表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/30

6.勝敗の帰趨は




「──あんた……それって……」



 次の日の夜。

【禁断の果実】カウンター席にて。



「……恋、してんじゃん」

「ぇ……ぇぇええええええ?!」


 ローザさんの確信的な物言いに。

 あたしは、絶叫した。



 ローザさんを指名していたお客さんが帰ったのを見計らって、彼女に昨夜のクロさんとの出来事を報告したのだが……

 一部始終を話し終え、言われた第一声が、これである。


「あたしが……あの人に、恋? いや、それはない。絶対にない」

「ないわけないでしょ。あんた何回ときめいてんだよ。押し倒されたら抵抗しろよ」

「そ、それは……ああいう時、どうしたらいいのかわからなくて……」


 ごにょごにょと言葉を濁すあたしを見て、ローザさんはため息と共にこめかみを押さえる。


「まさか、こんなに早く心配していた事態が起こるとはね……」

「……え?」

「忠告したばっかだろ? あんたの方があいつに溺れないよう気をつけろって。それを、この娘は……」

「お、溺れてなんかいないし!」

「どの口が言ってんだ。そもそも、オフの日までヤツを気にして会いに行ってる時点で、あんたの方が夢中になってんじゃん」

「あう……」


 呆れたように睨まれ、あたしは返す言葉もなく、小さく縮こまる。

 そんなあたしの背筋を伸ばすように、ローザさんはあたしの首根っこをひょいっと持ち上げて、


「しっかりしろ! あたしらはホステスで、向こうは客! この関係をくれぐれも忘れんじゃねぇぞ! わかったか!!」

「わかりました、わかりました! だから、その……声を抑えてください。お客さん、みんなびっくりしてます」

「…………」


 ローザさんは、ぽかんとしているお客さんたちを見回し、気まずそうに口を噤むと……

 あたしを離し、どかっと席に座った。

 そして、こほん、と一つ咳払いをし、


「……まぁ、好きになっちゃったものは仕方ない。こういうのは、理屈でどうこうなるモンじゃないんだ」

「いや、だから好きだなんて一言も……」

「……レン。あんた、今までちゃんとした恋愛したことないだろ」


 ぎくぅっ。


「ま……まさか。あたしだって、恋愛の一つや二つ……」

「図星か」

「…………」

「図星だな」

「…………ふぇーん! だって、だってぇ!!」


 薄っぺらい虚勢をまんまと見抜かれ、あたしは泣く。


 ローザさんの言う通り、あたしはまともな恋愛をしたことがない。

 というか、人を恋愛的な意味で好きになるという感覚が、よくわからないのだ。

 だから男だらけのあの隊でも、変に意識することなく過ごせたんだけど……


 はぁ……と、ローザさんはまたため息をつき、


「今は自覚がなくても、その内わかるだろ。それが、人を好きになるって感覚だって」

「そ、そうなの?」

「そうなの。とにかく……」


 お気に入りのお酒が入ったグラスを傾けると、彼女は少し神妙な顔になって、


「こっからが肝心だ。昨日のその話について、あんたに伝えなきゃいけないことがある」

「え?」

「……あたしが昨日、店にいたのは知っているだろ? 実はあのがきんちょが来た時、あたし、対応したんだよ。いつものようにレンを指名してきたから、今日は休みだって伝えたら、今度はオーナーはいないかって聞いてきた。ここまでは、あんたの話と一致してるな?」

「う、うん」

「で、ここからなんだけど……オーナーは経営してる別の店舗に行ってるから、今日はこっちに帰ってこないぞって、あたしは確かに伝えたんだよ。つまりあいつは、オーナーを待ってても意味がないことを知っていたはずなんだ」


 え……?

 じゃあ、彼はなんで昨日、あそこに……


「……もしかするとさ」


 ローザさんは、意味ありげに苦笑いすると、


「あいつ本当は、レンのことを待っていたんじゃないか? ひょっとしたら会えるかも、って。オーナーを口実にしていたのは、あいつの方かもしれないぞ?」

「な……なんで、そんなこと……」

「はぁ。まだわかんないの?」


 首を傾げるあたしの目を、彼女は真っ直ぐに見据えて、



「あいつの方が、レンに本気で惚れてるかも、ってことだよ」



 え…………

 ええぇぇぇぇええええっ?!


 思わず、あたしはガタッと立ち上がる。

 顔が赤くなっているのが、自分でもわかる。


「うそ……ありえない。だって、あんなに意地悪してくるのに……!」

「案外、それも愛情表現だったりしてな。サドなりの」

「でも……まだ逢って三日よ?! なんで、そんな……」

「一目惚れなんじゃない? レンのこと、相当気に入っているみたいだし」


 そ、そんな………

 クロさんが、あたしを……?


 ……いやぁ、ないない。



「──それか」


 にやっ。

 と、ローザさんは人の悪い笑みを浮かべて、


「Sには自分好みのMっ娘を嗅ぎ分ける能力があるのかもな。良かったじゃん、お眼鏡に適って」

「わ、あたし、エムなんかじゃない!」

「馬鹿、声がでかいよ」


 ……と。



 ──カランコロン。



 時刻は、午後十時。

 店に響く、来客を知らせるベルの音。

 ………もう、顔を見なくてもわかっている。


「おっ、噂をすればなんとやら、だな。いらっしゃい」


 ローザさんがカウンター席から体を傾けてそう言うと、


「──こんばんは。今日はレンちゃん、いる?」


 そのお客さんは、天使のように無邪気な笑顔で、そう言った。





  * * * *





 ──そうして、あたしの日常は目まぐるしく過ぎていった。


 幸いなことに、このベラムーンの街は戦火を免れていたが……

 イストラーダ王国の戦況はますます悪化しているとの噂を、これまでにも増して耳にするようになった。


 早く終わればいいのに、こんな戦争。

 そう思う度に、あたしはルイス隊長とあの隊のみんなの顔を思い浮かべていた。

 みんな、元気に過ごしているだろうか?


 クロさんはと言えば、毎日ではないものの、二、三日に一回のペースで店を訪れた。

 必ず午後十時に現れ、たった一時間で帰って行き、いつしかそれが当たり前になっていた。


 そして、いつもいつもいつも、あの調子であたしを振り回し、からかい、辱めてはその反応を楽しんで……

 天使みたいに可愛い顔で、笑っていた。


 あたしは、そんな彼のいじわるに、危うさに、笑顔に……

 ……どんどん、ハマっていった。


 これを恋と呼ぶのであれば、もう否定ができないところまできている。

 その自覚はあった。


 そうなっては駄目だと、頭ではわかっているのに……

 心が──胸の奥にある、目には見えない器官が、騒ぐのだ。



 彼に会いたい。

 彼の声が聞きたい。

 彼に触れたい。

 彼の……笑顔が見たい。



 ……あぁ、もう。

 悔しいけど、認めざるを得ない。


 この勝負、とっくの昔に……


 あたしの、負けなんだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ