は白金で、腰の辺りまで伸びたストレート。
顔は美人とも可愛いとも思える顔をしていて、大抵の男は目を奪われるだろう。
そう、見える創造神は女性だった。
「…一つ質問があるんだが…」
「はい!なんでしょう?」
「転生した際に記憶が無くなってないからずばり聞こう。あんた、転生前に俺の今までの生と死を見せてから『加護』をくれた神と同一人物か?」
俺の質問を聞いたその神は言葉の通り止まった。
返事がないまま動く様子もないので俺は近寄り、俺より少し背が高い女神へとジャンプしてチョップを叩き込んだ。
「動け。」
「あ、イタ!!何するんですか!痛いじゃないですか!」
「いいから質問に答えろ。どうなんだ?」
返事もしない女神にジト目で見ていると目を逸らしやがった。
「…おい。」
ビクッと肩を震わせるとその女神はおどおどとした様子でチラチラと俺の目を見てくる。
「えっと… 記憶が残ってらっしゃるんですか?」
「バッチリな。というか、記憶というより、赤子の頃から寝る度に見せてもらった生と死が見せられ、おまけに痛みやなんかも感じるサービスまであるんだが?」
「……え?」
「え?じゃねーよ。転寝しても気絶してもそんなの見せられてこっちは精神が狂いそうだ。創造神っていうくらいなら直してくれ。」
「あ、はい!そんなの私の力を使えばちょちょいのちょい!ですよ!」
「自慢はいいからさっさと直せな?」
少し得意げになった創造神に対して俺は笑顔で顔を近付けると女神はあからさまに怯えだした。
「ひ、ひぃっ!ご、ごめんなさい!では… えい!!」
創造神は右手を振り上げ俺の方へと手を向けると勢いよく掛け声をしたのだが、特に何も起こらない。
また時が止まったかのように女神が止まっているので俺は再度ジャンピングチョップを食らわせた。
「イタい!うぅ… 私にチョップした人とかあなたが初めてですよ…」
「止まってるからだ。それで、直せたのか?」
「い、いいえ… なぜか私の力が使えなくなってます…」
「どういうことだ?神なんだろ?」
聞き返すと、女神はジャンピング土下座をしてきた。
足も動かさずにジャンプするとは器用な神である。
「わ、わかりません!」
ジャンピング土下座で笑いそうになっていたが、思わぬ答えに眩暈を覚える。
「ちょっと待て、あんた神様なんだろ?なんでわからないんだよ!」
「す、すすすすすいません!!でも、なんでだろう…?」
「いや、俺が聞いてるんだが…」
「あ、そうですよね!ちょっと原因探してみます!でも、そろそろ時間切れみたいなのでまた今度会った時にお伝えしますね!」
「え、時間切れって俺ってまた転生するの?しかも記憶持ったままで?」
女神とやり取りしていると俺の意識が再度薄れていく。
「あ、最初に言ったようにまだ亡くなってないので大丈夫ですよ!ちょっと仮死状態になってただけみたいですから。」
なぜか女神の全てを包み込むような自愛に満ちた笑顔が思い浮かび苛立ちを覚える。
しかもこのポンコツ神。また今度会った時とか言いやがったな!
仮死状態で会えてるってことはまた仮死状態にならないと会えないってことじゃねーか!
「今度はこち…」
何か言っているが既に聞こえなくなってきた。
意識が戻ると俺は湖の畔に仰向けにして寝転がっていた。
頭を動かし周りを見渡すと少し離れたところに焚き火が起こされていて、その火をくべているのはエルフの女性だった。
エルフは俺が頭を動かしたのに気付いたようでこちらを見ると笑顔を見せてきた。
大樹の里では婆ちゃん…アザリー、レターニア、ミーティアくらいしか笑顔を見せず、他のエルフは嫌悪感や忌避感を隠そうともしない目付きを向けてきていたのにも関わらず、だ。
俺は警戒心をMAXにしてそのエルフから距離を取るように転がり起きる。
どの方向にでも動けるように少し腰を落とし、相手から体の中心を狙われにくいように右足を一歩後ろへ引く。
そんな俺の態度にエルフは慌てて手を左右に動かした。
「あ、いきなりそんなに動いたら…!」
確かに意識を取り戻した瞬間に動き回ったので立ち眩みを起こし俺の体は左右に揺れ右膝を思わずそこに付いた。
エルフは慌てたまま駆け寄ってきてそんな俺を抱きかかえた。
「…エルフは敵のはずだが、なんのつもりだ?」
俺が聞くと、ようやく少し落ち着いたそのエルフは納得がいったような顔をして俺を焚き火の方へと連れて行き座らせ、俺の横に脚を斜めにしながら自分も座ると俺の方へ顔を向けた。
「やっぱりあなたが向こう側でエルフ達と争っていた子ね?大丈夫よ。私はエルフじゃなくてダークエルフだから。安心して。」
ダークエルフ…
勇者と魔王が覇を争っている時、ハイエルフとエルフは二派に分かれ争っていたと書物に書いてあった。
そして、向こう側と言っているということは…
「ここは魔族領なのか…」
「正解!」
俺の返事を聞いて、そのダークエルフはまた笑みを浮かべた。