表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらオーバンステップ第一迷宮  作者: 言折双二
6、追放者は《彼ら》の孤児院に過ごす。
90/262

090、少女が強く手を握って

 喧騒が聞こえる。

 キッチンのほうから聞こえるのは正確に振るわれているであろう、マルの手腕と、試行錯誤するリノの煩悶。そして、応援したり歓声を上げたりする子供たちの声だ。


「で、どう?」


 ニコの確認が聞こえる。



 可能性を完全に否定することはもちろんできない。

 彼女が言っているのは口さがない噂の類や、妄想ではなく、こちらの危惧する実際的な脅威なのだから。それも、可能性から目を背けたいと思ってしまった種類の脅威。

 それはつまり、


「俺に恨みを持ってる人間だな」

「……」


 すでにニコには話している内容であるが。


「灰色熊残党」

「……いや、まぁ、言い方はあれだけど、そんなところだな」


 恨みを持っているといっても間接的なものだ、と思う。

 ギルドの依頼を受けて、チームのメンバーが死んでも普通は依頼人を恨んだりはしない。


 だが、今回の場合はそれよりもよほどつながりが深かったし……そして、結果として暴かれた真実を思えば、彼らのリーダーは俺に騙された挙句殺されたと見えなくもない。口約束による合意しかないし、それにしたって、感情でこちらに攻撃を仕掛けてくるなら意味はないだろう。認めない、と言われてしまえばそれだけだ。


「多分、彼らは……いや、わからないか」

「何?」


 聞きたい、というよりも、黙ろうとした態度が気に入らないとでも言いそうなニコに捕まる。


「いや、多分、俺が街を出ていった後に、二つのチームに割れただろうしこちらに人員を割くのも……感情の問題ならわからないか」


 言いながら、自分の言葉にうなずく。おそらく彼らは副リーダーが率いるチームと、リーダーの娘が率いるチームに割れているだろう。その二人は、戦闘スタイルからダンジョンへのかかわり方の方針まで違った。間を取り持っていたリーダーがいなくなれば分解待ったなしの状況だ、と思う。


 そして、大手のチームが割れるということは周辺の街への経済的な影響が大きくて……。


「それ以上考えちゃだめ」


 ニコに思考を遮られる。何を考えていたのかがわかるわけはないだろうが、表情からネガティブな方向に思考が進みそうだと判断してくれたのだろう。確かに、ここで落ち込んでもいいことはないので、助言に従って『犠牲になるなら自分であるべきだった』などという思考はありがたく停止する。


「恨みの感情とかは根深い」


 なんだか重みのある声でニコは言う。


「あぁ、それは分かってるつもりだけど」

「つもりじゃあぶない……えと」


 ニコはこちらの手を取ってその場でくるんと回る。軽いステップという言葉が見合う軽快な回転。

 黒髪が揺れて、風を受けて舞う。

 彼女はこちらの手から掌を離すとその両掌でこちらの腕をつかんだ。

 ぎゅっと、そんな擬音が似合いそうな挙動で俺の手を取ると、


「正統な恨みも、逆恨みも、どちらも、自分が正しいと言いながら詰め寄ってくる。それに対応するには、自分が正しいといえる根拠を用意すること」


 言葉を零しながら、こちらの腕をつかむ力を強くする。

 彼女の千々な感情が垣間見える。

 こちらの感情も、手には現れていないだろうが瞳に浮かんではいるだろう。

 ニコは俺の感情については『目を見ればわかる』といっていた。


「正しいかどうかじゃなく、自分が正しいといえる支柱を持つこと。圧倒的な力がないならそうすべき」


 言いたいことはなんとなくわかったがふと気になった、

 半ば意地悪を突きつけるような心地で言葉のしっぽを掴んでみる。


「もし圧倒的な力を持ってたら?」


 ニコは言うまでもないと言うような鋭い視線で口を開く。


「食いついて、食い破る?」


 普段の挙動はともかくも、今の口調は本当にやりそうだった。


「生きてて恨まれるのは、仕方がない。人の歩く道は無限にあると言っても、人と人が歩けばぶつかるのが必定――その時、友好的か敵対的か……あるいは、そうなるように努力したかが多くの運命を分ける、って」


 その言い回しは、ニコっぽくはなく、また、言葉に年月を感じる。

 であれば、という推測とともに、


「……それも、孤児院の」

「先生の言葉」


 推測はどうやら正解していたらしく、彼女は軽く頷く。

 だが、その間にも、彼女の握る力が強くなってくるのを感じる。

 なぜ、そんなにも強く握るのか。痛いほどに何かを握るなんて失くしたくないものだけで十分なのに。


――先生の言葉とやら、その考え自体は珍しいとは思わないし特別苛烈であるとは思わないが、それを子供に直接教えるというのは、どういう性格をしていて、どういう運命を歩んできたのか、ますます気になる。故人だというのが惜しい。

 時間があれば、彼らにキチンと聞いてみたいところだ。


「ともあれ、その熊に何かを償おうと考えるくらいなら帰ってきて」


 ぎゅうと、彼女が握る力を弱め、しかし、すぐに先程にもまして強く握った。

 痛みがあると思いながら、その痛みは感情の分量なのだと考えてみると、するがままにされたいと思っう。そして、彼女の言葉を拾って。


「帰って……くる」


 小さく反芻した言葉は、喧騒の中でも空気を揺らし、ニコの耳に届いた様子。

 背の低い、黒髪の儚く、こぼれそうに感情を湛えた少女は息を短く強く吸った。

 それは彼女の薄い胸を上下させる呼吸の音。

 それは、決意をしている、とそんなことを伝える音だ。


「簡単な話、とっても簡単な話」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ