055、『誤解を恐れず』ではなく、恐れながらも語るのだ。
俺が、そのことを端的に述べると、彼女は眉根を寄せた。
渋いような表情で、言葉を選ぶように沈黙した。
少しして、口の中に含んだ、薬草茶を飲み下すと口を開いた。
・
「貴方は多分、他人との距離感が不安定、なの」
ため息混じり苦笑交じりで言われた言葉は、だが、なんとなく思い当たるところが無いではない。
「言葉が少ない。それは私も人のことは言えないけど……そうね、多分、貴方の考え方で言うなら」
苦笑を深くしつつ、一拍をおいて。
「信頼している相手は言葉を多くしなくてもわかってくれるだろう、信用できない相手は言葉を幾ら積み重ねても理解してくれない。そんなふうに」
それは慈愛に満ちた様な笑みで告げられる。その仕草一つで言葉を飲み込んでしまいそうな笑み。
言葉の内容を思う。
そうだろうか……そうかも知れない。
自分の言葉が足りないことで招いた誤解があるのだろうか。
そうだとしたら、俺にできることは。
――過去を思う。
そうかもしれない。そのことで取り落としたもの、取り零したものがあるかもしれない。
なくしたものについて、できることは思い出すことと嘆くこと。
だから、今は違う。
――過去を思うことを止める。
前を見ればそこにいるのは少女だ、晩御飯の献立を告げるのと同じくらいの調子でこちらの内面を言葉にした彼女がそこにいる。
言葉少ないことで失った暖かさや美しいものがあったとして、それを思っても手に戻ってこないなら。
今思うべきは将来において、失うことが無いようにということだろう。
・
さっきまでは話さなければいけないと思っていた。
今は話したいと思っている。
・
話せることがあるなら、話そうと決めた。
だが、広く話すというのは馴れていない。
今は、ニコの辛抱強さに甘えて、言葉を並べることにしよう。
「裏切り?」
そうだな、その単語を置くことで何が生まれるのか、それはきっとろくでもない誤解ぐらいだ。
「んー、そうだな、話を少し戻してみよう。俺がどうしてギルド職員になったか、からにしようか」
「うん、興味ある」
何でも聞くよ、と、そんな姿勢を見せた彼女に対して。
「じゃあ、まず。俺が……そうだな、孤児だった話はしてないよな」
「聞いてないね」
少し、驚いたように眉を動かしたニコは、けれど、その言葉を嘘だとは思っていない様で、こちらを信用してくれているようだというのが見て取れる。
話したいと、その意志は強くなった。
「捨てられた理由としてはごく単純でね『とある病』のようなものにかかっていたからだ」
それは、よくある話といえば、よくある話。
子供を育てるというのはコストのかかる行いだが、ことほど余計にそのコストを引き上げる要因というのがいくつもある、病や呪い、あるいは何らかの欠陥がある場合だ。
「俺のその、病のような呪いのような欠陥は人間にはどうしようもないものだった」
医学の進歩、薬学の進歩という話ではない。俺の症状とは、要するに、
「神様の祝福がないという状態だからな」
「『子供』じゃない」
そう、クラスとしての子供というのは、クラス欄を空にしないためだけの存在ではない。それは、小さな子供が病で死ぬ事の無いようにと病に罹りにくく悪意に晒されにくく――よく言われる表現としては『よく学びよく遊び健やかに』そんなふうな加護を得る。
だから、この場合はその逆。
祝福がないということは、病から守られず、悪意に晒されて……。
「育てにくい子であることは確かだろう」
そこにはきっといくつかの選択肢があったと思う。
だが、仮定の話をしても仕方がない。
結果を述べれば、俺は、
「どこぞの森の中に捨てられていてな」
「森の中、この周りみたいな?」
「もう少し寒くて、動物が少ないけど、似たような森かな」
大きくなってからその森に行くと、街道からそんなに離れてもおらず、一つの意図が透けて見えた。
それを大仰な名で呼ぶのは憚られるが、
「育てることはできなかったとしても、殺したいわけじゃなかったんだろう。人目につきやすい……というよりも、誰がそこに通りがかるかも調べて、そこに捨てたのかもしれない」
「その言い方なら、拾った人は」
「そうだね、善人の……お人好しだったよ」
俺の言い方に何を思ったのだろうか、笑みを見せながら言う。
「うちの先生みたいな人だったのかな」
「さぁ、あるいはそうなのかもしれないな」
残念ながらその人がどういう人だったのかは残されたものから推し量ることしかできない……。俺がひねていて、この子達が真っ直ぐに育っていると考えれば親の性格は、
「いや、子供の方に問題があるかもしれないか」
「んぅ?」
なんでもないよ、といなして。
ともあれ、俺の育ての親の話だ。
「それがある街のギルドに所属しているチームのリーダーとギルド長でな。そいつらに育てられたんだ」
その辺りで細かい補足を入れる。自分にギルド職員の適性があったこととか、子供としての加護が得られない分、早くクラスに就いたこととか、18の頃には中級職員になっていたこととか、ニコは真剣な表情で、ふむふむ、と頷きながら聞いていた。
「……なんの問題もない様に思う」
「そうだな。そのまま過ごしていればなんの問題もなかったんだ」
あれは何をしていたときだっただろうか。
俺が多分、幼稚な正義感を燃焼させて熱くなっていたときのことだ。
「ギルドの仕事、何度も言ったけど覚えてる?」
「ダンジョンの管理が第一」
「そう、ダンジョンの管理の為に、いろんなことをするんだが……ダンジョンは定期的に潜って中の掃除をしないとまずい」
「魔物があふれたりこぼれたりするから」
そう、実際そのような魔物はこの辺りでも一匹がいた。
ニコが襲われて俺が間一髪助けた……らしい。
そのレッドボアについては俺の記憶にはかすかにしかないが、
「で、その迷宮の掃除は通常ギルドの人間ではなく、チームやクランなんかと呼ばれる『冒険者』たちの集団がそれを担う」
「えっと、ギルドは迷宮の管理のため、冒険者たちは……お金目当て、であってる?」
その言い方が正しいかどうかは微妙なところだ。
「もう少し言い回しに配慮するなら、冒険を求めてが第一でそれを維持するために金がいる、とかな。それ以外でも、研究者やニコみたいな薬師が薬の新しい材料を探しに来たり、職人が新しい金属を探しに来たり、マルみたいな料理人が新しい食材を探しに来たり、あるいは、金銭でも得られるものでもなくスリルと暴力を求めているやつもいる」
つまりは揃った方向性なんかないことが多いのだ。
実際、俺達がこの孤児院からダンジョンを管理できるようになったとしてやるべきは金を得ることだ。生活の為に。
「あれ、でも、薬師? 冒険者?」
「その説明がいるか」
理屈はわかりやすく、しかし、説明が微妙にし辛い話だ。
「千年前の英雄と五百年前の英雄の話だが」
「……あれ、話飛んだ?」
「面倒なことに飛んでない。脈絡が飛んでるような気がするけど、あまり気にしないでくれ」
ニコは一瞬、苦いものでも噛んだような表情になったが無表情に近い顔でそれを隠した。
「五百年前、エトランゼたちは人間の能力をステータスと呼び、それが何を源泉にしているかを調べていた」
「ん、聞いたことがあるようなないような」
レベルアップの為に神殿に行ったりすると一度くらいはそんな説明を受ける。普段はあまり意識するものでもないし、忘れているのも無理はない。
そもそも、覚えておかなくてはいけないこと、というわけでもない。
こんなことを覚えておかなくてはいけないのは、それこそ、自分の能力を引き出すことが生き死にに直結する冒険者ぐらいのものだ。
ちなみに俺はギルドの職員をしていたことと、自分が『子供』の加護を得られなかった理不尽を調べるために、その辺りを学習した。
「普段、強く意識するのは『クラス』の『レベル』くらいだけど、それ以外にもレベルを持つようなもの、パラメータが2つ――正確には二種類かな、あるということをエトランゼは突き止めた」
「クラス、以外?」
「そもそも、クラスというものが人間に加護を与えるようになったのは、ここ千年のことらしい。だから、千年前の英雄たちはクラスの加護をもたないままに世界の危機に立ち向かったわけだが……それはさておき」
むー、とニコが結構集中してこちらの話を聞いてくれているのがわかる。
若干こちらも語る言葉に熱が乗る。
「基本的には選んだ職業の加護を選択するクラスに対して、生まれつき持っているとされるものが2つある」
「それがさっきの二種類にかかってくる?」
あぁ、とうなずく。左手を上げて数を示そうとしたが引きつる痛みでそれをやめる。どうせ短い言葉である、一気に言い切ることにする。
「肉体と運命だ」
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