047、かつて誰かがなそうとしたこと。
さて、それらの話をする前にいくつかの質問があったので答えてみよう。
「シノ姉さんが欲しがってましたが紙って高いものなんですか?」
それは少し難しい質問だった。なぜなら、答えるなら順番を踏む必要があるからだ。
「そうだね、安くはない」
質による値段のばらつきもあるし、その質にしたところで見るべき点は幾つにも分かれている。
大きなものでは、大きさつまり面積と厚さ、そして、揃いだ。
「エトランゼというのはおとぎ話にも出てくるから知っていると思うけど」
「おとぎ話としては知ってます。たくさんの技術をこの大陸に伝えた500年前の英雄……実在を疑問視する声もあるとか」
「その辺も、ここの先生に?」
「そうですね。あとは、<塔>がその技術を再現する目的で作られたとか、彼らは実は別の世界から来たために『エトランゼ』と呼ばれるのだとか。そんな感じのことを面白おかしく」
俺の知っていることと大差ないことを知っていたようだ。ここの先生は少なくともギルドの人間と知り
合いだったと思われる。
「エトランゼはこの大陸の度量衡の統一をなした。とはいっても、一部の単位、酒の量とかにはローカルな単位が残っていることもあるけど……それはさておき、度量衡をまとめたついでにいくつかのものについても大陸で統一しようとした。この活動を何というか知ってるかな?」
クヌートに聞く、彼は首をかしげてわからないことを示した。
俺が告げようとするよりも早く、ニコが答えを告げる、
「『大陸規格化活動』」
「……よく知ってるな」
「エトランゼの話は好き」
「そうか」
なるほど。子供や技術者に人気があるのは否定しない。
子供には単純なおとぎ話として、技術者には様々な示唆を与える話として、好かれているというのは知っている。
「大陸から魔物を追い出す話の影に隠れて残念」
「そっちのほうが派手だからな。しょうがない」
この大陸でダンジョン外に魔物がいない――基本的には――のは彼らが当時の王と進めた計画のおかげだ。
細かい区画に細分し、徹底的に魔物を討伐する。
最終的にエトランゼの生きているうちに完了することはできなかったが、そののちに理念は引き継がれ完遂された。
「で、少し話を戻して『大陸規格化活動』だ。ニコ、知ってる例を」
「……街道沿いの『標識』、用途による馬車の車輪の大きさと輪距の統一が成功した例」
今あげた点について、一応の補足をしておくと、主要街道のみだが、一定距離ごとに標を置いておくことで街道移動者にどこまで進んだかを知らせるものだ。迷いがなくなるし、食料等の調節もできる。壊したり無断で移動させると厳しい罰則がある。
ちなみに、これを設置したことで街道同士の丁度中間地点に『休憩処』がうまれ、そこから発達した町などもあるらしい。
で、もう一つも道関連であるが、馬車の車輪の大きさを荷物の種類などで統一したという活動だ。結果として、規格の共通化がすすめられて、簡単にいえば壊れた時の交換が簡単になった。輪距は要するに右と左の車輪の幅であるが、これを統一したことで軸の使いまわしが出来るようになったのと轍の固さが変わったらしい。
俺自身は馬車を引いたことはないし、そのメリットを説明することもできないが。エトランゼの燃え残った言行録によればこれすらも何かの布石らしい。ともかく、
「失敗した例も知ってる?」
「――えっと、糸の規格化が失敗した。紙の規格化は中途半端に成功した、とか」
「そうだね。そのあたりは技術が追い付いてないことによる失敗だといわれている」
せっかく話が戻ってきて紙が話題に出たがここは先に糸の話を片付ける。
「糸は長さに対しての重量で規格化しようとしたが、当時の技術では均一な太さのものが出来ずに断念したといわれている。もう一個の理由としては、そこまで精度のいい秤が出来なかったのも原因だといわれているがまぁ、複合的な原因なのだろう」
「今の技術なら?」
「天秤精度は向上してるからいけるかもしれない。風やらなにやらに結構気をつかわないといけないだろうけど。糸の太さは……まだ、難しいんじゃないかな。詳しくはしらないそのあたりはリノのほうが詳しいんじゃないかな?」
糸の生産現場の知識まであるのかは知らないが、分野としては彼女だろう。
「紙については……どんな感じに中途半端だったか知ってるか?」
「糸に似てる」
「……そうだな」
「面積に対しての重さで規格を作ろうとして、均一にできないので断念。でも、大きさ……面積のほうはある程度までは規格にまとめられた、とかのはず」
大体正解だ。面積のほうも『ある程度』以上の精度がでなかったので幅を持たせる形になっている。
さて、もう少し紙の話を続けよう。