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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
八章 神の国 下
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後味の悪い結末

 「ゥぐぐぐぐぐホぉ!」


 なんとも奇妙な叫び声を上げているのはハヌマーンの半魔。俺の連続魔法が顔に当たらないようにガードをしているが、体に当たったり、ガードをすり抜けて顔に当たった時の痛みで悲鳴を上げている。

 やはりというか、体にも多少なりともダメージはあるようで、それが連続で当たれば我慢できずに悲鳴を上げてしまうらしい。毛深くてあまり見えなかったが、血も滲んでいる。

 ガードの隙間からチラっと見える顔は、長いラウンド戦ったボクサーのように腫れ上がっている。

 俺はというと、腕組みをしながら猿を睨んで突っ立っているだけ。……のように見えるが実際は繊細な調整と、大量に失われていく魔力で余裕は一切ない。

 というのも、連続で俺の周りから飛んでいく各属性の魔法に加え、遠距離魔法陣展開『法転移文字』を駆使しているからだが。

 今も猿の体にぶつかり続けている魔法に隠れて、見えない位置に魔法陣が現れた。

 その魔法陣からこぶし大の石が勢いよく飛び出すと、猿の顔を守る腕を弾きガードを破る。ガードが甘くなれば、後は勝手に弱点である顔に魔法が当たる。

 猿の顔がボッコボコなのはこれが原因だ。その上、その隙をついてエルまでボルトを足や腕の関節を狙って叩き込んでいる。動かないのは、もしかしたらエルのおかげかもしれないな。

 それにしても、もうかなりダメージを与えたはずなのに音を上げないのは、さすがハヌマーンと言ったところか。打ち破られない強さという伝承に嘘偽りなし。

 だが、そろそろ決着をつけなければならない。

 俺に嬲る趣味はないし、なにより魔力を枯渇させるわけにはいかない。

 ならば、上級魔法を使うしかないか。

 俺は目だけで辺りを見て、魔法陣を展開するのに最適な場所を探す。

 ひとつ、ふたつ………、と数えていき十分な場所を見つけると連続魔法を一旦止めた。反撃されるには十分な隙ではあるが、上級魔法ともなると更に繊細さが求められて、連続魔法中に同時に進行させるのは難しいから仕方ない。

 だが、今回はエルの援護もある。無事に完成するだろう。

 俺はできる限り急いで魔法陣を最適な場所に展開していく。

 猿はというと、ようやく魔法がやんだのに動こうとしない。かなりダメージが蓄積していたみたいだ。

 俺は焦らないように、それでもすばやく魔法陣を展開する。この魔法は繊細なのだ。間違いがあっては発動すらしないのだ。

 10秒程かかってようやく準備が完了した。後は魔力を流すだけ。


 「歌え!『風唄(かざうた)』!」


 叫ぶのと同時に魔力を流し込む。

 『風唄』と名付けた魔法は、『法転移文字』を使用したオリジナルの魔法だ。俺でも準備に時間がかかってしまうが効果は絶大。多数の敵には役に立たないが、1対1であれば防ぐことは絶対に無理だ。

 魔力が満たされた全ての魔法陣から魔法が同時発動する。

 だが、魔法陣からは何も出ない。

 いや、すでに出ているのだ。ほら、耳をすませばわかる。

 風鳴り。

 高低様々な音程の風鳴りがいたるところで鳴っている。まるで歌うように。

 そして、何の前触れもなく魔法の効果が現れた。

 今もガードの状態で俺の動きを注意深く見ている半魔。

 そのハヌマーンが突然血を体中から吹き出した。


 「ぐぁああああああああああああああ!」


 かまいたちによる、不可視の攻撃。

 それが一瞬で数十箇所、それが魔力を流し続けている限り続く。

 ハヌマーンは毛深くて見えづらいが、おそらく毛の奥の素肌には、切れ味の良い刃物にスパリと斬られた傷が全身にあるだろう。

 地面に広がる血溜まりがそれを物語っている。

 常人であれば、絶え間なく続く痛みに気を失うか、戦意喪失していても不思議ではない。

 秒単位で数十箇所の傷。それが既に20秒続いている。

 ……なのに、なぜ立ち続ける?

 男半魔は血を吹き出しながらも、変わらず顔を守ったままの体勢で耐えている。

 俺の魔法が効かないのか?それとも手も足も出ないだけなのか?

 俺は魔力を流し続けながら、ハヌマーンが立ち続ける理由を探す。

 それを見つけないと、それこそ俺の魔力が尽きるまでか、失血死するまで耐えそうだ。大猿の血液量は何リッターだ?かまいたちの傷口はスッパリと切れているが出血量は大したことない。失血死なんて待っていられるか。

 俺がハヌマーンの表情からその理由を必死に探していると、まさに助け舟のような声が横穴からした。


 「ギル様!ヴァンパイアの半魔、打ち取りました!」


 リディア!?倒したのか!

 ヴァンパイア相手でも倒すことができると、自らの手で証明した。さすがリディアだ。

 そして、これで3対1。魔力の心配もせずとも勝てるだろう。

 リディアの援護が入ると、『風唄』は邪魔になる。単発魔法に切り替えた方がいいだろう。

 俺が魔法を止め、単発魔法で隙をつく戦法に切り替えるが、それと同時にハヌマーンがガードしていた腕をだらりと落とす。

 ……なんだ?攻撃態勢……ではないな。力尽きたか?


 「………そうか、妹が逝ったか」


 ハヌマーンが呟く。

 妹であるヴァンパイアの援護を期待してたのか?

 そして、ハヌマーンは屏風倒しに倒れてしまった。

 それでも、まだ生きているらしく何かをつぶやいている。

 あの状態では死んだふりからの奇襲はないだろう。俺はゆっくりと近づいていく。トドメを指すために。

 十分に近づくと彼の呟く声が耳に入った。


 「もう……、ヒトを………、喰わなくていいのか………」


 ………こいつは人間を食いたくなかったのか。


 「なら、なぜお前はヒトを喰った?」


 「ふっ、妹だけに嫌なことを……、させたく、なかったのだ……」


 息も切れ切れといったふうに話すハヌマーンは、心なしか微笑んでいるようだった。

 こいつ……、そういうことか。妹はヴァンパイア。人間の血を吸わねば生きていけない。血を吸って殺した人間は、こいつが無理に食べて処理をしたということか。

 妹と一緒にいるために。妹を一人にしないために。

 もしかしたら、食料不足の仲間のことも考えての決断だったのかもしれない。


 「済まないが、旅の者。俺の頼みを、聞いて、くれるか?」


 聞く義理はない。だが、なんとなくそう言いたくなかった。


 「なんだ?」


 「……もう、トドメを……、トドメを刺してくれるか……?」


 「いいのか?まだ、助かるかもしれんぞ?」


 彼は重傷だ。だが、助からない程ではない。そのまま何もせずにいれば、間違いなく死ぬだろうが。


 「ふふ……、いや、ゴホッ、いい。早く、妹に追いつかないと……、迷子に、なってしまう、だろ?あいつは………、方向音痴、だ、から……」


 ハヌマーンの瞳は既に虚ろで、何かを思い出すように遠くをみていた。

 ようやく全てわかった。

 こいつが人間を食べたのも、俺の魔法に死にかけのまま耐えていたのも、全て妹の為だったのだ。妹が生きている間、どんなことがあろうと一緒にいるために耐えていたのか。

 そして、妹が死んだら自分も死ぬと誓っていたのだ。


 「………わかった」


 「すまない……、たす、かる。あぁ……、やっと、か」


 『やっと』という言葉に彼の罪悪感の全てが詰め込まれていた。

 今の俺は、殺すことに何の感情もない。だが、嫌な殺しというのもある。

 できれば、一瞬で済むように。できれば、一瞬で楽になれるように。

 俺は首を切り落とした。

 安らかな微笑みを浮かべた頭部が転がるのを見て、俺はたまらずに叫んだ。


 「くそったれがぁあああ!!!!」


 こうして、半魔の兄妹との戦いは終わった。

 結果から見れば無傷の勝利だった。だが、なんとも後味の悪い勝利だった。



 兄妹との戦いが終わると、俺の魔力が枯渇しかけているのを理由に先に進まず、今日は休むことにした。

 合流したエルにもどういったことだったか話をすると、俺やリディアと同じく気が沈んでしまった。

 なんとも嫌な戦いだった。

 人間を殺し、食べたとはいえ彼らにとっては生きる為だった。

 俺だって仲間が襲われたら、人間だろうと王様だろうと殺す。それと何が違う?

 元々は魔物に変えられてしまったから、そういう行動をするしかなかったのだ。

 あの兄妹に罪はない。いや、罪だとしても俺や俺の仲間達はそうではないと知っている。

 今日はあの兄妹達が死後の世界で幸せになることを祈りながら、さっさと寝ることにしよう。

 まだもう一人殺さなくてはならないのだから。



 次の日には元の俺達に戻っていた。

 エルはいつもの通りニコニコしながら食事をし、リディアは優しく微笑みながら俺を手伝い、俺も馬鹿な話を混ぜながら雑学を披露しつつ料理をした。

 食事が終わるといつもの通り行動を開始する。討伐依頼の続きを遂行するために。

 残りの一人を討伐することに意味はあるのか?そんな気持ちを隠しながら。

 エルやリディアは俺が決めたことについてきただけ。だから彼女達は何も考えなくていい。罪悪感を抱かなくていい。

 全部俺が悪いのだ。

 俺は何故こんなクソみたいな依頼を遂行し続けるのか。

 畢竟、金の為。

 こんなことを話せば俺を罵る奴がいるだろうが、そんな奴こそ護りたい者を護れずに悔しい思いをするだけだ。

 衣食住の全てに金が必要だ。俺達のパーティで稼いだ金は、全員分の衣食住、そしてダンジョンや依頼の為の準備金として使われる。

 俺が自由に使っているように見えるが、パーティの為に損をしないように動いているのが皆わかっているから文句をいわないだけだ。

 装備の手入れも、シギルがいるとはいえ素材や場所代に金がかかる。

 とにかく、何につけ金が必要になるということだ。

 更に魔法都市とかいうくだらないことをでまかせで言ってしまったのだ。

 俺一人だったら嘘でしたと真実を話して、罵倒され続ける恥なんていくらでも受けるのだが、俺には俺を信じる仲間がいる。そいつらまで巻き込んで恥をかかせたくはない。そして、魔法都市計画で動き出した人達も大勢いる。

 発案しただけで、金も出さずに見ているだけっていうのはさすがに出来ない。

 金を工面するだけならなんとでもできる。俺には売る情報がまだまだあるのだから。

 だが、その情報だって皆で手に入れたのだ。売るとしてもできる限りの儲けはほしい。

 ただ売るだけより、より多くの儲けが期待できる方法を俺は知っている。ならば、それを実行する。

 しかし、やはりそれにも金が必要だ。

 金、金、金、騎士として……、なんて名台詞があるが、俺からすれば金は必要だ。戦うのにも、護るのにも、物を作るのにも、生きるためにも。

 ならば、俺はこの隠されたスキル、狂化と反転を利用してやりたくない殺しだってやってみせる。

 俺は再び決意していると、後ろを歩くリディアが話しかけてきた。


 「ギル様、あれを御覧ください」


 リディアが指すのはそろそろ最下層が見えてくるはずである陥没穴の底。とはいえ、もう少しかかりそうだ。暗すぎて底までどのくらいかわからない。


 「どうした?」


 「魔物が見えます」


 なんだって?

 暗く見えづらかったから気にしていなかった。

 俺は再度視線を底に向けると、目を細めてよく視てみる。

 集中してみるとリディアの言っていた通り何かがいるようだ。


 「あれか?」


 「はい、かなり大きい魔物です」


 マジか。成長しすぎて横穴に入れず、底でしか生活できなくなったとは聞いていたが、確かに大きい。ゴーレムの半魔より3倍は大きい。

 そして、もう少しかかると思っていたが底はもう目前だということもわかった。暗すぎて遠くに見えていたらしい。

 洞窟効果というやつだ。

 地球のコンビニエンスストアでも使われる方法で、限られた空間を広く見せる錯覚を利用したもの。実際に入り口側より奥の電灯が暗く設定されていて、その効果により奥行きがあるように見えるというものである。

 洞窟は明るい外から内部を見ようとしても、中は真っ暗でどこまでも続くように見えるがそれと一緒だ。

 その暗闇で2階建てぐらいの何かが動き回っている。視えるということは、遠くに見える底が実際にはすぐ近くなのだ。


 「いよいよだな」


 「はい、長かったこの野宿生活ももう少しですね」


 何一つ文句を言わないリディアも、この寒い土地で暖を取る方法が衣服の重ね着のみというキャンプ生活はうんざりしていたらしい。

 俺も同じ気持ちで、もちろんエルもだろう。

 さっさと嫌なことは終わらして、あっつい風呂に入った後、冷えたビールを一杯やって、ふっかふかのベッドで寝ようじゃないか。

 エルにハンドサインで知らせた後、俺とリディアは底へ向かって再び歩き出すのだった。

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