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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
八章 神の国 下
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兄妹

 二人組の半魔の襲撃で、リディアと離されてしまった。

 リディアは女半魔の打撃で横穴の中へと飛ばされ、俺は男半魔の急襲にあった。頬に傷を負ったが、何とか避けることに成功した。が、その回避のせいで更にリディアから遠ざかった。

 挙げ句、リディアがいる横穴の入り口の前に男半魔が位置している。隙を見て入るのは無理そうだ。

 予定とは少々違うが、この半魔の相手を俺がするしかない。


 「ホッ、人が話している時に攻撃するとは!貴様には騎士道の精神はないのか!」


 あるわけねーだろ、サルが!

 サルと俺が心の中で罵倒するが、実際にこの半魔は猿だ。俺より背が高く、筋骨隆々。そして、尻付近を掻く仕草。

 猿というより、ゴリラだろう。

 予想でしかないが、この猿の半魔の合成元はおそらくハヌマーン。

 ハヌマーンは地球のインド神話で登場する。

 神の子であるハヌマーンは顔が赤く大柄。しかし、大きさや姿をを変幻自在に変えることが出来る。長い尻尾を持ち、雷鳴のような咆哮を放つ。更には空すら飛べたとされている。

 五面十臂が有名な特徴でもある。

 さすがは神の子で規格外の能力だが、ある時、太陽を果物と間違え空を飛んで取りにいったが、神インドラにヴァジュラで顎を砕かれ、そのまま落下死した。

 それに激怒した親の風神ヴァーユが風を止め、多くの人や動物が死ぬことになる。

 最終的には他の神々が風神ヴァーユに許しを乞うことになった。風神ヴァーユは風を吹かせる代わりに、ハヌマーンに不死と決して打ち破られない強さ、叡智を与えることを要求したというのが一説にある。

 このゴリラには5つの顔も10の臂もないが、ハヌマーンが元だとしか思えない。

 斉天大聖の可能性もあるが、もしそうならさっきの攻撃で俺は死んでいる。なんと言っても、斉天大聖は神だ。神の子とはいえ、ハヌマーンとは文字通り格が違う。

 この異世界でのハヌマーンがどのような存在かは知らないが、俺が殺した半魔の合成元と同じような扱いならば、希少な魔物程度といったところだろう。

 さて、地球の伝承と似た部分があるとは思うが、どこまで似ているか……。

 さすがに不死は困るが。


 「ゥホーう、ダンマリか。まぁ、良いが、横穴の中で戦っているあの女の加勢には行かせんよ」


 ちっ、そりゃあ分かるか。

 ゴリラが言っている通り、俺は横穴の中で戦っているであろうリディアの加勢に行きたい。

 いや、リディアも今まで準備してきた。そして、成長もした。それこそあの鬼を倒せる程にだ。

 鬼と言っても、オーガや日本で登場する鬼ではない。

 ゴリラが「血を全て抜いてくれる」という言葉と、「剣は効かん」という言葉で合成元に確証を得た。

 鬼は鬼でも吸血鬼。ヴァンパイアだ。

 ヴァンパイア伝承は地球に居た頃からよく耳にしたことがあった。それもそのはず、ヴァンパイア伝承は絶大な人気があるからだ。誰でもドラキュラや吸血鬼という単語は聞いたことがあるはずだ。

 不死者の王。

 その伝説は古くから世界各地に存在する。一度死んだ人間が何らかの理由で甦った存在で、人間の生き血を啜り、血を吸われた者も吸血鬼になるとされているが、実は吸血鬼伝承の全てに人間の血を吸う行為の描写があるわけではない。

 現代のヴァンパイアは、あと付けあと付けで設定が付け加えられ、無敵の存在と化している。

 だが、個人的な意見を言わせてもらえれば、どうしてヴァンパイアをそこまで神聖化するのか理解に苦しむ。

 元々はカタレプシーの緊張病症候群による症状を死んだと勘違いし、埋葬した後に棺の中で蘇生しただけ。

 他にも、死蝋など埋葬された時の条件によって腐りにくかった死体への錯誤、あるいは黒死病の蔓延による噂の流布が、ヴァンパイア伝承の発祥ではないかとされている。つまり、実際は病気だったり、勘違いや噂が伝承の元なのだ。

 魔物としての強さはどうか?

 現代のヴァンパイア物語で登場する吸血鬼の強さが、この異世界のヴァンパイアと同じなら手も足もでない?

 そうじゃない。実際はあれもこれも吸血鬼の能力を付け加えたせいで、弱点も多くなってしまっている。具体的に列挙するならば、首を切り落とす、心臓に杭、死体を燃やす、銀の弾丸もしくは呪文を刻んだ弾丸で撃つ、葬儀をやり直す、死体を聖水やワインで洗う、呪文などを用いて壜や水差しに封じ込める。

 更には、ニンニクや強い香辛料の香りが苦手とまである。

 つまり、ヴァンパイアは半端ない強さだが、弱点も満載だということだ。

 この異世界で、俺が聞いた限りの情報は物理攻撃無効ということだけ。先程の攻撃を見ると、速度も攻撃力も尋常ではないというのは分かるが、それぐらいならばホワイトドラゴンと戦った経験がある俺達は驚きもしない。

 だがしかし、リディアが自分の国から逃げる原因となった魔物なのだ。当時の状況を考えると、それこそトラウマものだろうな。

 それでも、リディアは強くなった。対抗できる武器も手に入れた。そろそろ戦って良い時期かもしれないと俺は思っている。

 なら、俺はリディアを信じ、無理に助けに行かずこの猿に集中したほうが良いかもしれない。


 「俺は仲間の心配をしているんじゃない。今にもその横穴から、吸血鬼を殺したリディアが出て来るのを心配をしているのだ。お前のような雑魚をまだ殺していないのを仲間に見られたくないんでね」


 「ウッホ、言うじゃないか。庶民は口だけは達者だと聞いたが、その通りだったか」


 そういえば、こんな猿でも元は王族か。

 しかし、妹が吸血鬼なら、兄のこいつは狼男が流れとして良いのに……。そっちの方がかっこいいし。ままならないものだな。

 俺が猿に同情していると、俺が騎士道精神を発揮しなかった腹いせか、猿が俺の目の前まで一瞬で距離を詰め、ゴリラパンチを打ってきた。

 大丈夫、見えている。ここらで、こいつの性能を調べてみるか。

 俺は小さくバックステップし、猿の右フックを左手でいなす。バランスを崩し、右フックは轟音とともに横壁にめり込んだ。

 痛っ!

 いなした俺の手から血が滴る。上手くいなしたと思ったが、掠っただけで血が出る程だ。

 ちっ、攻撃力は尋常じゃないな。直撃はやべぇ。

 猿は横壁から手を引っこ抜き、俺の方へと向き直ると笑いだした。


 「ゥホっほっほぁ!いなすとは、器用な真似を!」


 クソ、笑いやがっ……、いや、それ笑ってんの?

 いや、どうでもいいか。今度はこちらから攻撃する。

 腰から刀を抜くとそのまま猿の腕に斬りつける。居合抜きだ。


 「ぐゥホっ!なんと、奇怪で素早い剣撃!」


 ダメージは……、いや、毛深くて血が出てるかわかんねぇ。有効かわからんが、魔法剣でもないただの刀では致命傷にならないな。

 ならば、魔法。

 俺はバックステップで距離を取りながら刀を鞘に収めると、4つの魔法陣を展開した。火、水、風、土の属性だ。

 どれが有効か調べてやる。

 火の槍、水鉄砲、かまいたち、石の槍が飛んでいく。


 「ぐゥホぁああああ!」


 火の槍と石の槍が腕と足に当たるが弾かれ、水鉄砲は肉を貫かなかった。だが、かまいたちだけは傷を負わすことができた。

 それもそのはずで、かまいたちを当てた所は人間のままである顔だったからだ。切った場所から鮮血が流れている。

 うむ、効果あり。というか、人間の部分を攻撃すれば良かっただけか。他の部位を狙った魔法や刀の斬撃もダメージがあったかもしれんが、顔を重点的に狙ったほうがいいな。

 このハヌマーンは、大きさや姿を変幻自在に変えることもなく、空すら飛べない。ましてや、不死ではないな。

 打ち破られない強さと、叡智。それに少々声が大きいぐらいが似ているところか。完全にハヌマーン伝承の劣化版だな。

 そうと分かれば楽勝だな。


 「さて、駆除させてもらうよ」


 俺はニヤリと笑う。


 「やってみろぉ!!」


 半魔が叫ぶ。

 それを合図に互いが動き出した。


      ――――――――――――――――――――――――


 女半魔の攻撃で横穴の中で飛ばされたリディアは、着地すると刀を抜いた。

 同時に女半魔が入り口からリディア目掛けて猛スピードで突っ込んできた。

 リディアがそれに合わせるように払い抜ける。カウンター気味の斬撃は、ヴァンパイアの鎖骨から肩をスパリと斬った。


 「キャアアアアアアア!」


 甲高い悲鳴が洞窟内に響く。

 斬られたところから血が吹き出す。が、出血はすぐに止まった。それどころか傷口が段々と元に戻っていく。

 その様子に一瞬だけリディアの表情が歪むが、すぐにいつもの凛々しくも美しい顔に戻った。


 「やはり、ヴァンパイア……。鬼と聞いた時に覚悟はしていましたが……」


 ギルもそう予想していたからこそ、女の半魔にはギルが対応する予定だった。リディアに対応させるのが不安だったからではなく、有利に運べるからだ。

 吸血鬼に物理攻撃は効かない。魔法が得意なギルが相手をするのが効率的だったのだ。

 ヴァンパイアがリディアの方へ向くと、怪しく笑う。


 「ふ……、ふふふ、こんなに血が出てしまいました……。まぁ、良いでしょう。すぐに補充できるもの」


 「………簡単にはやられない」


 「あら、そうかしら?魔法使いさんの杖どころか、魔法陣すら描けなさそうなあなたの血を吸うのは、とても簡単そうなのですがっ!」


 ヴァンパイアは話し終わるやいなや、一気に距離を詰め連続で引っ掻く。


 (くっ!)


 リディアは刀でヴァンパイアの引っ掻き攻撃を受ける。

 金属同士がぶつかり合うような音が何度も何度も鳴り響いた。

 永遠に続くかと思われた猛攻だったが、一瞬の隙を見つけリディアが刀で反撃をする。

 横薙ぎの一閃。しかし、空振りに終わった。ヴァンパイアが超速度で避けたのだ。

 オーセブルクで戦った魔物や、そこらの人間であれば今の一撃で勝負は決まっていた。しかし、ヴァンパイアには、ぴかりと光るような斬撃も避けることが可能だった。

 だが、リディアにがっかりした様子はない。


 (このぐらいのことは想定済み……。たった一撃避けられたぐらいで落ち込んではいられない。そんなことより………)


 リディアは刀をチラリと見る。視線の先は刃。

 所々刃毀れしていた。


 (あぁ……、ごめんなさい、私の劫火焦熱。申し訳ありません、ギル様)


 リディアが刃毀れに一瞬だけ悔しそうな表情をするが、ヴァンパイアがそれを目ざとく見つける。


 「あらあら、一撃避けただけでそんなお顔されては、申し訳ないですわ。ふふふ……」


 勘違いで笑われれば激昂しそうになるが、リディアの心は静かなままだった。これもギルの「勘違いしてくれるなら儲けもん」精神の影響である。

 リディアはひとつ息を吐くと構えを取る。

 両手首を交差させるように刀を持ち、こめかみ辺りまで上げ、切っ先を相手に向ける。上段霞の構え。

 同時にリディアの奥底に眠る魔力を刀に流し込む。魔力を供給された魔石が怪しく輝き始めた。

 しかし、刀自体になんの変化もない。だが、それがギルの作った魔法剣『劫火焦熱』の恐ろしいところでもあった。


 「あら、怖いわ。その姿勢に何の意味があるかわかりませんけれど、攻撃的だというのはわかりました。私に避けられない攻撃をしたいのですね……。斬られても無意味ですけれど、ふふ」


 ヴァンパイアの余裕は変わらない。しかし、それをリディアは有り難いと思っていた。魔法剣で斬るまで、油断していてほしいのだ。

 これはギルの罠である。魔法剣に魔力を流しても外見にはなんの変化も見られないことが、相手の油断を誘う。そこまで想定しての武器なのだ。


 「さぁ、そろそろ睨み合いはやめて、先程のようなドキドキするやり取りをしましょう?」


 ヴァンパイアが姿勢を前傾させる。それに対しリディアも足に力を入れる。

 そして、何の前触れもなくヴァンパイアが飛び出した。目にも留まらぬ速度。

 しかし、リディアは見えている。

 リディアも迎え撃つために飛び出しながら叫ぶ。


 「劫火焦熱!!」


 願うようにその銘を呼ぶ。

 リディアの初手は突き。

 喉を狙った刺突だったが、ヴァンパイアを首をそらしてこれを回避。


 「残念、この勝負は私の勝ちですわ!」


 しかし、リディアも初手を避けられることはわかっていた。突きの姿勢から流れるように袈裟斬りにつなげる。

 これは見事にヴァンパイアを斬る。だが、これだけでは終わらない。

 更に斬り上げた後、背後に回り込むようにステップしそのまま横薙ぎ、逆袈裟、唐竹、鍔迫り合いのように相手を押し、刺突。全てが完璧に命中した。


 「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 リディアが突き刺した刀をヴァンパイアから抜くと、距離をとって正眼の構えを取り様子を見る。


 「はぁはぁ、痛い……、痛い……ですわ。ですが、この程度の傷、すぐに元通りになりますの」


 ヴァンパイアの表情は痛みで歪んでいるが、口元は笑っていた。

 ついさっきと同じように血が止まる。


 「ふふ……、ふふふ……」


 しかし、傷口は閉じず、血の代わりにと言わんばかりに火が吹き出した。


 「え?」


 傷という傷から火が吹き出し、あっという間に火だるま状態になった。


 「キャアアアアアアア!熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!!なぜなぜなぜ?!魔法は使ってないのにぃ!」


 たまらず地面で火を消そうとのた打ち回る。だが、火は一向に消えない。

 『劫火焦熱』の魔法効果である。その名の通り、消えることのない地獄の炎が死ぬまで燃え盛る。いや、死してもその劫火は消えず、燃え続ける。

 辺りに肉の焼ける匂いが充満していく。

 ヴァンパイアの全身を炎が包み込んでいた。それでも、強い生命力を持つヴァンパイアは、まだ生きていた。


 「あ……、あ……、苦しい……、もう……、楽に……」


 命乞いではなく、殺してほしいと願った。

 その声をリディアは聞くと、急いでヴァンパイアに駆け寄る。

 そして、心臓を一突きした。


 「あぁ…………、これで、楽に……。はぁ……………、お腹が……………………、空き……まし……」


 その言葉がヴァンパイアの最後だった。

 リディアは吸血鬼にとどめを刺したかったのではない。一秒でも早く、地獄の苦しみから開放させてあげたかったのだ。

 リディアは刀を鞘に収めると手を組んで祈る。魔物に変えられてしまった不幸な王女に、助けることが出来ず申し訳ないと。

 そして、リディアは彼女に背を向ける。

 全身が焦げている女から目をそらしたかったのでない。


 「ギル様、ヴァンパイアを倒すことが出来ました。すぐ、手助けに行きます!」


 今も戦っている仲間がいて、感傷にひたる暇などなかったのだ。

 そうしてリディアはギルの下へ向かうため、駆け出すのだった。

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