035、少女、肉を買う(業務用)。
「えっと」
マルはちらりと背後を窺う、農夫たちのところから戻ってきたオーリがそこにいて、二人分のデシードルを持っている。
少し表情に安堵を混ぜたマルは、
「人数を把握したいぞ」
そういった。それに応えたのは、オーリとゼセウスほぼ同時。
「大人30人」
「子供は18人ですね」
作業に参加したものがその人数。正確には作業に参加できないほど小さな子も二人ほどいた。ゼセウスがその訂正を加えると、
「……ん、大人一人1キロ、子供一人500グラムだぞ」
「それは牛を連れて来たか否かに関わらず?」
「ソーセージはそれでいいぞ」
「とすると、40キロになりますね」
「ソーセージの全量の確認をしたいぞ」
「えぇ、少しお待ちください」
走り出そうとしたマルをゼセウスが笑みで制し、丁稚に指示を与えた。
数分して、報告を受けたゼセウスは、
「残り220キロというところでしょうか」
「20キロは持って帰る」
「……ふむ」
ゼセウスは260と書いた隣に、縦に並べるようにして、40、20、と数字を書く。使い道が決まった分だろう。
そんな彼らの元に少女が走り寄ってくる。マルと比べても小さい。多分、先ほど解体中のマルと厨房の間を行き来していた少女だろう。
今度は伝令ではないらしい。手にしていたのは鍋の蓋だ。
「そういえば、あの鍋の蓋も、バズさんの?」
「おんなじ工房の作だが俺じゃあねえな。曲面作ったり、熱に強いのを作るのが得意な奴がいるからな」
調理場も処理場の一部なのだろう。故に道具は工房預かり。
盗み出したりすればどんな目に合うかはわからない。
少女は勿論、衆人環視の中で堂々と盗みを働こうとしたわけではなく……。
「あい」
生え変わりの時期なのか、前歯の一本欠けた笑みを見せる少女。
突き出されたのは鍋の蓋、上に乗っているのはソーセージ。
一口サイズに切ったものだ。
ゆでたてを、という事らしい。
断面が余りきれいでないのは、手入れ直前の包丁の切れ味の問題なのか。
ともかく、断面は楽し気に様々な具が見えているが味のほどはどうだろう。
「おいしかった、よ」
少女が言う。血のソーセージは結構独特な味がするので、余り子供人気は高くないと思うのだが……、さて。
「む」
「おおう」
「……茹ですぎ」
口に含んだゼセウスとニコは驚きに目を見開いた。マルは満足していないようだが、いや、俺の感想としてもポテンシャルは十分だと思う。
確かに、若干茹ですぎの感があり、また、乗せたのが鍋の蓋というのも良くなかった。それ自体ではなく、先ほどまで使用していた蓋だったから。
結露した水滴が、ソーセージの断面に染んで若干水っぽくなっている。
とはいえ、それはソーセージ自体の評価を下げるようなものではない。
個人的には焼いた物の方が好きだが、ごく普通の物を焼いた場合と、今回のゆでたものを比較すれば、それは断然に今回の物だ。
「……先に言っておくけど、レシピ開発はあたしじゃないぞ。手に入る材料の関係で多少アレンジはしたけど」
もぐもぐ、と多少口を動かしながら微妙に眉根を寄せるマル。『茹ですぎ』とこぼしていたので完成度に文句があるのかもしれない。
「まぁ、美味しいし、大丈夫だぜ」
マルの表情ごとを抱きしめるように、オーリが肩を抱く。
なされるがままに揺さぶられているが、その表情からは険しさがなくなった。
「歯ごたえを変えるための乱切りにした各種内臓と臭みを抑える焦がし香味野菜、穀物も……何種類かが色々な方法で入っていますね、塩味も単体で食べるには良い程度、市販の物よりは油も塩も抑えめなのに食べやすくなっていますね」
ゼセウスはそれこそ商品説明をするような感じで特徴を述べていく。
「けれど、血液本来の臓物感、使いようによっては生臭くてダメな人も多い。これを抑えながら引き出すことで魅力的な味に仕上がっているけど、香味野菜だけで抑え切れる物とは思えないのに、これは一体!?」
続けたのはニコ。――お前かよ!
「まぁ、準備もなく、アドリブ回しも多いからここまでだぞ」
その二人のリアクションを無視したマルがぽむぽむと配膳した少女の頭を撫でると少女はむずがるように身を捩ったが嫌がっている訳ではないのが表情から丸わかりだ。
さて、マルが先ほどの配分について、少女に伝える。細かい内容ではなく大人は一人1キロ、子供は一人500グラムというところだけ。それだけ伝われば十分に小分けの作業ぐらいは出来るだろうという判断だ。
今は、きれいな水をかけて冷やした後、風に当てているところらしい。
凍らないのだろうか。
「さて、という訳で生産物その2だぞ」
「200キロのソーセージですか……」
味の保証は今も子供たちが走り回って打ち立てている。
同じ値段帯なら恐らくは、こちらを購入するだろうという層が広がっていく。
・
結局、ソーセージの値段については、キロ当たり豆銀貨1枚で話がついた。
最初は低めの値段から始まった。だが、オーリのアシストで屋台を開いた時に焼いた物をパンにはさむタイプの軽食を出すのはどうか、という意見が出てからは風向きが変わり、値段を釣り上げ買い占めようとするゼセウスが一時豆銀貨1枚+銅貨3枚まで釣り上げたが、農夫の中から買取希望者が出たり、マルが50キロ分を譲らなかったりしたことで最終価格は豆銀貨1枚に落ち着いた。
つまり、銀貨15枚分だ。
ちなみに、値段が吊り上がっていく途中では、一人1キロの分配に文句を言うものがいたが、最終的には皆が納得した。そもそも、その文句を上げていたのは牛を連れて来たものではなく、手伝いをしたものの、それだけの男だったからだ。
「ほんとに、商人さんたちの利益は考えなくていいんだぞ?」
「えぇ、本来であればあまり良くはないのですが楽しい余興の前ですので」
つまり対決の為に努力をしろということだ。
タレで肉を焼くことは決まっているのだ。必要量の肉を確保できなければ戦う以前の問題だ。
「嬢ちゃんちょっといいか?」
「うぇ?」
急に話しかけられたマル。声の主は鍛冶屋のバズだ。
「俺らはこの調理場の道具の手入れに来ててよ」
「うん、いい道具だったぞ」
「ありがとうよ、それで。ソーセージの割り当てが無かったわけだ」
「……ん。欲しい?」
「おう、だが、勿論、ただって訳じゃなくてよ」
言いながらマルの手に小銀貨を握らせる。
「そいつで1キロくれないか?」
「うん? ちょっと少ないぞ。2キロ渡そう」
「有り難いが、それは安いだろ。1.5でいい」
「むむ、……まぁ、いいか」
マルは孤児院への持ち帰り分としていたところからひょいひょいとソーセージを選び出してバズに渡す。料理人としての感覚に基づいた重量なのだろう。
「お、そういえばおっちゃんは鍛冶屋さん?」
「おう、鍛冶屋さんだぞ」
「この前の包丁はおっちゃんの?」
「お?」
バズがこちらに視線で問うので首肯する。
「そうみたいだな。プレゼントされたのか?」
「しごーと、道具だぞ」
「なるほど」
「他にもいろいろ、仕事に必要な道具が出来るかもしれないけど……頼めるか知りたいぞ」
「あー、どうだろうな。鍛冶屋にもそれぞれ得意不得意があるからな、まぁ、出来ることならやってやる」
「頼もしいぞ」
そんな会話をしている。
それはそれで将来に繋がるから良いのだが、
「交渉の続きをしましょうか」
商人が焦れた。
「とりあえず、一頭分の取引を済ませます」
銀貨を18枚取り出し、15枚を農夫に、残りをマルに渡した。
「それど、ソーセージ分ですね」
15枚がマルに渡る。これで18枚だ。
マルはそこから3枚を残して15枚を一人の農夫に渡す。
「枝肉、一つもらう」
吊られているうちのひと固まりを指さす。まぁ、多分、一番品質がいいものなのだろう。
「では、残りはこちらでいただいても?」
「む」
マルは一瞬迷った表情を出すが、それはすぐにひっこめられた。そして、頷く。
やれ終わったといわんばかりに深い息を吐いたゼセウスは丁稚に指示を出しつつ、途中でマルに購入した一頭分は店舗の方に運んでいいか、と質問をして、マルはそれに肯定で答えた。
ゼセウスは搬入の手配をしようとしたが、農夫の何人かがそれを手伝うと言い出した。
よく見ると、牛を連れてきた農夫たちのようだ。
その申し出に、マルはにっこりと頷いた。
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