087、器の話
「他に懸念事項とかありますか?」
シノリの確認は主に俺とニコに向いている。
俺の顔をみたニコは何かないのかと瞳で問いかけてきたような気がした。
「懸念事項……とまではいかないけど、確認したいことがある」
声を上げれば視線はこちらに集中する。それは圧という形を持たないが、しかし、小さく、軽く息を吸う程度の間が必要ではあった。
「食器類って、どうなってる?」
こちらの懸念に彼らは目を合わせた。
「……ん、説明する」
代表したのは意外なようなそうでもないような、マルだった。
「この街の食文化については、知ってる?」
「あー、歴史的なことはあんまり聞いてないけど、火をおこすと金が飛ぶから……外食と持ち帰り中心だ、とか」
そんなことは聞いたかな、と言ってみる。
「それを知っていれば結構」
そう言って、どこからともなく、一枚の何かを取り出す。
「それは?」
「オオワナギ」
その名前自体は聞いたことがある。もっと暖かい地方に生えている植物の一種だったような?
「寒いところで育つ品種もある」
こちらの疑念を読み取ったわけでもないだろうが、マルはそう付け足した。
「オオワナギの葉は、ある程度平べったく、真ん中にくぼみを作る、そのうえ、葉っぱの表面がつるつるしてる。折れると跡が付きやすいのが難点だけど、そこは特別な加工法がある、らしい」
そう言って投げてよこされたものは、おそらくその加工済みの物なのだろう、マルが取り出した時に折りたたまれていたそれには目立った跡はない。
「先ほど、兄ちゃんが言った通り、この街は持ち帰りと外食が中心になっている。そうなると、問題が食器だけど、まぁ、長い歴史があればそれなりに解決法というやつが蓄積されてるもんだ、その一つがそれだ」
オーリの言葉でその葉を見ると、先ほどの、マルの説明の通りに葉の表面にはてかてかとした光沢がある。
蝋か油か何かのようだが、いまいちわからない。わかるのは少なくとも指先で触れて何か付着するようなものではないということだ。
「汁ものを入れるのにはさすがにそのままでは適さないけど、肉汁やタレのようなもの位ならそれでくるんどけば十分だ……ま、開けるときは注意しないといけないけど」
ふうん、と頷きながら、軽く匂いを嗅ぐと草の匂い、乾いた匂いと濡れた匂いの中間くらいか。
そして、結構青い匂い。加工してもそんな匂いが残っているのはたぶん、先ほどの蝋だか油だかが保護しているからだろう。
「それなら、それなりに安い。でも、使い捨て」
「……へぇ」
「つるつるが弾くからインクはしみない、削るとそこから一気に劣化するから紙の代わりにはならない」
「……そう」
見抜かれていたっぽくてニコの指摘に対し頬に熱が昇る。
「ということで、この辺の買い物客はその葉っぱを数枚は持ってるから、それに包んで渡す」
「包むの? 面倒くさくない?」
「その場で食べる客はそのままを希望するからそのまま渡す。持ち帰りの場合は包んで渡す。多少冷めててもいいらしい、というか多少冷めてるほうがいいぞ」
どういう意味かというと、ある程度落ち着いた串であれば、肉汁の出も少ないし、持ち運びしやすいし、蒸気が出てべちょべちょになることも少ないと持ち運びに重点を置けば、冷めてからどうこうするのは十分に利点があるらしい。
「ただ、包むのが手間ってのは確かにあるよな」
と、こちらの推測に付け加えをしたのは、オーリだ。
「焼き物の手を止めるから、焼き物から手を離せるタイミングでしか作業できないし、準備で練習してた時よりも大分早くなったとはいえ、まだ、十秒くらいはかかるし手間は手間だよな」
「むー、まぁそうともいえるぞ」
包むくらいなら他のメンバーでもできそうだが……。
「代わるならリノか」
「まぁ、丁寧にやるなら、リノだろうな」
そもそもシノリとオーリは金のやり取りと客一人一人の注文を記憶して対処するのでいっぱいいっぱいらしい。
リノはそういう意味では、仕事的に若干余力があるようなので、回ってくるのは必定だ。
「いい?」
そこで手を挙げたのはニコだ。
「若干冷ました串を作って包んでおくのではだめ?」
端的な疑問に店のメンバーは、ふむ、とその検討に入る。
問題はいくつかあるようだ。
「冬だから、包んで置いておくと冷めすぎるぞ」
マルの言葉はまず端的な、時間経過による品質の低下に対する懸念だ。
言葉の内容自体はなるほどと、納得できるものである。
「どっちにしろ、お客さんの葉っぱを受け取るんだから無理じゃねぇの?」
オーリの疑問は今のやり方を踏襲する場合だ。
これについては、疑問を出して置かなければ見えなかっただろうが、口にしてくれれば解決策は浮かぶ、そういう類のものだ。
「数がわからないのでは?」
リノは実作業を見越してだろう、包んでおくのはいいとしてお客さんの注文がわからないのに幾つで包んでおくのか。
確かに最もな疑問であるが、それについては坊が助けてくれた。
「これまでの傾向ですが……」
と、前置きをして語られた内容は注文個数の偏りと、その注文の細かい点についてだった。
目の付け所が商人は違うと思わせる、そんな内容。そして、今一番欲しいデータだ。
簡単な傾向としては、一本買いはその場で食べることが多く、二本買いは半々ぐらい。
三本四本で買う人は少なく、五本で買う人が多い。五本で買う人は持ち帰りが多いようだ。
五本で買う理由としては、一本が銅貨2枚だから大銅貨1枚でお釣りなく買う、とかそういうことをしているのだろう。
そんなデータが考察とともに書き込まれていて、すごい。良い質の紙に書かれていて気合を感じる。
「うわ、すごい」
「いえ、まだ、これでも不完全版、というかまとめきれていませんので」
……ん?
今の言葉に違和感があった。この子は、自分の仕事をきっちりこなす子というイメージはあるが、そもそもの立ち位置を考えてみるとゼセウスのもとから来ているだけで、別れ際の言葉から推測すると、基本的には御用聞きとしての役割を期待されていると思われる。
にもかかわらず、どうして、こんな資料があって、そして、提供してくれるのか。わからないところがある。
(わからないままに、幸運としてありがたく受け取るのも一つの選択肢だ)
が、とニコを見る。彼女は若干怪訝目な表情を浮かべている。
といっても、こちらを疑っているとかそういうことではなさそうで、なぜこのタイミングでこちらを見ているのか、と問うような視線と、そして、少し赤い頬。
若干、瞳にかかる前髪が揺れている。
(幸運、か)
そう捉えておくことは簡単だしリスクも少ないが、不誠実だ、とも思う。
どうしてそうしたのか、という、意志を無視しているからだ。
「恩を感じないほうが楽、か」
全く、同しようもない思考だ、とかつてならくだしたかもしれない思考にケチを付けつつ決意する。
「坊、君のその資料は多分だけど、ゼセウスへの提出物だろう?」
「……どうしてそう思いましたか?」
「今の打ち合わせのために用意したなら完成させてから持ってくるだろうし、そもそも、それが必要になったのは話の流れでたまたまだ。もちろん、それが必要な状況になるように君が誘導した可能性もあるけれど恐らくそうじゃないだろう」
「わかったように話しますね」
「性分でね」
軽口を叩いてみると、彼女はため息一つを吐いて、こちらを見据えた。
頬が赤いのは、恥じらいだろうか。あるいは怒り?
「どうしてそんなことを気にするんですか?」
ふむ、口調からすると怒りに似ているが、近いと思ったのは感情というよりも状態で、これは拗ねているのでは、と思い浮かんだ。
そんなことを口にできるはずもないので、確認はできないが。彼女の質問に回答することはできる。
「俺は……うん、俺はきちんと感謝がしたいんだよ」
「感謝、ですか」
ふむ、と彼女は一つうなずき、それから首を横に倒す。肩に髪がはらりと落ちるほどに傾けたあと、
「いまいちよくわかりませんが、いいでしょう。感謝を感じたいと言うなら、感じたい感謝の重さ分だけ、データを使ってみましょうか」
そっけなそうにそういった。頬の赤みは先程よりも濃い。ついでにこちらの肘のあたりをニコにつねられた、
(――痛い!)




