084、労働と成果と対価
「私の番ですか」
この時点でそれなりに耳になじんでいる声で彼女は口を開いた。
「と言っても、私は『気付き』については話せません」
――わざとだろうが、言葉の最後の方に力を入れて話している。
たぶん、ゼセウスの何らかの指示のせいで、禁止されていると、そういうことだろう。
それを告げようとするあたり、指示に徹することが出来ているのかどうかはなんとも判断つけにくいが。
「というわけで、私の話は、数字の話です」
「あ、それについては私も協力……もとい、手伝わせてもらってます」
シノリが補足するように付け足す。なるほど、この二人で勘定をやっているということか。
「ただ、まずは数字の前に、基本的なことからいきましょうか」
坊は手を突き出す。握られたこぶしだ。指を一本立てる。
「私の思うところ、商売の基本は、どこかで余ったものを他の足りないところに補うことです」
食べ物のないところに食べ物を、水のないところに水を、鉄のないところに鉄を、不足には充当を。食べ物がなく鉄のあるところと、鉄がなく食べ物のないところ、足りないものを交換し合うこと。
これが商売の根底にあるところ。その部分までは特に問題なく受け入れられたらしい。誰からも質問は出なかった。
「では、この応用です『もの』ではなく『こと』を扱うのが次の段階。これは分かりますか?」
今度も質問は出なかったが、その沈黙の質は先ほどと真逆。分かるから質問がないのとわからないから質問出来ないのと。
その沈黙を得て、ぴしりと、坊は指をさらに一本立てる。
「例えばマルたん」
ん、という表情で視線を上げるマル。なんとも珍妙なあだ名で呼ばれている。この坊という子は極めてまじめに見えていたが、極めてまじめなままにズレているのかもしれない……。
ともあれ、面を上げたマルに対して、坊は言葉を紡ぐ。
「マルたんが、材料の用意された厨房に呼ばれて調理をして配膳して、お客さんに食事をしてもらう。これは『もの』から『こと』への移行段階ですが、これもほとんど『調理工程』という『こと』に価値をつけているのがわかるでしょうか?」
指を振りつつ問う声は幼さが漂うものの、強弱をつけて聞くものにどこを聞くべきかを示している、話し方について指導を受けているのだろうと思われる話し方だ。
「ん、んんー。うん。まぁ、理解はできるぞ。ものを売りつけたというよりも、お客さんのものに何かをしただけ、だからな。……『もの』よりも、『こと』に価値がある。ふむ、なるほど」
若干、坊の話し方に思考を誘導されているきらいが無いでもないが、面白い話を聞いた、という表情でマルは何度もうなずいている。
「つまり、この加工、加工ですね。加工をすることで、価値の低かったものを価値の高いものに帰ることをそのように表現することにしましょう。と、これはリノりんも同じですね」
「……あ、うん」
リノは押されているようだ。たしかに、相性差的には勝てないだろう。にしても、ちょっとパターンは違うがまたあだ名である。
「リノりんは角とか爪とかみたいなものを磨いたり、削ったりするわけですが……まぁ、難しい話はおいておきましょう」
今重要なのはそこではないです、といって。
「今回の屋台の場合も、利益、となっているのは基本的にはマルたんの作業分です。では、このマルタンの作業という『こと』を乗せる器つまり、『もの』はなにになるでしょうか?」
視線は一瞬こちらに向いたが、答えを持っていると判断したのだろうか、すぐに逸らされる。
こちらとしても、このタイミングで答えるほどに空気が読めないわけではない。
視線を向けられたオーリが、やや自信なさげに手を挙げた。
「えっと、肉、じゃねえの?」
「そうですね。お肉、もう少し広めに拾って食材というかんじですね。商人はこのものをどこかからどこかへ運ぶこと、そして、『もの』に『こと』を付加して運ぶことでその差分のお金をいただく仕事です」
……ん、あれ。
「なんで商人の説明を?」
「あ、これは勧誘です。読み書きのできる人材は貴重……とまでは言いませんがありがたいので」
なるほど。そういう視点もありか。ゼセウスの狙いが何らかの直接的な利益ではなく人材の確保などであるという可能性。
だが、メインの目的ではないのだろう。メインの目的がそれであるなら、もう少し根回ししてから公開でもいいはずだ。
といっても、その事自体、つまり、商会に子どもたちの就職先が開けるならそれはそれでありがたいことである。ここで突っついてもいいことはないだろうから、とりあえず気に留めておく。相手は慈善事業ではないのだから。
坊は、言葉をためて、では、と強い単語で注意を集める
「話を戻して『もの』と『こと』の関係ですが肉を仕入れて肉を売るなら肉屋ですが、屋台をするなら、仕入れた肉を調理することになるわけです」
そこまでは皆が頷く。実際にやっていることなので問題なく受け入れられる。
「一番単純に考えるなら、仕入れた金より高く売れればそれで利益が出ます。ですが、考えていただきたいのは『こと』の部分です。つまり、作業代ですね」
「でも、作業には仕入なんて無いんじゃないのか?」
オーリの質問は真っ直ぐだ。おそらくは自分にとって身近であろう狩人としての考え方なのだろう。
獲物を取ってくるのにどんな苦労をするかは関係なく、獲物に対して対価を得る、という価値観で言えば作業に付加価値があるというのは違和感があるのだろう。
坊は、そのへんの背景を知りはしないだろうが、それでもどういうふうに説明しようか、という沈黙を数秒挟む。
「それに対する最もシンプルな回答がお給料というやつですね作業の一つ一つではなくて、期間の拘束に対してお金を支払うと、ある種『もの』とも『こと』とも取れますが、作業に対する対価の端的な例としては妥当だと思います」
給料、という考え方はオーリにも通じるものだったらしい。
全体として言いたいことを理解したという感じでもなかったが、とりあえずは頷く様子が見えた。
「えっと、まとめると、材料と作業の代金をお客さんの支払いのまとめ分から引き算すると屋台の儲けが出ます。この儲け分は……えっと、次の材料仕入れのために使うし、税金やら何やらで出ていく分もありますのでその辺りも考えないとだめなの」
坊の言葉では皆に理解するには少しむずかしいと思ったのだろう。シノリが言葉を補う。
「ちなみに、今回は間がよく牛の解体現場に行き当たったけど、本来はここまで安い値段で枝肉を買えるとは限らないのはちゅーいだぞ」
マルからは別の視点の補足が入る。
「そうですね。この商売は始まったところなので、いろいろと安定していないところがありますし、目処が立てにくいところもあります」
ふぅ、と坊はため息を一つ。
それは落胆のようにも見えるが……あげた顔には笑みがあった。
「そのへん諸々差っ引いても、十分以上に良好な成績だと言えます!」
大きな声で言い切って、
「では、具体的な数字の話に入りましょう!」
といった。




