077、明日は社会科見学かな
「あー、あの商人さんはそういう立ち位置か」
シレノワと棟梁たちとともにまったく『何事もなく』孤児院まで戻ってくるとオーリがいた。
ちなみに、大工たちはそのまま帰ったが、シレノワは泊っていくという。
ただ、これはシレノワの希望というよりも、年中組のわがままだ。
大工たちに対しても引き留めるような声があったが、まだはたらなかきゃなんねぇからな、とそんな風に説得すると孤児たちはあきらめた。
彼らは市井の子供よりも労働というものをきちんととらえているらしい。
すでに彼女は小さな子たちに引っ張られてどこかに行ってしまったが、孤児院のどこかからテンションの高い歌声のようなものが聞こえてくるからきっと楽しくやっているのだろう。
それで、オーリだが。
「とりあえず、こいつを」
そういうと、孤児の人数分の入門証を取り出した。いくらかの気持ちを支払って事務処理を急いでもらったらしい。
元の発行手数料が銀貨一枚くらいなので、これだけでも結構な額だが実際、これがあれば孤児たちが街に入れるというのは大きい。
(けれど、可能性としては孤児院がつぶれるとか所有者が神殿から移るような事態になると失効するのか?)
確認しておかなければならない。そんなこちらの思いはよそに、
「これで明日はみんなで街に入れる」
オーリは嬉しそうに言う。
「明日になればわかるから聞かなかったけど、どう?」
「あーお店?」
聞いてみると、オーリは気軽そうな様子で応じる。
「問題ないっていえば問題ないかな。売れ行きすっごいけど、まぁ、お祭り効果っていうか、新店舗効果っていうか、そういうのもあるみたいだし。まぁ昨日も言った通り、マルの体力の不安があるくらいだね……いや、それが一番の問題なのは間違いないんだけどさ」
というわけで前から状況に変化はあまりないようだ。
そこはまぁ、手を増やして対応するしかないのだろうが、マルの補助ができるレベルの調理人ってのもなかなか難しいだろう。
そのあたりは、昨日も考えたことだ。明日はとりあえず、人手自体は増えるのだが、労働力が増えるのかどうかについてはコメントしにくい。
とりあえず、意識を変える。
「みんな仲良くやってる?」
「あー。みんな、ってのがどこを指してるかによるな。まぁ、うちから言ってる人間は問題ない、いつも通り四人とも仲いいと思うぜ。で、街側の人間との関係ってので言うと……全方面に仲がいいのはマルだな、逆にゼセウスって商人さんはマルを警戒している、まであるな」
なんか貢がされた、とか言ってたけどどういう意味だろう、とオーリは付け加える。
ある意味そのままの意味であるが、まぁ、説明しなくてもいいだろう。
どうせそのうちわかる。
「シノ姉はまぁ、ああいう感じの人だから声の大きな大人が苦手って感じか。これは接客でもそうだし、接客外でいうなら鍛冶屋のおじさん連中だな。あの辺は苦手らしい。仲がいいのはあの小僧さんと商人さんだな。結構親身になってくれてるみたいだ。シノ姉の警戒は抜けきってないけどこれはたぶん、仲の良し悪しとはあんまり関係ないし、まぁ、そのうち解消されるだろ」
なんとなくその様子が浮かぶが、シノリには商人と仲良くなってもらうよう頼んでいる。もしかしたら、少し無理をしてくれているのかもしれないが、無理のし時だとも思う。
「シノリについても無理してないかどうかを見てやってほしい。できるか?」
「ん。まぁ、引率だな、シノ姉のほうがしっかりしてると思うから、できる、とは言わないがやってみる」
それなりに笑顔で答えが返ってきた。口にしている以上の自信はあるようだ。
「で、最後だな。リノは……んー。気質としては職人だけど、一人でコツコツやるタイプだと思うし」
「ってことはあんまり?」
「いや、別段、どうこうなってるってわけじゃないけど。あいつは楽しいと思えることをできればいいんじゃないかとも思う」
「あー、まぁ、無理して人と触れ合う必要のない、って人もいるしな」
「ん、ちょっとニュアンスが違うな。俺の言い方が間違ってるかもしれない……ちょっと待ってくれ」
言って、オーリはこめかみに人差し指を立てる。考えているときのポーズ、という感じだが、初めて見るポーズなのでそうではないのかもしれない、あるいは、出会ってからの数日間、オーリは考えるということをしなかったのかもしれない。
それはさておき。
「うん、あいつは他人と交流することが嫌いってわけじゃない。兄ちゃんも言ってたかな? ファッションに興味のある人間が根源的な交流拒否をするわけがないとかなんとか……あいつの場合もそれは間違ってなくて、そのうえで、なんだ。交流が強い? かな」
「交流が、つよい?」
齢二十を超えて初めて聞く用法である。交流は強弱なのだろうか。
「思ったことを片っ端から言うと、あいつは人の好き嫌いが激しい、でも、交流は嫌いじゃない、だから、少ない好きな人で十分に交流が満たされる」
「んー」
俺がオーリの言いたい内容を何とか咀嚼しようとしていると、
「わかる」
ニコはここで割り込んできて、若干興奮気味に、首を上下に振っている。
今の話が興奮するほどわかるというのもどうなのか。
少し考えたが、ニコもリノとある種似た職人タイプなのだろうと考えると、性格の似か寄りについては納得のいくラインだが個人の健康にかかわるのだからマルと同じ方向性の性格でもよかったのでは、とも思った。
(結局、仕事の内容ではなく、個人の生まれ持った資質が大きいんだろうな)
オーリの先ほど言っていたことはたぶん、人付き合いが浅く広いか、深く狭いかというような話なんだろう、大枠では。
あとは、それに満足するかどうか、というニュアンスが加わっている感じか。
そのあたりで適当に思考を切り上げる。ニコはこんなことを言いつつも『好き嫌い』というのを目に見えて表していないのでリノほどではないのかもしれない。
「とりあえず、現状の関係で行くと、シノ姉と同じで鍛冶屋さんたちが少し苦手、商人は苦手ってわけじゃないと思うが、小僧のほうは苦手に思っているみたいだな……というか、小僧のほうがリノに距離を詰めようとして失敗してる感じ?」
「あー」
そのあたりは、気にかけろという俺の助言のつもりの言葉が良くない風に作用したのかもしれない。
だとすれば、申し訳ないが。
「で、今回こっちに来てたお姉ちゃんはどうなの?」
「どうって?」
「いや、今聞かれたのと同じ何というか、仲良くなれるか、みたいな?」
先ほど、オーリにはダンジョン探索におけるダンジョン師の重要性とギルドを作るなら必須であることを伝えた。
合わせて、シレノワがその最有力候補――正確には他の候補がいない――と告げたので、心配しているらしい。
「そうだな、とりあえず。年中組全員に好かれてるみたいだし、年少組も嫌がってないみたい。あとは年長組だけど」
と年齢で区切って告げていくと、
「僕はいやじゃないですよ」
クヌートが廊下を通りがかったのだろうか、こちらに一言告げた。
オーリが片手をあげると、クヌートも答えて片手をあげる。
気安い仲だとよくわかる挨拶だ。
「悪い人じゃないですし、面白い技術を持っていますし……そうですね、相手の好意に甘えるなら、年上の女性ですからシノ姉の負担も減るかもしれませんね」
「ふうん、なるほど」
その視点はあまり考えていなかったが、確かに。最年長の女性が変わるわけだ。
孤児院の所属ではなく、仮設ギルドの所属になるが、細かいことを言っても仕方がない。
どうせ、孤児院にまったくのノータッチということにもならないだろうし、そう考えれば孤児院側の最年長女性であると事のシノリの負担が減るというのはあり得るメリットだ。
「言葉を返す、自認している責を取られると疎外感を覚えるものでは?」
ニコはクヌートの言葉に対して、一言を述べた。その言葉の内容も分かる。
自分の役割、とそう思っていたものを剥奪されると楽になっても不安になる。
それは例えるなら重い荷物を誰かが変わってくれて、でもその瞬間はバランスを崩しそうになるのに似ていると思う。そして、それは荷物が重ければ重いだけ顕著になる。
「でも、どこかでそういうのには向き合うべきだと思うけどな」