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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
八章 神の国 下
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アラクネ

 『それは余裕の現れかしら?舐められたものね』


 この言葉は俺に向けてだろう。俺が刀を鞘に収めた後、腕組みをしたからだ。

 しかし、これは余裕ではなく、逆に余裕がない証拠なのだが。都合がいいから、仲間の他に話すつもりはないが。

 俺は細かいことを考える時、この姿勢になるのが癖だ。地球にいたときは、難しい仕事を任されたり、部下がミスをした時にどう対処するか考えるのによくしたものだ。

 この異世界では主に、魔法攻撃を行使する場面で俺はこの姿勢をよくする。今回もそうだ。

 時と場合によるが、この癖で相手の感情をコントロールできるならば、無理に癖を直すこともない。


 「所詮、蜘蛛の化け物退治よ。体の力を抜いて何が悪い」


 敵の目の前で口元に微笑でも浮かべていれば、ほら、苛立たせることだって出来る。


 『………』


 ただでさえ濃密な殺気がより濃いものになる。

 怒れ怒れ。こいつは頭が良い。多少攻撃が苛烈になろうとも正常な判断ができなくなれば儲けもんだ。

 怒らせるのが目的だったが、思いの外怒り心頭だったみたいで、俺が動き出す前にアラクネの半魔は飛びかかってきた。


 「ちっ!リディア、判断は任せる!」


 「はい!」


 俺は指示しないから、自分の判断で動いてくれとリディアに叫びつつ回避行動を取る。

 アラクネの半魔の移動速度は、蜘蛛が獲物飛びかかるのと同じぐらい速かった。が、今まで戦ってきた半魔に比べれば大したことない。その上巨体で直線的な動きなら見失うこともない。

 俺はローリングして、リディアはステップしてアラクネの突進を回避。アラクネは前足の先が鋭い爪で、それを突き刺すように突進したものだから勢い余って壁に激突した。

 衝撃で砂煙が少し舞い上がるが、すぐに収まる。アラクネは爪を壁にめり込またようだ。

 体にダメージか、爪がもげてくれたら良かったのだが、アラクネは何事もなかったように爪を引っこ抜くとこちらに向き直った。


 『やるわね……』


 アラクネは引き抜いた爪ではなく、何本かある足を見ながら呟く。

 おや?半魔の足に傷があって血が流れている?リディアか!

 俺がリディアを見ると、頼もしい仲間はニコリと微笑んだ。

 本当に強くなったなぁ。ヴァンパイアを自分だけで倒したことも影響しているのだろうか?悲しい戦いだったが、リディアが成長したのは喜ばしいことだ。

 だけど、魔法剣に魔力を込める暇がなかったことで半魔に深手を負わせることができなかったのと、リディアが強敵と判断されてしまったせいで、半魔が判断力を取り戻しつつあるのは残念だ。

 半魔は再び突進体勢になる。

 まだ、判断が鈍っているか?いや、甘くみるより十分すぎる警戒だ。

 俺はまた回避するために相手を良く視る。

 さっきの再現のようにアラクネは俺達に突進をしてきた。俺とリディアの距離が離れていたからか、今回はリディアに的を絞っての突進だった。

 リディアもしっかりと見えているようで、余裕を持って回避する。俺は避けなくても良くなったから、反撃の為に魔法陣を展開。

 だが、アラクネの突進は直線的に通り過ぎるだけではなく、あり得ない角度に曲がってこっちに向かってくる。


 「はぁ?!」


 どうやって!いや、考えるより回避が先!土魔法で壁……は間に合わない。風魔法で回避する!

 土魔法で壁を作った場合、地面からせり上がってくるがアラクネが俺に当たるまでに間に合わない。そう判断すると俺は風魔法で風のクッションを作った。

 アラクネが俺に触れた瞬間、俺とアラクネの間に暴風が吹き荒れ俺が飛ばされるかたちで回避することができた。

 アラクネは避けられるとは思っていなかったのか、そのまま再度壁に突っ込んでいった。

 砂煙が収まると、さっきと同じように爪を壁から引っこ抜き、こちらに向き直る。しかし、アラクネの表情だけは違っていた。


 『魔法を一瞬で……?それにどんな魔法かしら……?」


 俺が瞬間的に魔法陣を展開できると知らないアラクネは困惑していた。それに俺のオリジナル魔法が自分の知識にないことも困惑する一因だったみたいだ。

 この風魔法はまだ試作段階で名をつけていない。効果も本来は回避のために用意したものではないのだが、今回はうまくいった。回避用として使えるな。

 それより、アラクネは既に判断力を取り戻したみたいだ。本当に知力がある魔物は厄介だ。だが、心の中で悪態をついていても何も解決しない。反撃しないと意味がない。

 俺は30の魔法陣を展開した。

 火の槍、水鉄砲、石の槍、かまいたちが魔法陣から飛び出す。


 『な、なによ?!』


 アラクネは気持ち悪い声を上げながら、飛び上がって俺の連続魔法を避ける。

 ちっ、これだから立体機動できる奴は!

 俺はアラクネを追いかけるように魔法を放っていく。

 今アラクネは空中で避けられない。チャンスだ。

 しかし、魔法が当たる瞬間に、糸を飛ばしてゴムで引っ張られるように空中で角度を変えて避ける。

 ちくしょう!さっきもこれで突進の直線的な動きを曲げたのか!

 そして、アラクネは俺とリディアから距離をとって無事に着地した。

 いや、無事ではない。所々、傷ついている。目に見える火の槍、水鉄砲、石の槍は避けられてしまったが、不可視の攻撃であるかまいたちが何発か入ったみたいだ。

 それでも深手ではないだろうな。


 『お肌に傷が……。もう許さないわ!』


 アラクネは糸を四方八方に飛ばし始めた。

 おそらく行動を制限させる目的と、不可視の魔法であるかまいたち対策か。

 させないよ。

 俺は腕組みすると目を閉じる。

 この行為は隙である。しかし、俺が目を閉じるとリディアが護るように俺の前へと来てくれた。リディアを信用しているからの行為だ。

 この魔法は大規模魔法だ。今まで以上に集中力がいる。

 しかし、アラクネは俺の隙なんて知ったことかと糸を出し続けていた。

 仕掛けるのにお互い準備が必要だったみたいだ。だが、俺の方が速い。

 俺は目を開くと両腕を天に掲げる。まるで、雨乞いの儀式のように。


 「降り焦がせ。極大魔法『焦土砂降(しょうどしゃぶり)』」


 俺が呟くと同時に、巨大な魔法陣が2階層上に描かれる。

 アラクネどころか、リディアまで上を見て呆けていた。それほど巨大な魔法陣なのだ。

 間もなくして、そこから雨が降り出す。もちろん、魔法の名の通りただの雨ではなく、大地を焦がす火の雨だ。

 この魔法は火と土で作った溶岩を、法転移文字で上空に移動させて降らせる高難易度の魔法だ。

 巨大魔法陣から火の雨が最下層へ、ざーっという音と共に降り注ぐ。


 『きゃああああああああああああああああああ!』


 アラクネが張り巡らした蜘蛛の糸ごと燃やしていく。火の雨はアラクネも飲み込んで辺り一面をじわじわと焦がしていった。

 たまらずに火の雨を払うが、水ではなく溶岩なのだ。払った手に焼きつき、また焼く。

 肉が焼ける匂いが漂う。

 耐えられなくなったアラクネは安全地帯である俺達の方へと体を焦がしながら突っ込んできた。

 俺達を狙った突進ではなく、溶岩がない地面が目当てのようだ。辿り着くと直ぐ様転がり、体に付いた溶岩を取るためにゴロゴロとのた打ち回った。

 その様子を俺達は追撃もせずに眺めていた。

 魔法の威力に呆然としていたわけではなく、巨体ののたうちに近づくと危険だからだ。

 アラクネがなんとか溶岩を取り払って立ち上がるが、焦げた部分からは香ばしい煙が立ち上がっている。


 『お、おのれぇ、許さんぞぉおおお!』


 あれだけ雨に打たれ体中を焼かれても、まだまだ問題なく動けるようだ。やはりというべきか、半魔は人間とは比べ物にならないほどの頑丈さを持っているようだ。

 言葉遣いも女性のような言い方はなくなり、いよいよ本気といったところだろう。

 アラクネはまた糸を出す。だが、先程とは違い俺達の移動阻害するのが目的ではなく、端にあったまだ燃えていない、一回り大きい糸の塊を取るために飛ばしたようだった。

 糸を引き寄せ、糸の塊に手を突っ込むと中から何かを取り出す。


 「あれは、槍と剣、でしょうか?」


 「みたいだな。食料庫ではなく、いろいろな物を保存するための糸の塊だったみたいだな」


 一本は大剣、もう一本は鉄製の槍のようだ。それを二刀流のようにアラクネは持ち構える。

 武器を持ったからどうだっていうんだ?

 俺は再び30の魔法陣を瞬時に展開。

 さっきとは違う。火の雨が降り注いでいる場所には逃げ込めない。避けることはかなり厳しいはずだ。

 魔法陣から無数の魔法が飛んでいく。

 しかし、アラクネは避けない。両手の武器を振り回し、俺の魔法を次々と叩き落としている。

 マジか!あいつ、武器を持った方が強いヤツだ!

 先程と同じように不可視の攻撃であるかまいたちは当たっているが、それは端から無視しているようだ。そして、魔法を叩き落としながら俺達の方へ凄い勢いで近づいてくる。

 まるで台風だ!巻き込まれたらやべぇ!

 相手が避けられないということは、こちらも同じく避けられないのだ。

 どうやってあの剣撃に巻き込まれないようにするかを考えていると、リディアが俺の前に出る。


 「リディア?」


 「ギル様、お任せください」


 「……大丈夫か?」


 「はい。……ですが、お願いがあります。後ほど刀の修理をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 こんな悠長に会話をしている暇などはない。だが、リディアが心置きなくやるためなら、会話に時間を使っても構わない。

 刀の心配をするのは、刃毀れさせてしまうのが前提ということだろう。


 「心配するな。好きにやれ」


 だったら、こう答えるしかないだろう。


 「はい!」


 リディアは大きく返事をすると、台風のような剣撃をしながら向かってくるアラクネに突っ込んでいった。

 アラクネとの距離が3メートルほどまで近づくと、リディアは足を止め正眼の構えをした。

 その姿を見たアラクネは額に青筋を浮かべた。


 『貴様のような小娘が、俺と打ち合おうというのか!!』


 アラクネは剣術や槍術に自信があるのだろう。大剣で当てればすぐに折れてしまいそうな刀を構えるリディアに対して怒りを顕にする。

 何度も怒らせてきたが、今までで一番怒っているな。人間だった頃は武器を扱うことに自信をもっていたのか。そんな武術全般を極めたと思っている自分の前に、半分も生きていない女の剣士が立ち塞がっているのが耐えられないのだろうな。

 アラクネはリディアの目の前で止まると、魔法を叩き落としていた時とは比べ物にならない苛烈な剣撃をリディアに浴びせる。

 もしここに観客がいれば、誰もがリディアが槍で突き刺され、大剣で叩き潰されるのを覚悟していたことだろう。

 しかし、そうはならなかった。

 リディアはアラクネの攻撃の全てを刀で弾いていた。

 辺りに金属が打つかる音が何度も何度も響く。


 『な?!何故、そんな細い剣が叩き折れん?!』


 間抜けめ。リディアのソレは芸術的な技術だ。お前らのような剣で受け止める戦い方とは違い、受け流し、弾き、いなす。血の滲むような努力と、普段からそれをやり続けた経験からしか出来ない技なんだよ。

 この調子ならしばらくは問題ないな。俺もそろそろ勝負を決める為に、もう一つ魔法を準備するとしようか。リディアもそれを待っているはずだ。

 俺は端にある大きい糸の塊に近づくと、刀で糸を切り中にある物を取り出す。


 「あったあった。鉄の槍」


 あの半魔の頑丈さは異常だ。さっきの『焦土砂降』で終わってても不思議ではなかったはずなのに耐えたのだ。身体の殆どを火傷しているのに、まだ生きようとする気力は凄まじい。

 執念といっても過言ではない。一体どんな理由があるのか知らんが、半端な魔法ではトドメはさせないだろう。

 防御無視出来る魔法を使う。そのためにはこの鉄の槍は丁度いい。まぁ、なかったら魔法で作ればいいしな。

 俺は穂先に近い場所を持つと、槍投げのような構えのまま目を閉じる。

 手の中に魔法陣を展開。

 すると、槍が浮くとジャイロ回転し始める。その回転速度は凄まじく、風を切るような音が耳に響く。

 これで終わりではない。俺は回転している槍を指で挟むようにして、指先に魔法陣を展開。

 準備は完了した。


 「いくぞぉお!アラクネ!!『電磁加速砲』」


 派手な叫び声と槍を投げる仕草。そして、今自分が出来る魔力を指先に流した。

 刹那、槍が消えた。

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