048、財布の重さで生き延びるときもある。
数字が多くて申し訳ない。
もし、わかりにくいと意見があればどこかに纏めます。
「さて、クヌート。紙というのがそれなりに安くない品だ、というのは分かってくれたと思う」
「えぇ、そりゃ、まぁ、はい」
なんとも詰まり詰まりの反応を得た。
まぁいい。
「じゃあ、人間は食べ物さえあれば生きていけるわけじゃないっていうのも理解できただろう」
「そうですね。紙一つ取ってもそうだし、薪も食器も布団も服も全部お金がかかるんですよね」
「そうだなあ、そんで、俺とニコは午前中そのあたりの使い方がどんな感じだったのかこれまでの記録を確認してたわけだ」
とは言っても午前中にできたのは院長室の書類の仕分けぐらいだ。
その過程でいくつかの指標は得られているが、
「ちなみに、オーバンステップの街は他の街に比べて一人当たりの食費が高い」
「鍛冶屋さんも言ってた」
ニコが補足を入れる。
「そうなんですか?」
首を傾げるクヌートに薪代が高いから外食や出来あいが多いという説明をすると、彼は納得したようだ。
「食費の半分くらいが、それ以外の生活費になっているらしい」
「食費の方は具体的にはどれくらいなんですか?」
「豆銀貨二枚で銅貨二枚のおつりがくるくらいが標準らしい。あ、酒を飲まずにで」
「銅貨18枚分くらいになるんですね」
「朝3枚の昼夜で15枚って感じかな」
朝はパンと飲み物程度、昼夜はどっちかにちょっといいものを食べて、もう片方はほどほどという分配。
酒を軽くのむなら、豆銀貨2枚を超えるかどうか。
「まぁ、食費以外がその半分かかるとしたら、大体1日の生活が豆銀貨3枚の少し下くらいになる」
「家賃とかも含めてですか?」
「そう、その辺も1日に割り当てて計算して、そうなるらしい」
「うちの場合はどうですか?」
「そうだな。この院はここ数年は1日当たりの食費は豆銀貨1枚を切ってる」
「半分以下……は、さすがに安すぎでは?」
指折り数えて半目で問うてくるクヌート。
こちらも一つ頷いてから次の言葉を出す。
「俺もそう思った、だが、調べてみるとどうも食べ物の質が悪いとか量が少ないとかではないらしい」
「――というと?」
「マルももちろんだが、加えてニコとオーリだな」
「ニコ?」
不思議そうな顔をするクヌート。
その部分を語る前に説明しておくべきところがある。
「順番にいこう、まず、出来あいを買ってくるわけじゃないから、というのが大きい。これで結構安くなってる」
「それは……道理ですね」
「そうだな。他の街なら自炊でもっと安くなるけど……まぁ、いいか。次が、自給分とでもいうべき項目だ」
しばらくの時間をおいて得心言った表情になるクヌート。
「……あ、それで、あの二人か」
「あぁ、分かったみたいだが一応言っておこう、オーリは狩人として野の獣を取ってきて肉にしていたし、この子はハーブの類やキノコ、野生状態の根菜なんかも見つけてたみたいだな」
言いながらやや乱暴にニコの頭をわしゃわしゃとする。
くふふーと、うれし気に声を上げるニコ。
その声と表情を見ていると気恥ずかしくて乱してしまった髪に罪悪感が湧いてきた。手ぐしで、乱れた分を整えそろえていく。
その様子を半目で見るクヌートに何とも言えない視線を返しながら。
「そこに孤児院補助の名目で、えー、1日一人当たり銅貨5枚分、かな。それくらいの支給があったと」
「公共の福祉というやつですか?」
一つうなずく。
「その辺の手当ては意外と先進的だな。昔は鉱山で儲かってたからか?」
「それと、鉱山孤児が多かったからでしょう」
何か詳しそうだったので、クヌートに続きを促してみる。
わからない言葉は聞いてください、と前置きしたうえで。
「ここの鉱山は露天掘りと坑道掘りの両方をやってて、給料は坑道掘りのほうが良かったらしいです」
その単語はわかる。大地の表面を削ってそれが鉱物になるなら露天掘り、山に穴をあけたり地面に穴をあけて資源を回収するのが坑道掘りだ。要するにトンネルを掘っていくわけだから、落盤とかの危険がある分、坑道掘りのほうが給料が良かったのだろう。
「で、当然の帰結として、坑道掘りをすると鉱夫の死亡率が高いわけです」
だろうなぁ、と、給料の分の危険度だ。
「独身でもあれですが、家族持ちの鉱夫が死ぬと孤児や寡婦が残るんですね」
「そうだな」
過去の話ではあるが、居たたまれない気持ちにもなる。座りが悪いというかなんというか、
「もちろん、鉱夫達も基金……というほどはっきりした形ではなかったようですが互助組織を作って、遺された家族の補助をしようとしていたんです」
「……あぁ、それで、公のほうからも何か手を打とうとかそんな感じになって」
「おそらくは、少なくともそういうルールができやすい土壌があったんじゃないか、とは」
なるほど。それは面白い話だ。
「ちなみに、どうしてそんな話を知ってるんだ? このあたりだと常識なのか?」
「あー、いえ。僕の母親がそういった鉱山孤児だったらしくて少し聞いたことがあっただけです」
――ふむ、なるほど。あまり深く聞かないほうがいいのだろうか。
明るい表情ではあるが声音は触れてほしくなさそうだ。
「そっか、ありがとう。他にも使えそうなルールがないか調べてみるとしようか……あぁ、でもそんなのがあったら前院長がとっくに活用してそうだな」
「ふふふ、そうですね」
話がそれたが。
「――で、いろいろ計算した結果、この院の場合は一人当たり生活費が2日で豆銀貨3枚くらいだと分かった」
一人一日銅貨15枚だ。
「補助とか自給分を入れてですか?」
「そう、その辺の軽減を入れて、普通の街の暮らしの半分くらいのお金がかかるってこと」
一人一月で銀貨4枚と小銀貨1枚くらい。豆銀貨換算で45枚、銅貨ならその10倍だ。
今は俺を入れて16人と考えれば銀貨72枚になる。粗い計算なので実際は4から5枚ほどの上下はあるかもしれない。
この額は大人5人分の稼ぎでまかなえ……ちょっと無理か、というくらいの数字だ。ちょっとした商売をしようとすればすぐ溶ける程度でもある。
この辺を考えるとマルの店の人件費はかなり高く設定されている。
とはいえ、とりあえず『あてた』程度のものだろう。補正前提で計算しやすい数字にしてあったと解釈するのが妥当だと思われる。
「神殿がついてる間は無理な話じゃないが、それが外れると途端に苦しいという感じだな」
「神殿はそんなにお金を出してくれるんですか?」
「まぁ、施政者の金がいったん神殿に入ってから出てくるというのもあるし、半分くらいは神殿が出すからな」
別の町での話なのでそのまま参考にはならないが、一月一人につき、神殿は銀貨3枚、施政者から2枚でるという話を聞いたことがある。余った場合は施設の維持管理に回るが、ありていに言って神官のポケットに入ることも珍しくないらしい。
だが、その分の補助金すら今は出ていない。神官が所属していないので、神殿からも金が出ないし神殿を通しての施政者の金も届かない。先ほど挙げた銅貨5枚はこの街独自の法である分、その迂回路がなく届いていたようだ。
とまれ、
「新しい神官が来ると解決する話なのでは?」
「そうだな、額面通りに受け取れば、そういうことになる」
「含みがある」
ニコが口を挟んだ。その表情は楽し気だ。
「あぁ、新しい神官が来れば解決する、それは正しい話だ、普通ならそうなるし、普通はそうすべきだ」
「何か、あるんですね?」
「何かあるというよりも、何かがなかったというほうが適切かもしれない」
「クヌ……新しい神官はなぜまだ来ない?」
「え」
そうだ。それはニコにはすでに語ったことではあるが、
「孤児院に来る神官が常に子供の最も親身な味方とは限らない、と。そういうことだ」
「先生と同じ人格をすべての神官に求めてはいけない」
「……そういわれれば、その通り、ですね」
クヌートはニコの言葉を受けて消沈したように視線を伏せた。
まぁ、気持ちを理解できないわけではない。
かつてあったことを未来に期待するのは、普通のことだ。
過去からしか将来を予想することができないのだから。
そして、自分が如何な幸運の中にいたかは、失った時ではなく、そうではない現実に落ちたときにはじめてわかるのだ。――まぁ、それは子供だけじゃないが。
「悲観するべきでも楽観すべきでもないと思う。前任者ほどに子供の味方とは限らないが、子供の敵はリトルリトルの神官にはなりがたいからな」
抜け道がないではないだろうから断定はできないが子供の守護者である神の神官が明確に子供の敵であるというのは考えづらい。
勿論、人格者であり子供の最善の味方であったという評判の前任者と同等の人間が来るというのは楽観が過ぎるだろう。
「さて、話を戻して16人、恥ずかしげもなく俺も加えているが、一月に必要な額はさっき出したな」
メモの一枚をちぎり机に置く、月あたり72と書く。
「とりあえず、冬と年越しと考えると……」
暦もエトランゼの手が入っているとも聞くが実際のところはわからない。
少なくともその時代の王によって、この大陸の暦は統一された。
一年は4つの季節と、年越しの一週間からなる。一週間は5日で構成されて、一か月は6週間で構成される。季節は三か月で構成されるので、一年は365日。
さて、一か月は30日だが、年越しの一週間も考えなければいけない。
年越しは冬の中月と終月の間にあるので、冬の始まりから終わりまでで95日。
これを週に換算すると、19週間。先程72枚と出した1月は6週間なので、
「1週間辺り銀貨12枚だな。で、冬にかかる金が……」
計算する。
「銀貨228枚。今の人数の場合、常にこれが院にあれば安心して冬を迎えられるというわけだ」
これだけを取り出せば結構な額だな……。




