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1.名は体を表す

所変わって、第2章のスタートです。

新天地で、フェレンティーナは何に出会うのか…




 連れて来られた酒場は、三階建ての建物の一階部分にあった。


 レンガ造りの、こぢんまりとした佇まい。

 色酒場なんて言うから、いかにもいかがわしい外観を想像していたが、派手とは程遠い、渋い雰囲気の店だ。


 それはいい。それはいいのだが……



「…………」



 酒場に掲げられた看板を見上げ、あたしは、表情を失う。



【禁断の果実】。



 それが、この店の名のようだ。



「さっ、ここがあなたの職場よ!」


 あたしを連れて来た女装の男性が、太い声で言う。

 その厚化粧な顔を見つめ、あたしは…………



「……………………」



 ……え、あなたのこと?

 この店名、あなたのことですか?


 そう言ってしまいそうになるのを、ぐっと堪えた。


 そんな内心を知らず、彼、あるいは彼女は、アイシャドウの塗られた目を細めて笑う。


「そういえば自己紹介がまだだったわね。アタシ、ヴァネッサ。ここのオーナーよ。よろしくね」

「ふぇ、フェレンティーナです……よろしくお願いします」


 悪い人ではなさそうだが……本当にこの人がルイス隊長の知り合いなのだろうか?

 強烈な女装家が登場したかと思えば、店名が【禁断の果実】……駄目だ。情報量が多すぎて、既に混乱気味である。


 こめかみを押さえながら、あたしはあらためて酒場を見上げる。

 ここが……今日からあたしが住み込みで働く店。


「どう? 素敵なお店でしょう?」

「そ、そうですね」

「とりあえず先に、あなたのお部屋へ案内するわ。荷物も置きたいだろうしね」

「あっ、はい」


 戸惑いを残しつつ、あたしはヴァネッサさんに続き、建物の脇にある螺旋階段を上った。

 ポケットから鍵を取り出しながら、ヴァネッサさんが振り返る。


「この二階のお部屋をあなたに使ってもらおうと思うの。アタシは三階に住んでるから、なにか困ったことがあればすぐに言ってちょうだいね」


 なるほど。酒場のオーナーだけでなく、この建物自体の所有者でもあるらしい。

 そんなことを考えていると、ヴァネッサさんは部屋の前で足を止め、あたしに鍵を差し出した。


「さ、入って。あまり広くはないけど」


 躊躇いながらも受け取り、あたしはそっと、鍵を挿し回す。

 がちゃっ、と小気味のいい音と共に、部屋が開く。そして……


「……おぉ」


 扉の先に広がるのは、さっぱりとした綺麗な部屋だった。

 丸いテーブルと、シングルベッドと、小さなタンスのある、まごう事無き『部屋』。

 ……この三ヶ月間、テント生活だったあたしにとっては、久しぶりに見る室内だ。


 シャワールームと、ささやかなキッチンスペースもある。突き当たりにある窓からの眺めも良さそうだ。

 これはなかなか……いや、かなり……


「……素敵な部屋ですね」

「ほんと? 気に入ってもらえてよかったわ。まだ何もないけど、必要なものはちょっとずつ揃えていきましょ。欲しいものがあったらなんでも言ってね」


 そう言って、微笑むヴァネッサさん。

 その笑顔を見て、あたしは……

 少し、泣きそうになる。


 突然、色酒場で働くことが決まり、その上濃すぎる人物がお迎えに登場したから、どうなるかと思ったけど……

 人を見かけで判断するなんて、間違っていた。

 この人は、良い人だ。隊長と同じ、優しい匂いがする。


 あたしは、ヴァネッサさんに初めて笑顔を向け、


「ありがとうございます。今日からお世話になります」


 深々と、頭を下げた。

 ヴァネッサさんはマニキュアで彩られた手をパタパタと振る。


「やだぁ、そんなに畏まらないで? こんなご時世だもの、困ったときはお互い様よ。ほら、上がって上がって」


 そう促され、あたしは部屋に足を踏み入れた。



 荷物を置くとすぐに、ヴァネッサさんは一通り部屋の中を案内してくれた。

 そして、その後、


「──そうだ。あなたの()()を決めなくちゃね」


 唐突に言われ、あたしは聞き返す。


「名前、ですか?」

「そ。仮にもホステスなんだから、本名を名乗るわけにはいかないでしょ?」


 所謂、源氏名というやつか。いよいよ大人の店っぽさが出てきた。


「厄介なお客もいるのよ? ストーカー化するやつとか……」

「す、ストーカー?!」

「あぁ、大丈夫よ。もし現れても、アタシがとっ捕まえて懲らしめるから。でも念のため、本名は知られない方がいいじゃない?」

「確かに……」


 にしても、懲らしめるって……ヴァネッサさんが言うと説得力しかないな。

 なんて、ノースリーブドレスから覗く逞ましい腕をつい眺めてしまう。


「まぁ、ニックネームだと思えばいいわ。なにか希望はあるかしら?」


 そう問われ、あたしは宙を仰ぐ。

 うーん……ニックネームかぁ。

 希望はあるかと聞かれても、そんなの自分で考えたこともないし……


「…………ない、ですね」


 と、身も蓋もない答えを返してしまう。

 しかしヴァネッサさんは、嫌な顔をすることなく考え込み……


 ……しばらくして、


「──決めたわ」


 固く組んでいた手を解き、


「『レン』。フェレンティーナの『レン』よ。どう? なかなか可愛らしいと思わない?」


 そう、言った。



 "レン"。



 それが、ここでのあたしの名前。


 領主の使用人だった"フェレンティーナ"でも、ロガンス軍の治癒係だった"フェル"でもない、新しい名前。


 ……そうだ。ここから、あたしの新しい人生が始まるのだ。

 戸惑いや不安はあるけれど、きっと大丈夫。


 だって、生きているから。

 生きている限り、何度だってやり直せる。

 何度だって、新しい自分に生まれ変われる。



 あたしは、与えられた新しい名前を噛み締めるように瞼を閉じ……

 再び目を開け、にこっと微笑む。

 

「……素敵な名前です。ありがとうございます

「でしょー!? よかったぁ! それじゃあレンちゃん、あらためてよろしくね」

「はい。よろしくお願いします」


 ヴァネッサさんは満足げに笑うと、部屋の隅にあるタンスに向かい、


「名前が決まったところで、次は服ね。どれが似合うかしら?」


 と、煌びやかなドレスを取り出した。


 その美しい布地に、思わず目が輝く。

 思えばこの三ヶ月、女の子らしいオシャレなど全くできなかった。

 なにせ軍隊と一緒に行動していたのだ。そんな浮かれたこと、できるはずがない。

 ……まぁ、隊のみんなは違う意味でだいぶ浮かれた連中だったけれど。


 あたしの視線に気付いたのか、ヴァネッサさんはくすりと笑い、


「好きなだけ試着していいわよ。ドレスが決まったらメイクもしてあげるわね」


 そう言って、ドレスを何着も広げて見せた。






 そうして、しばらくの後──



「いい……とってもいいわ! アタシが思った通りね!」


 あたしの顔をメイクし終えたヴァネッサさんが、興奮気味に言った。


「ほら、できたわよ。見てごらんなさい!」


 ぽんと背中を押され、鏡の前に立たされる。

 すると、そこには……


「わぁ……」


 まるでパーティーに参加するかのような、華やかな装いに変わった自分が映っていた。


 赤を基調にした、派手すぎないメイク。

 少し背伸びしたデザインの、ピンクのワンピースドレス。

 コンプレックスな赤髪も、可愛らしくハーフツインに結われ、ドレスとメイクの色味のお陰で映えて見える。


 そんなあたしを見つめ、ヴァネッサさんがパチパチと手を叩く。


「すっごくキレイ。すっごくいいわよ、レン!」


 レン……あぁ、あたしのことかと、鏡の中の自分を眺め、思う。


「これであなたも立派な夜の蝶ね! さ、お店で同僚たちが待ってるわ。あいさつしに行きましょ!」

「い、今からですか?」

「だぁいじょうぶよ! みんないいコだから!」


 戸惑うあたしに構わず、ヴァネッサさんは手を引き、部屋を出る。


 ちゃんと考えていなかったが……一緒に働く人たちって、どんな感じなのだろう?

 いかにもなおねぇさまばかりだったら……ちょっと怖いな。


 ごくっと喉を鳴らし、あたしはドレスの裾を踏まないよう螺旋階段を下り、酒場へと向かった。




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