036、祭りの前の前の日。肉の神輿。
牛を解体するために街の外から運んできた男たち。
彼らは解体所にあった道具を使ってなれた風に運び出す。
今朝まで生きていた牛は、枝肉となり食材となり、蓑のようなものをかけられて隠されたうえで男たちに担ぎ上げられている。
農夫たちの表情に暗いところはなくマルに感謝を口々に述べつつ、ゼセウスに紹介された空き家に枝肉を運んで行ってしまう、俺は歩くのが遅く彼らにおいて行かれた。
ニコと顔を見合わせてからゆっくりと歩く、
「金も多かったし、ソーセージもうまい! 量が少ないのが難だが、まぁ、その分金が多かったからな!」
跛行をニコに支えられつつ店舗についたときにもマルに対しての褒め殺しは続いていた。
ぐにゃぐにゃとなって照れているのがマルか、いつもと違って防御力が弱そうで可愛い。
「うぉ!」
「――ごめん」
ニコは入り口の段差に躓いたらしい、こちらの体勢が崩れた。すぐにニコが支え直してくれたので転倒はしなかった。
「いや、ありがとう……ニコは大丈夫か?」
躓いている姿など見たことがないので聞いておく。薬師なら大丈夫だとは思うのだが、動物の屠殺というのはある種、独特だ。
視覚的なインパクトと、それを普段食しているという認識が胃や平衡感覚に来ることがあるらしい。俺は初めて見た時から幸い大丈夫だったが、慣れていなければクるものはある。
「大丈夫……だけど。椅子に座ったら手を握ってほしい」
……。珍しい。まっとうかつまっすぐな要求だ。
「あぁ、もちろん」
右手の平をズボンで拭う。大丈夫だと思うが万が一、血の一滴でもついていればニコにショックを与えかねない。
そんな会話をして実際に、この空き家に残されていたクッションもない椅子に二人で座って手を握り合って安心させようとしていると、からからと車輪の音がした。
この街は街並みが煉瓦敷きなので、それを傷めないようにと車輪の外側には柔らかい木材が使われている。おかげで煉瓦は傷みにくく、車輪の音もほかの街に比べればはるかにましだ。
煉瓦を敷くのにも技術がいると思うのだが、恐らく手先の器用な人間が多いのだろう。
丁寧な煉瓦敷きは凹凸が少なく車輪は音を立てにくい。
しかし、いまは重ねるようにがしゃがしゃと金属の擦れ合う音がする。
その音の主は、
「ん? あってるよな」
オーリだ。森の中の道を覚えるほうが街の通りを覚えるよりも簡単らしい。
野生児という感じのエピソードだが、彼自身はどちらかといえばまとも側の人間だ。
誰と比較しているのかは明言しないが……。
ともあれ、彼が荷車を曳き店の前に到着したらしい、すぐさま店の扉が開かれる。
「ついたぜ」
「お疲れ」
到着を知らせるオーリの声に返答すれば、彼とともにバズがいる。
背中には籐籠のようなものを背負っており、その中にはあの処理場で使用されていたのであろう道具が乱雑に収まっている。工房に持ち帰るのであろう……重そうだ。
バズについている同僚のほうも同じような物を同じような量を持っている。
大きな共同スペースだけあって、道具は豊富ということらしい。
「お嬢ちゃん」
「うん?」
声をかけられたニコがそちらに返事をする。
俺と手をつないだままだからか立ち上がろうとはしないが、
「この前の鎌はまだ……あ、邪魔したか?」
「いい……、で、鎌が『まだ』?」
恥ずかしいのか、しかし、手はほどかずにどちらかというとぎゅっと力が込められている。
とまれ、鎌は、この前鍛冶屋で依頼していたものだろう。
薬草を丁寧に採取するための切れ味の鋭い鎌。
つい数日前の以来だから出来上がっていないのはむしろ当然と思うが、一応依頼人だからだろう、あいさつをしておくというのは結構きちんとしているなという印象。
「さっき言ってた手入れの仕事でな、冬が来る前にやっちまうことが多い」
「む。なるほど」
公共の仕事の手を止めるのはニコも望むところではないのだろう。
素直にバズの言うことを受け止める。
「ところで、なんで、あんたのところはあぁ騒がしいことになってるんだ?」
農夫たちに囲まれているマルを親指で示したバズは疑問の声を上げた。
「大したことじゃない」
ダンジョンに関してを除いておおよその経緯を話す。
「肉を売るためと子供たちの働き先の確保の意味で料理屋か」
ふうん、とバズはうなずく。
「聞いた感じじゃあの嬢ちゃんの能力から決めた感じだが、この街ではいい選択かもな」
「――どういうことか聞いていいか?」
移民が料理屋をというのは少なくないと思うが今の言い方だと、この街の場合は『特に』という感じがした。その部分について聞くと。
「まぁ、一番の原因としては薪税だな」
色々と話してくれたが、まとめると、薪にお高めの税がかかるこの街では家庭料理はあまり安くつかない……というよりも確かに多少は安くなるものの外食とあまり変わらない。
であれば、手間も省けるし、煮炊きに薪を使わないことが便利であると思われるのは必然。その結果外食が盛んになった、が。
「年々質が落ちていったのさ」
「うん? どういうことだ?」
「そりゃ簡単だよ、家で料理を作らない奴ばっかりになれば、不味かろうとも外で食うしかなくなる。そうなれば、味がいまいちでも客に困らなくなって……って訳だ」
とはいえ、多少の生存競争はあるらしく、それこそ『食材の無駄』のような店が生き残ることは無い。
(最低限度が過ぎる……そんな状況でよく、食べ物を名産にしようと思ったな)
まぁ、街でも見かけた果物の加工品をというアイディアは良いと思うが。
「街の人口は約4000。少なめに見ても外食する奴が七割でと考えれば、この街がいかに食事処をやるのに向いているかはわかると思う」
ちなみに、街壁の外に住んでいる農夫たちの家族を除いて4000程度らしい。
「今日ので少し名前を売ったし、あのソーセージの味が基準のレベルなら……まぁ、成功するんじゃないか?」
「明後日からの勝負は聞いてる?」
内容は聞いているらしい。経緯やその他は適当に補足しておく。
「新しい店だってのを利用できれば十分な利益は上げられるんじゃないか……、まぁ、俺は専門家じゃないが」
ふと気になったので聞いてみたが、鍛冶屋は法律の経緯が示すとおりに薪税はかからないらしい。とはいえ、個人の使用以外は禁止とのことだ、利用は出来ない。そんな話をバズと話している間に、農夫たちは店を出ていき、マルとオーリは調理に使う店の掃除を始めた。
ふきんやモップはゼセウスが用意してくれたのだろうか……、気が利きすぎだ。
「誰の気が利いているですって?」
いつの間にか隣に立っていたゼセウスが声をかけて来た。
「別に誰の話でもない」
「そうですか……あ、こちらどうぞ」
ごとんと、陶器の瓶が置かれる。彩色はされていないが、品が無いわけではない。実用性重視と見られる背の高い容器。
「シードルですので、適当にお召し上がりいただければ」
だから、気が利きすぎだ。と思っていると――ぴらりと、何かを突き付けられた。
それは大枠としてはつい最近も見た覚えのあるもの、この街の地図だ。
しかし、それだけではなく、地図の上には赤い枠で一部の地域を示していて端の方に大判の判子が押されている。見切れているのは勘合符だからだろう。
「屋台の出店許可の下りている区域を示していますので、無くさないように。屋台の目立つところに張り付けておく方が多いようです、実際には携帯していればいいのですが、取り出すのも面倒ですからね」
「マル」
声をかけるとマルは、とととっ、と駆けてきてゼセウスから受け取った。
「しゅってんしょー」
「はい、そうです。無くさないように」
「了解だぞ」
嬉しそうな彼女はオーリに見せびらかしに行った。
ついでに、周囲の農夫たちも歓声を上げた。
「軽く説明をしておきますと、出店章をもらった責任者はその屋台で稼いだ月ごとの利益の10分の1を収めていただくことになります。屋台を出している限りは基本的には剥奪するつもりはありませんが、収める額が銀貨一枚を切る月が10カ月続くと出店章の剥奪となります。また、利益が出ているのに収めるのを怠った場合は即時剥奪となりますのでご注意ください」
「――契約か」
「店舗の場合は、様々な決まりがありますが……このお店の場合は、家賃と利益の3%ですね」
「それは、営業してたら、か?」
「そうですね。まぁ、店舗の方は私の方でちょっと手を回したので初め三カ月は免除する形になりますね、その後はうちのだれかに確認いただければ、と」
そのあたりは誰が専門になるだろうか、金勘定の得意な奴を探しておこう。
「えー、では。必要なものでこの街で揃うものなら……値段はともあれ、うちでそろえられると思います、調味料や調理器具、必要があればこの子を使ってください」
そう言って、ゼセウスは立ち去ろうとした。彼が残そうとしたのは丁稚の少年。
「坊、皆様に迷惑をかけぬよう」
頷き答えた丁稚の少年――坊にそれ以外の言葉をかけなかったのは、適当なのか信頼なのか。推し量れぬまま、ゼセウスは去って行った。




