表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

1.猫に睨まれたうさぎ I




 ……翌日。



「…………」

「れ、レンちゃん……大丈夫?」


 隣に座るジェイドさんが、心配そうに尋ねてくる。

 しかし、すぐには反応できなかった。

 何せ、ほとんど寝ていないから。


 いや……眠れなかった、と言った方が正しいか。

 昨日のあのお客──クロさんのせいで。


 だって、あんなことがあったのだ。ぐっすり眠れるほうがおかしい。

 思い出すだけで、イライラもやもやしてしまい……


 おかげで、目は真っ赤。

 ローザさんにも「なにその目、怖ッ」と笑われる始末。

 いや、もとはと言えばあなたの尻拭いをしたせいだからね?!

 と言ってやる気力すらもなかった。


 しかし同時に、あたしは反省していた。

 この仕事に慣れてきて、少し調子に乗っていたことも事実だ。

 接客は、簡単な仕事ではない。

 ああいう変わったお客さんだっている。

 あそこで、あんな風に感情的になるべきではなかった。


 そう振り返りながら、あたしはジェイドさんに微笑みかける。


「すみません、ジェイドさん。実は昨日、あまり眠れなかったもので……」

「それはいけないね。何か悩み事でもあるのかい? 俺でよければ相談に乗るよ?」

「悩みってほどでもないんですが……疲れているはずなのになんだか眠れない時ってありませんか?」

「あぁ、わかるよ。疲れ過ぎると逆に寝れないことあるよね。頭が冴えちゃう、っていうか。俺もさぁ……」


 と、顔の傷をさすりながら、勝手に喋り出すジェイドさん。


 そう、これだ。

 相手が気持ちよく話せる話題へと、自然に誘導する。


 これがなぜ、昨日はできなかったのだろう。

 やはり、相手があの人だったから?


 ……なんて、考えていると。



 ──カランコロン。



 時刻は午後十時。

 店に響く、来客を知らせるベルの音。


 ……嫌な予感。

 そして、


「──こんばんは」


 その予感は、見事的中した。


 あたしの、睡眠不足の元凶……

 クロさんの登場である。


 彼は機嫌良さそうに店の入り口に立っている。

 見たところ、頬の腫れは引いたようだ。


 ……ていうか、本当に今日も来たのか。


「いらっしゃい、クロちゃん。ごめんなさいね。レンは今、別のお客さんのお相手してるから、ちょっと待っててくれる?」


 代わりに他のコ用意するからー、とヴァネッサさんが応対する。

 しかし彼は、


「あぁ、いいよ。()()()()()()()()()()


 と、意味不明なこと言い、ヴァネッサさんをスルーして……

 一直線に、こちらへ向かってきた。


「やぁ、レンちゃん」


 嘘でしょ、この人……こっちはジェイドさんの接客中だというのに、お構いなしに話しかけてきやがった!


「あ、あの、クロさん……」

「なんだよ君。まだ時間じゃないはずだぞ。今は俺がレンちゃんと話しているんだ」


 あたしよりも先に、ジェイドさんが抗議の声を上げる。

 しかしクロさんは怯むどころか、「はぁ」とため息をついて、


「ダメだね。ルール追加だ」


 肩をすくめ、首を横に振った。


「おい。何わけのわからないことを……」


 今にも掴みかかりそうな勢いでジェイドさんが立ち上がる。

 あたしは慌てて彼の服の裾を掴み、宥める。


「ジェイドさん、待って。今、ヴァネッサさんを呼んでくるから……」

「その必要はないよ」


 クロさんは、頭一つ分大きい男性に睨まれてもなお、余裕の表情を浮かべ、


「彼はもう……帰るみたいだから」


 と、ますます意味不明なことを口にした。


「あぁ? てめぇ、いいかげんに……」


 痺れを切らしたジェイドさんがクロさんの胸ぐらを掴むが、それでも彼は……



 ──くすっ。



 と、妖しく笑う。

 そして……


 あたしは、見ていた。

 ジェイドさんには見えないように、クロさんが……


 後ろ手で、魔法を発動するための『署名』をしているのを。



 刹那、


「さぁ……お帰り」


 彼はその『署名』をした方の手で、ジェイドさんの頬に触れ……



「──闇ノ中ヘ」



 囁いた。

 すると、


 ──ドクンッ。


 ジェイドさんの身体が、大きく震えた。



「あ……なんだ、これは……急に、辺りが暗く……」


 虚ろな表情になり、手で周囲を探るように歩き出すジェイドさん。

 一体、彼になにが……?


「あぁ……明かりが見える……こっちか……」


 焦点の合わない瞳で、ジェイドさんは何かを見つけたように、店の入り口の方へふらふらと向かい……

 そのまま、自分からドアを開けて、店を出て行ってしまった。


 これは………


「彼に……何をしたの?」


 ごくっと喉を鳴らし、クロさんに尋ねる。

 しかし、彼はなんでもないような表情を浮かべ、


「見てたでしょ? 魔法だよ。ちょっと視覚をいじってやったの」

「なっ……」


 視覚って……それじゃあ、ジェイドさんの目は……!?

 あたしの考えを察したのか、クロさんは手を左右に振り、


「あぁ、一時的なものだよ? しばらくしたら元通り見えるようになるから」


 そう言って、悪びれる様子もなく微笑む。

 この人……本当に、何者なの……?



 あたしは知っている。

 あの魔法の発動の仕方……あれは、訓練された人間のものだ。

 ルイス隊長や、あの隊のみんなみたいに……ちゃんとした使い方を知る者の動き。


「……そんなことより」


 警戒するあたしをよそに、彼はずいっとこちらに近付き、


「今後、僕以外の男の指名を受けるの、禁止ね」


 と、耳を疑うようなことを言ってのけた。

 ……はぁ?


「な、なんの権限があって、そんなこと……それじゃあお仕事にならないんですけど!」


 思わず、そう言い返してやる。

 実際、指名の先払いをされただけで、あたしを独占する権利はないはずだ。


 あたしの強気な態度に、しかしクロさんは「ふーん」と笑い、


「まぁいいや。そうなるようにすればいいんだし」

「はい?」

「んーん、なんでもない」


 そのまま、ばふっと席に座ると、


「とりあえずオーダーよろしく。昨日と同じので」


 偉そうに、ふんぞりかえって言った。



 ……はぁ。

 ごめんねジェイドさん。どうかお大事にしてください。



 そう心の中で呟いて、あたしは仕方なく、クロさんの隣に座った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ