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こちらオーバンステップ第一迷宮  作者: 言折双二
4、追放者は《彼ら》ともう一度、街へ行く。
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041、門限やぶりと明日の予定。

「遅いです! 心配したんだからっ!」


 夜半の山道をそこそこの速度で踏破したところ待っていた反応はそれだった。

 俺に対して遅いと責めつつ、ニコには心配を口にする。大の大人が少女を夜まで連れ歩いたことに対してごくごく真っ当というか穏当な対応だ。


 声に震えがあって感情が揺れていながらも荒らげて大きな声を出さないのは、夜であるゆえの気遣いだろう。

 シノリらしいといえばシノリらしい。


「……ごめん」


 謝るのはニコ。たぶん、遅かったこと自体はさほど悪いと思っていないだろう。

 必要だったことに対して悪いと思うタイプではない。

 だが、それで心配をしてくれたことについては、思うところのあるタイプだ。

 感受性としては、普通の人間よりもむしろビビッドでは?


「あぁ、すまない」


 俺も謝る。感情としてはニコを門限までに帰せなかったことについてだ。

 とはいっても、俺は細かい門限の時間を知ってるわけではないのだが、今の時間が遅いということは分かる。


 たぶん、街門が閉じてからさらに一時間は経っているだろう。

 その後、今日はマルとオーリは戻らないことを告げると表情が険しくなった。ただ、この間あった商人の紹介してくれた立派な屋根付きの場所にいること、そして、二人が一緒にいることを告げるとだいぶ荒れた感情は収まったようだが。


「マルと一緒に行動してたんだから、晩御飯は食べてますよね?」


 そんな風に落ち着いた問いを受けた。坊と同じように試食としてそれなりの量を食べたが、これはどちらかというと客層把握というか成人男性と少女がどの程度食べられるかのサンプルにされただけだが。

 ちなみにマルは納得していなかったようだが俺としては十分な味だと感じた。


「他の子たちは眠ってますのでどうぞ静かに」


 そんな風に叱られながら院に入る。入り口近い一部屋だけが明かりがついていた。

 ちなみに、この院の明かりは基本的には獣脂である。街ではろうそくや植物油の明かりもある。


 完全に固形のろうそくは便利であるが、それ故に値が張る。

 植物油は獣脂よりも匂いが少ないが、料理と一部競合するので若干高い。

 獣脂は安いが、匂いが強いのと壁がギトギトするような気がする。


 とはいえ、その中で暮らしていれば気にならない。

 ある程度は精製されているからだ。

 その明かりのついた部屋に二人で通される。そこには、もう一人の少女がいた。

 すでに、ソファー……と呼んでいいものか、クッション性は薄そうな革張りの長椅子の上で眠っているが、三人で部屋に入るとその音に気付いたようにして目を醒ました。リノだ。

 うぅ、と呻きながら目をこするリノを背後において、シノリはこちらに笑顔を見せて、言った、


「ええと、そうですね。いうのを忘れていましたが……お疲れ様です。おかえりなさい」



「で、今日はどうなったのか教えてくれますか?」


 シノリは長机に座ると落ち着いた風にそういった。

 微笑みをたたえたその様子は……俺は良く知らないが子供を見る母親のようなもの、だと感じた。

 彼女は年齢相応にキャパの浅いところもあるが根源的な性質としては、他人をよく見て、他人のために動くことのできる、そのうえで平等さのあるような優しい女の子だ。


……うん、些細な瑕疵は塗りつぶされるくらいに。

 さて、そんな彼女が慈母の笑みとともに『今日は何があったの?』と聞く。

 ニコは、一瞬こちらに気を遣うような視線を投げた後、今日あったことを話した。


 屋台と店を見せてもらった下りと、ゼセウスと交渉しレベルアップをした辺りは楽し気に聞いていたが、その代わりに屋台での売り上げ勝負になったあたりで眉根を寄せて、タレの完成を目指して試行錯誤しているという話のあたりで少し悲しそうな顔をした。


「無理をしてないといいけど」


 そういう。俺とニコは顔を見合わせる。多分、無理はしていない。あの子の、マルのようなタイプにとって色々と確かめつつ一晩を過ごすというのはむしろ楽しみでしかないだろう。俺自身はそちら――つまり、職人気質というタイプではないがそういうやつは結構見る。


 ニコとリノにとってはご同類だろう。二人はシノリの言った無理の意味がよく理解できないという表情をした。

 むしろ、無理というのは、二徹目、三徹目に体力が持たないことではないのか、という風に思っていそうな気すらする。


 新しい環境、新しい道具、それに慣れなければならないという逆境、明後日までという明確な締め切り。

 普通なら――シノリと同じタイプならプレッシャーにしかならない要素も多分、テンションを上げる燃料にしかならないだろう。今日の調理風景を見ていればなおさらにそう思う。


 二人はシノリに生暖かい視線を投げつつ。しかし、心配していることそのものはとてもらしいな、と思っているようだ。

 『価値観が違う』のではなく『価値観は違う』という感じなのだろう。そういうふうに思える相手というのは久しくいないので少し羨ましい。

 大丈夫だろうという推測を三人共が口にせずに、しかし、雰囲気を察したのかシノリも心配そうな表情を収める。


「オーリもいるし無理はしないでしょう」


 シノリが口にした言葉を受けてという様に、今度はリノがそわそわとし始めた。


「そういえば、オーリは一度戻ってきてるよな。その時は何も言ってなかったのか?」

「えっと、そのときは『料理をする必要ができた』とか『もうちょっと持てるかな』とか言いながら台所を漁ってましたね」

「た、たぶん、マルちゃんの指示のものをもっても……まだ、余裕があったからだと思います」


 そんな感じか。確かに、オーリが戻ったときには兎肉も増えていたような気がする。院の保存庫から出してきたのだろう。

 とはいえ、こちらが院に帰るときに戻してきて欲しいと言われなかったということは、使うかもしれないということだろう。

 ついでに言えばそれがないことで院側が即座に困るものでもなさそうだ。


(なら……いいか)


 判断としては保留、という感じ。

 さて、そして、


「私にできることはあるかな?」

「……わたし、も」


 二人はマルを手伝う気があるらしい。

 そして、街の中に同時に入れるのは四人まで、既に二人入っているから……。


「じゃあ、情報の取りまとめと、役割分担を決めようか」


 俺は宣言をした。

 少し空気がぴりっとなって、ニコは俺の腕を強く掴んだ。

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