081、信じるために疑う
「失望させたくない、か」
さて、そう思ったのは彼女の私情だろう。それは別にいい。感情を廃して目的を達成することなんて別に望んではない。
これで得られる達成目的なんて、という思いもある。
――もちろん、集団としての目的は別だ。
孤児院のみんなで冬を越すというのは、達成しなければいけない目標である。
ただ、そのために、手段を模索するのは悪くないと思う。
けれど、確認はしておきたい。彼女が何のために失望させないことを望むのか、を。
ただ、最初に思い浮かべた懸念は彼女の様子からそうではないだろうという、推測を生む。
(つまり、あの商人に惚れたのなんだのではないだろう)
愛や慕情に疎い自分であるが、多少の推測をできることもある。
勿論、自分のそのあたりの感覚には信頼がおけないので、推測としか言いようがないが。
懸念したのは、その感情が容易く利害を超えて、大事なものの優先順位を書き換えるからだ。
昔、ギルドにいたころにも何度もそういう光景を見た。
非常に大事で尊ぶべきでありながら、同時に現を抜かすとそれまで大事にしてきたものを危険にさらすことにすら躊躇がなくなる。
良きにつけ、悪しきにつけ、それは『人を変えるものだ』と知っている。
今の、シノリの様子は非常に落ち着いているし、先ほど、失望させたくないといった時も感情が大きく動いた様子はなかった。
言葉にならずに気持ちの悪かったものを、言葉に収めてすっきりした、とその程度に見えた。
さて、感情面を廃して考えた場合『ゼセウスの失望を放置すること』にどんなデメリットがあるかというと、直接的に『援助が得られなくなること』『ダンジョンの経営権を得るために直接的な手段に出てくるかもしれないこと』が思い浮かぶ。
彼が慈善の精神で補助してくれているのでなければ、何らかの利益を得ることを目的にしていると考えるのが妥当だろう。そして、孤児院にある資源としては『土地建物』『孤児たち』『孤児院の権利』『ダンジョンに関与する権利』という感じか。
このうち、『土地建物』『孤児院の権利』については、帰属はおそらく神殿になるだろうから、争うのは得策ではないはずだ。争って得ても釣り合わないというか。もちろん、自分には見えていない価値があるという可能性はもちろんあるが。
次に『孤児たち』であるが、これは価値としては高いだろう。少なくとも年長組にはクラス持ちが含まれているし、それ以外にも頭の回る子もいる。
市井で平和に暮らしている子よりはハングリー精神もあり、見たところ教育もなかなかの水準で、極端に礼儀がない子というのも見なかった。
身内に対して、贔屓目もあるかもしれないが、それでも安いものではないと思う。
(でもこれも、考えにくいか)
失望させた時点で人的資源に関しての評価は下がっているだろうし、強硬な手段で人集めをしてもモチベーションも上がらないしスペックを発揮することもできないだろう。そうであるなら、卒院時に来てくれるようにスカウトをしておいたほうがいくらかましな手段だと思える。
最後に、ダンジョンに関する権利を得る、ということだが。再整理すると、ゼセウスの商会は既に関与する権利を得ている。
これは、孤児院が一次として関与するのに対して、二次的な関与の仕方だ。ダンジョンの資源を孤児院を介して購入するなどの関わり方で、ここだけ聞くとまどろっこしいが、ほかの街でギルドの入るところが孤児院となっているだけだともいえる。もちろん、細かい仕組みは変わっているが商会にとっては他の街より不利である部分はないと思う。
しかし、これを狙っている場合には関与の幅や深さを大きくする、ということだ。つまり、ダンジョンにかかわる孤児院への影響力・発言力を大きくするという選択肢だ。
「ふむ」
息を一つ吐く。いつの間にか誰かの入れてくれていたリンゴジュースに口をつける。
コップを置くと、シノリと坊の方を順にみた。坊という形で先の選択肢のいくつかは手を打っているのだろう。つまり、先上げてみた素人考えの干渉案は別に没交渉にならずとも打てる手に過ぎない。
むしろ、組織への浸透という意味では現状のほうが簡単で有効、かつ、心情も悪化せず結果得られるものも高品質になるだろうから『失望して云々』を考える必要はあまりないと思う。そんなところで打ち手を間違えるレベルの商人ではないだろう。
つまり、シノリはおそらく自覚せずにだが『ゼセウスを失望させないことで得られるもの』を直観しているのだと思う。
――だが、たぶん、今出ているゼセウスに関する情報からは推測できない気がする。
「うん、ありがとう。シノリ。慣れない作業で疲れてると思うけど、あと二日頑張って。その後は打ち合わせ次第だけど、何日かは休みのはずだから……そうだね、あの商人殿を失望させないように頑張ろうか」




