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4.闇に、抱かれる




 その囁きの直後。


 あたしの身体から放たれていた『光』が、みるみる内に収縮し始めた。

 代わりに、重ねられたその手から生み出された『闇』が、生き物のようにうねりながら『光』を喰らっていく。


 それはまるで、羊を喰らう狼のようだった。

 闇色をした、ケモノ。


 その内の、一際大きな闇の獣がジェイドたちに襲いかかり、目や鼻や口から煙のように体内に入り込むのが見える。


 すると……



「あ……ああぁ……ぁあぁぁ……!」



 突如、ジェイドともう一人の術師が、白目を向いて痙攣した。

 よだれと鼻水と涙を撒き散らし、ガクガクと震え……


 そのまま倒れ、動かなくなった。



 ほぼ同時に、あたしの身体も、がくんと力を失う。


 そうして、死を振りまく『光』は……完全に、消えた。






「…………」



 脱力したあたしの身体を、誰かが抱き留めた。

 そして、



「ふぅ。危なかったー」



 と、その誰かは、まったく緊張感のない声と共に、息を吐く。

 そんな、聞き覚えのありまくる声を聞き、あたしは……



「…………なん、で……」



 なんとか、声を振り絞る。

 そして、あたしを抱きかかえる人の名を、困惑たっぷりに叫んだ。


「く……クロ、さん……?!」

「やぁ、さっきぶり」


 なんて、やはり呑気に答える彼。

 あたしはわなわなと震えながら、彼を見つめ返す。


「な……なんで、クロさんがここに……?! ていうか、今の……あたし……隊長は……あれ?!」


 すっかり混乱してしまい、なにがなんだかわからない。

 あまりにも色々なことが起こりすぎて、まったく理解が追いつかなかった。


 けど、とりあえず今、確認すべきは……


「隊長やみんなは……無事なんですか……?」


 辺りを見回すと、みんなはまだ意識を失い倒れている。

 が、身体の傷は……見た限りだと、癒えているようだった。


 クロさんも周囲を眺めながら、一つ頷く。


「ルイスもみんなも生きているよ。身体の再生機能を急速に活性化させたせいで、ちょっと疲れて寝てるだけ。いやーほんと、間に合ってよかったぁ」


 と、なんでもないことのように、あっさりと言ってのけるので……

 あたしは、やはり理解ができず、


「ど……どういうこと、ですか……?」


 掠れた声で尋ねると……

 クロさんは、あたしの目を真っ直ぐに見つめ、こう答えた。



「──つまり、今のが、君の魔法の本来の能力。感じたでしょ? 再生を繰り返しすぎた細胞が、限界に達して崩壊していくのを」

「あ……」



 そう言われ、あの不思議な感覚の正体が何だったのか、はっきりとわかった。

 要するに、あたしの本当の能力は……



「細胞の再生を強制的に促し……人を、死に至らしめる魔法……?」

「そう。普段は本来の力の半分も発揮していないから、治癒するに留まっていたけど……感情が高ぶって、君を護る精霊の力が暴走したみたいだね」

「そんな……みんな、本当に無事なんですか?!」

「大丈夫。僕の魔法が君の魔法を食べて中和したから、いい具合に傷が癒えているよ。心配なら見て来てごらん?」


 あたしはクロさんから離れ、ルイス隊長の元へと駆け寄る。

 仰向けに倒れ、意識を失っているが……確かに、刺された胸の傷は塞がっていた。


 他のみんなも、意識はないものの、呼吸は穏やかだった。身体中にあった傷も、すっかり癒えているようだ。


 あたしはほっと安堵してから、クロさんの方を振り返る。


「敵は……ジェイドたちは?」

「死んではいない。けど、君の魔法を中和するのと同時に、僕の魔法で精神を喰ったから、目を覚ましたところでもう襲ってはこないよ」

「精神を、喰う……?」

「うーん。正確には、視覚を奪って幻覚を見せた、っていうのかな。気が狂うようなキッツイ幻覚を叩き込んだんだぁ。だって……」


 ふわっ……と。

 クロさんは両手で、あたしの頬を包み込み、



「僕のレンに、ひどいことしたんだもん。僕ですらまだ触れていない首筋に傷をつけて、突き飛ばして、僕のために着てきたワンピースを台無しにして……あは。腹わた煮えくり返っちゃったよ。殺してもよかったんだけど、死ぬより辛い目に遭ってもらおうと思ってさ。だから……精神を壊して、廃人にしちゃった」



 そう言って、笑う。

 黒い瞳を細め、無邪気に笑う。


 その微笑は、やはり天使のように愛らしいのに……

 瞳に宿る暗闇は、悪魔そのもので……



 …………って、え?


 待って。

 この人、さっきあたしを振りましたよね?

 ん? なんで、ここにいんの??


 ていうか、なんであたし以上にあたしの魔法のことに詳しいの?

 隊長やみんなとは、知り合いなの?

 え?? え???



 安心した途端に、いろんな疑問がいっぺんに頭に浮かぶ。

 そんなあたしをよそに、彼は少し頬を膨らませ、


「もう。だから言ったでしょ? もっと警戒心を持て、って。何されるかわかんないんだから、僕以外の男に簡単について行っちゃダメ」

「いや……一番わからないのは、クロさんですよ……あなたは、一体……?」


 と、今の気持ちを素直に口にすると……

 クロさんは、困ったように頭を掻いて。


「あはは、それもそうか。うーん……何から話せばいいのかな。とりあえず……」


 彼は何かを見つけたように、あたしの背後に視線を向ける。

 つられて、そちらを振り向くと、


「……ルイスたちを、ここから運び出そう」


 ロガンス帝国の紋章を付けた別の兵たちが、こちらに向かって来ていた。




 * * * *




 それは、クロさんが呼んだロガンスの援軍だった。


 彼らは、倒れた隊長たちを運び出し、気を失ったままの敵二人を拘束。

 さらには、燃えてしまった森の一角の消火活動を速やかに始め……


 そうして、あたしは隊長たち共々、安全なキャンプ地へ保護された。


 クロさんは「大丈夫だ」と言ったけれど、隊長やみんなのことがどうしても心配で……

 自分のせいで命を危険に晒してしまった隊長たちに、申し訳が立たなくて。


 あたしは邪魔にならないよう、援軍の医療担当者に一人ひとりの状態を聞いて回った。

 そして、全員命に別状はないことを聞かされ、ようやく胸を撫で下ろした。


 ……と、いうところで。


「はいはい。君も治療治療〜」


 クロさんに手を引かれ、あたしはテントの一つに連れ込まれたのだった。





「──これでよし、っと」


 ナイフで傷付けられたあたしの首筋に、クロさんがガーゼを当て、包帯を丁寧に巻く。

 幸い傷は浅く、出血もすぐに(おさま)った。


 ベッドに座るあたしの横に、クロさんも椅子を持って来て座り……

 そして、ポケットからたばこを取り出し、口に咥え、いつものようにライターで火を点けた。


 それから、味わうようにゆっくりと吸い込み……


「はぁ……やっと落ち着いたぁ」


 ため息混じりに、煙を吐き出した。

 その見慣れ過ぎた仕草を、あたしは半眼で見つめる。



 ──クローディア・クローネル。


 ヴァネッサさんの知り合いで、何故かお金をたくさん持っていて。

 いつも決まった時間に来て、決まった時間に帰って行く。

 若いのに徴兵されておらず、なのに魔法を自在に使いこなし……

 そして、あたしを散々弄んだ挙句、つい先ほど、振ったはずの人。


 ……この人が何者なのか。

 あたしは、ようやく理解した。



「……クロさん。あなた──ロガンスの軍人だったんですね」



 ……そう。

 このキャンプ地に来るまでに、彼はロガンスの援軍を鮮やかに指揮していた。

 隊員たちも、当たり前のようにそれに従っていた。

 明らかに、軍に所属する人間……それも、兵士を指揮する立場にある人だ。


 あたしの言葉に、クロさんは静かに煙を吐いてから……

 ニヤリと笑い、頷く。



「そ。僕は、ロガンス帝国軍・ラザフォード第二部隊所属の、魔法戦略指揮官だ」

「ラザフォード第二部隊……って!?」



 あたしがお世話になっていた、ルイス隊長の、あの部隊……?!


 でも、あの隊に同行していた時、クロさんの姿は一度も見たことがなかった。

 一体、どういうことなのだろう……?


 問い質すように見つめるあたしに、彼は、


「あーあ。これで全部、ネタばらししないといけなくなったね」


 困ったように、笑う。

 そして、テントの天井を見上げてから、


「……さて、何から話そうか」


 あたしの知らない物語を、ゆっくりと語り始めた。




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