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2.泡沫ランデヴー II




 そんな波乱だらけの幕開けから、僅か十五分後。



「………………」



 あたしは、目の前の光景に、絶句していた。



「どうしたの? 好きなのから食べていいんだよ?」


 そう言って、テーブルの向かいに座るクロさんは、可愛らしく小首を傾げた。



 あたしたちは、街で唯一残っているケーキ屋さんに来ていた。

 以前ローザさんがケーキを買って来てくれた、あのお店だ。

 持ち帰りだけでなく、店内のカフェスペースで食べることもできるらしい。


 まずはおやつを食べようと、クロさんはこの可愛らしいお店にあたしを案内した。

 不安しかない始まりだったが、こうして二人でカフェに来るなんて……デートっぽくて、逆に緊張する。


 そんなことを考えながら、しばらくケーキのショーケースを眺めていると、


「どれにするか決められないなら、全部頼んじゃいなよ。買ってあげるから」


 なんて、ドSの国の王子様とは思えないような寛大なお言葉を賜わり、あたしは耳を疑った。

 またあたしを貶めるための作戦なんじゃないか? と少し疑ったのだが……


 今、目の前のテーブルには、色とりどりのケーキがところ狭しと置かれていた。

 本当に全部、ショーケースの端から端まで、クロさんが買ってくれたのだ。


 目の前でキラキラと輝く、おいしそうなケーキ。

 本当なら今すぐにでも食べたいところだが……どうにも裏がありそうで怖くて、手をつけられずに絶句している、というわけだった。


「しょうがないなぁ。それじゃあ……」


 なかなか食べようとしないあたしを見かね、クロさんはいちごの乗ったケーキをフォークで掬うと、



「はい、あーん」



 それを、あたしの前に差し出し……そう言った。


 …………え??


「あーん」って、もしかして、あれ?

 恋人にものを食べさせてあげるという、あの伝説の行為……??

 それを今、クロさんが……あたしにしてくれているっていうの……??!!



「ほら……早くお口、あけてごらん?」



 お く ち 。


 やめて……そんな可愛い顔で、そんな言い方しないで……頭おかしくなる……!!


 これは、絶対に何か裏がある。

 この人が、無条件のデレを連発するわけがないのだから。


 ……そう、思っているのに。



「はい。あと五秒でこのケーキは僕が食べちゃいまーす。五、四、三……」

「わぁああっ! あ、あーんっ! あーんっ!!」


 カウントが始まり、あたしは咄嗟に口を開けてしまう。


 くぅっ……こんなの、絶対に罠に決まってるのに……っ!


 弄ばれるのを覚悟し、あたしはぎゅっと瞼を閉じる。

 そして、クロさんの言葉を待つ………………が。



「──んむっ?!」



 目を瞑るあたしの口に広がる、甘い味。

 思わず目を開けると……クロさんが手を伸ばし、ちゃんとあたしに食べさせてくれていた。


 いちごの甘ずっぱい香りが、ほっぺたをきゅんとさせる。

 呆然としながら咀嚼すると、彼は小首を傾げ、


「どう? おいしい?」


 まるで、お伽話の王子様のような笑顔で聞いてくる。

 その微笑みに、口の中の甘さも相まって、あたしの胸がきゅっと高鳴る。


「とっても……おいしい、です」

「ほんと? よかった。じゃあ、次はこっち。はい、あーん」

「あーん……」

「おいしい?」

「ん……おいしいです」


 なにこれ……なにこれナニコレ?!

 やばい、呼吸が……ドキドキしすぎて、酸素が上手く取り込めない……っ!!


 極上に甘いケーキと、特上に甘い微笑みを交互に食らい、あたしは爆発しそうになる。


 なんなの……? いつもならこの辺りで冷たく突き放されるはずなのに……

 ただひたすらに優しく、「あーん」され続けているなんて。


 むり……

 こんな優しくて甘いの、耐性がなさすぎて、逆にむり……っ!!



 ……と、あたしがぐるぐる目を回していると、クロさんがくすりと笑って、



「──好き?」



 そう、尋ねてくる。


 その問いに、あたしの心臓が、一瞬止まる。



 そんな……「好き?」、だなんて……

 そんなの、今聞くのは反則だ。


 だってあたし、クロさんに「あーん」されて、こんなにドキドキして……

 今すぐにでも、降伏宣言してしまいそうなのに……っ!



 ケーキを飲み込むことすら忘れ、クロさんの視線に硬直していると……

 彼は、にこっと目を細め、



「──ケーキ。そんなに好きなの?」



 ……そう、続けた。


 それを聞いたあたしは……あたしは…………



 あ……あぁ、ケーキ! ケーキね!!

 そうだよね! うんうん、知ってた!!



 ……と、勘違いしていた恥ずかしさに、脳内で大いにのたうち回った。

 そのことを悟られぬよう、あたしは平坦な口調でクロさんにこう返す。


「……はい。好きです、ケーキ」

「よかった。まだまだあるから、たくさん食べてね」

「あの……」

「ん? なにか他に頼む?」

「いえ、そうじゃなくて……クロさんも食べてください。あたしばっかり食べて、なんだか悪いです」


 我ながら、棒読みになってしまった。

 しかし、彼に食べてほしいのは事実だった。なんだかもう胸がいっぱいで、上手く飲み込めない。なんなら、味もちょっとわからなくなってきた。そうでなくたって、こんなたくさんのケーキ、一人では食べ切れないのだから。


 あたしの言葉に、クロさんは素直に頷くと、


「うん。それじゃあ……」


 何故か、あたしの方に手を伸ばし……

 あたしの唇を、親指で、つぅっとなぞった。


 突然のことに、あたしが目を見開くと、



「……お言葉に甘えて」



 彼は、指に付いたクリームを──あたしの唇から拭い取ったそれを、見せつけるようにして。



 ──ぺろっ。



 ……と。

 躊躇いもなく、舐めてみせた。



「うん、おいしい……甘くって、僕好みの味だ」



 なんて、低い声で、囁くように言う。

 刹那……あたしの身体が、震え出す。



 クロさんが、あたしの唇に付いたクリームを取って、舐めた。

 それって……つまり……つまり…………


 かっ……間接、ディープキ…………



 ──そこで。



「…………あ」



 クロさんが、声を上げた。

 見れば、彼は驚いたようにあたしの顔を見つめている。


 今度は何を言われるのかと、もはや恐ろしくなりながら待っていると……


 ──すっ、と。


 彼は、あたしに紙ナプキンを差し出し、



「レンちゃん…………鼻血、出てるよ?」



 ……と。

 優しく、心配そうな声音で、言った。




 それまでのドキドキと、初デートにあるまじき醜態を晒したことに…………


 あたしの心臓は、いよいよ停止した。




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