ジジ湖
大樹の里の東、更に東に行った所にあるのは『ジジ湖』と呼ばれているらしい。
里の東側の付近に行ってみるとそこには木製の立て札があり、『この先、ジジ湖』と書いてある。
レターニアさんからは返事が返ってこなかったが入口で見張りをしている戦士をどうしようか考えながら近付いてみるとそこに戦士の姿はない。
(入口の戦士も誘拐犯の一味かもしくは殺されたか…)
俺が出て行くのを遮る者がいない今の状況はできすぎている。
ただ、警戒して行くのが遅れ、結果としてミーティアの身に何か悪いことがあってもいけないので今は相手の手の平で躍ることにした。
柵で囲われている里を出てそのまま東へ行ってみると、道端には魔獣の死骸がいくつか転がっていて魔獣の血なども残っている。
風の聖霊様はこのまま湖までの道程に俺の障害となるものはないと教えてくれている。
それと、今歩いている道の左右はそれぞれ草木が生い茂っているが、その中には既にハイエルフ、エルフが多数潜んでいることまで教えてくれた。
それを聞くとハイエルフの中でも婆ちゃんやレターニアさん、ミーティアは俺のことをその他大勢のヒトと同じ扱いにせず相手してくれだということに今更ながらに感謝する。
自分の考えに耽ってしまっていたことに気付き顔を横に振る。
今考えるべきはどんな罠があり、相手がどのくらいの人数で、どうやってミーティアを救うか… それだけを考えないといけない。
とりあえず決まっていることは…
ミーティアを攫ったやつは殺す…
しばらく進むと視線の先には月の光に照らされて湖がキラキラと光っている。
そんな湖の畔には一人の覆面をした人物が立っていて、傍には一人座っているのが見えた。
座らされている人物は口に何か含まされているのか「ウーウー」と言いながら必死に俺の方へ来ようと動いているが覆面の男が抑え付けているので動けないでいる。
(あれがミーティアか…)
どんどん近付きやがて覆面の人物まであと十メートルほどと言った所で覆面が片手を広げて俺の方へと突き出した。
その動きを見て俺が立ち止まると前後左右から次々と覆面をした者達が現われ俺は完全に囲まれた。
そんな中、畔の覆面が両手を左右へと広げながらオーバーリアクションな動作をしつつ話しかけてくる。
「ヒトの子よ。ようこそジジ湖へ。ミーティア様はこちらだ… だが、お前には近付かないでもらいたい。」
「誘拐犯さんよ。ミーティアは無事なのか?」
主犯らしき人物は少し首を傾げると顎に手を当てる。
「まだ七歳の割には随分と口調が大人びてるし落ち着いてるな。確かに噂通り異常だ。そして、何らかの方法でアザリー様を誑かした化生か… ああ、それとお前の質問への答えだが… どんな状態を無事と言うんだろうな?」
「貴様…!」
主犯人の言い方に思わず焦りを覚え足を踏み出したところ怒りの声が飛んでくる。
「近付くなと言ったはずだ!」
動きを止めると満足したように頷く。
「そうだ。それでいい。じゃあ、言うことをちゃんと聞いた貴様には特別にいいものをみせてやろう。」
「…なんだ?」
「ミーティア様が私の女となるべく瞬間をそこで見せてやろう。」
「っ!?」
ミーティアがビクリと体を震わせ息を呑む音が俺にまで聞こえる。
そして、俺は怒りが湧き出す。
「ふざけるな!!そんなこと誰が許すか!!」
「ふざけてなどいない。この事はアザリー様にも許可をいただいている。」
「…なんだと?」
「!?」
俺は主犯人の言った事が聞こえた。聞こえた筈だがまるで頭の中で理解できない。
ミーティアも信じられないのかまた体をビクリとさせていた。
(婆ちゃんが… 認めた?この主犯人とミーティアとの付き合い… というか結婚を…?)
そして、その結婚相手は俺をよく思っていない。
考えたくはない…
(まさか… 婆ちゃんにとって俺は… いつの間にか有害な人物になってしまったのか?だから、婆ちゃんは俺を殺そうとこいつに頼んで…?)
どこかで何かが軋んでる。
そんなことを考えていたら主犯人が何らかの合図をした。
すると、俺の後ろからなぜかよく知った気配が近付いてきた。
それは聖霊様も教えてくれている。
(なぜ、このタイミングでこの人が…)
首がギリギリと音を出しそうな、そんな動き方で俺は後ろをなんとか振り返る。
その視線の先には…
レターニアさんが姿を現した。
「…レターニアさん、なぜあなたがここに…?」
俺の口から何とか出てきたその質問にレターニアさんは涙を流しながら土下座してくる。
主犯人の言ったことだけでも理解が追いつかないのに更に突然姿を現したレターニアさんを見て更に頭の中がゴチャゴチャになる。
そんな俺に対して土下座したままレターニアさんが話し出した。
「…レオン様、申し訳ございません… 私にも守るべき家族がいるのです…」
「つまり、家族の身の安全のために犯人に手を貸したと…?」
「…はい。」
「ミーティア誘拐にも手を貸した…?」
「っ!…はい。」
「そうでしたか…」
レターニアさんの告白を聞き、ミーティアはまた身動ぎ主犯人の手から逃れようと必死に動いている。
そんな動きは俺にも見えていた。
見えていたのだが、俺は身動きができなかった。
そんな中、俺の中で何かが崩れる音がした。
それは何だったんだろう?
わからない。
わからないけれど、今はそれさえも考えるのが煩わしい。
主犯人を殺す気持ちも吹き飛び、思考の中は空っぽだ。
「…ふ、ふふふ、あはは…」
レターニアさんの告白の後、辺りに聞こえていたのは主犯人がミーティアを組み敷き服を裂く音だけだった中、笑い声が響きだす。
その場の空気を見事にぶち壊した笑い声は主犯人にも聞こえていてその手を止めている。
レターニアさんは土下座をしたまま目を見開き俺を驚愕の表情で見ている。
「あははははは!!」
「気が狂ったか… まあ、いい。おい、お前らヒトの子を殺してしまえ。私はその間にミーティア様を…」
主犯人が何かを言っている。
レターニアさんが俺を見たまままた涙を流し始める中、周囲の覆面達が一斉に俺に対して魔法を使ってきた。
全身に魔法を受け傷が次々と出来てそこから出血する。
だけど、痛みを感じない。
ただただ笑い声は大きくなる。
(五月蝿い… 五月蝿い… おい、五月蝿いってんだろ… こんな時に誰だよ、笑い声なんか出しやがって…!)
気が付くと俺は全身が傷だらけで出血が多すぎてフラフラしている。
それから、あれほど五月蝿いと思っていた笑い声はいつの間にか消えていた。
ミーティアからは呻き声が聞こえていて、主犯人は「ミーティア様、もう諦めましょう。」などと言っている。
そして、周囲からは未だに魔法が俺に向かって放たれているのだが…
魔法は全て俺に当らず掻き消えた。
俺も攻撃してきているもの達も一瞬何が起きたのかわからず呆然とする中、突然落ち着いた声が辺りに響いた。
「創造神の『加護』を持つものよ。そなたに問う。何を願う?」