表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
八章 神の国 下
95/286

猿と鬼

 俺達は今、陥没穴の更に奥へ進むために、ここ数日と変わらず坂道を下っている。

 ルカの姉、ティアが俺達の野営していた場所に現れてから、2日が経っていた。

 あの後、ティアが弟を連れてきた。弟の名はティムというが、酷い状態だった。酷い状態というのは二種類の意味があるが。

 1つ目は飢餓状態。肋骨が浮き出て、背骨にくっつきそうなほど腹がへこんでいた。顔のパーツの殆どが痩せこけ、頭蓋骨の形が丸わかりだった。姉であるティアも、服に隠れているが同じような状態なのだろう。

 よくここまでがんばったという感想しかでなかった。常人であれば、既に発狂していても不思議ではない。なのに、俺が料理を終わらせる間も大人しく正座して待つほどの強い心を持っていたのだから驚きだ。そのまま何事もなく成長していれば、良い王子に育ったことだろう。

 二つ目は半魔状態。姉のティアと良く似た状況だった。ただ、合成した魔物の種類が違うようだ。

 ティアは鳥のような翼と四肢に羽だったが、ティムは竜翼と四肢に鱗だった。この説明ではそれほど酷い状態とは思えないが、まだ続きがある。

 硬い鱗で覆われていたが、腕力が弱かったのだ。それこそ、パンを持つのもやっとなのだ。

 おそらく、合成元の竜はティラノサウルスのように手をあまり使わない種だったのだろう。元々のティムは健康そのものだったらしいから、合成が影響したと考えて良いだろう。(新説ではティラノサウルスの手は強靭で攻撃する際にも役立ったかもしれないという意見もあるが、今回の場合は旧説に似た状況だろう)

 その代り、強靭な足腰と鋭い牙があった。

 姉以上に魔物の部分が強く現れていたのだ。これでは街どころか、人と会うことすら出来ないだろう。

 ティムに食事を作り食べさせていた間、ティアに事情を更に聞いた。

 だが、重要なことはわからなかった。

 ティアとティムは、いつもの通り夜に自分の寝室で寝ていた。強いて言えば、二人共強烈な眠気だったことがいつもと違う事だったとか。

 そして、起きたら陥没穴だった。ティアのあの話につながるわけだ。

 いったいどういう理由で、自分の子供達を魔物に変えたのだろうか。決めつけているが、聖王が許可したのは疑う余地もないだろう。

 しかし、この陥没穴に送ったのは何となく察しが付く。

 いずれ使えるかもしれないということだろう。まさか、情があるから処分することはできなかった、なんてことはないはずだ。それなら、まず魔物に変えようとは考えない。

 俺達に魔物の一掃の依頼を出したのは、俺達を罠にはめるためと、子どもたちを処分するためか。子の処分に踏み切ったのは、ティアから聞いた法国の兵士が死にすぎたせいだろうな。それが法国にとってマズい状況になったのだろう。

 何にしても、聖王は俺達か子どもたち、どちらが死んでも得をするということだ。

 裏を返せば、王子、王女達はそれほどの戦闘能力を持つということでもある。

 たしかに、あのまま魔物だと思い込んだまま進んでいれば、いずれ危険な目に遭っていたかもしれない。人間のように考える事ができないと決めつけて戦うわけだからな。

 ティムの食事が終わった後、ティアとティムには帰ってもらった。次の日、正常な思考を保っている者達を連れてくるように頼んだのだ。

 次の日、俺達の下に現れたのは17人だった。

 俺のパーティ全員で料理を作り、振る舞った。そして、彼らにも話を聞いた。

 ティアの話していた内容と同じ、寝て起きたらこの場所にいたとしか覚えていないそうだ。しかし、この陥没穴の状況について色々と聞けた。

 人を殺し、その肉を食べて狂った者は6人。内3人は俺が始末した。

 現在、この陥没穴で生き残っている半魔は23人。殆どがあの場にいた計算になる。


 「というのが、俺が聞き込みした内容だな」


 俺は坂を下りながら、半魔から聞いた事をリディアに話す。

 エルには同じく索敵と狙撃をしてもらっている。

 元人間だとわかれば、この穴に来てから続いたミスをするつもりはないが、残り三人も俺達を襲う半魔がいるのだ。念の為、エルには上からの目になってもらっている。


 「ギル様がずっと話しまわっていたのは、情報を聞くためだったのですね」


 「後何人倒せばいいのか、彼らはどういう人間なのかは大事だろ?」


 俺がわざわざ料理をして振る舞ったのはこういうことだ。

 半分魔物と化そうが、俺や罪のない人々に害をなそうとしなければ、殺すつもりもない。ひとりひとり、しっかりと目を見て俺が判断したから、多分大丈夫だろう。

 それにだ、感謝してもらえれば、戦う必要もなくなるだろう。敵が減ることは良いことだ。

 実際、俺達に手を出さないと約束してくれた。もちろん、彼らは元々、人を襲うつもりもなかっただろうけど。


 「……そうですね。ですが、彼らをどうするのですか?」


 それが問題だ。殺すつもりはないが、依頼は魔物の殲滅だ。

 彼らがここにいる限り、達成にはならないだろう。

 料理を振る舞った後、彼らが生活している場所へ案内してもらった。こんな場所で何年も暮らしているのに、彼らの住処は酷い状況ではなかった。

 さすがは、魔物になっても元王族といったところだ。

 木をどこからか調達して、簡易な机と椅子、ベッドやトイレまで作っていた。工具はどこにあったのかと思ったが、彼らには必要ないことに気がついた。

 彼らには人間には出来ないことを出来るのだ。魔物の能力をフルに活用して生き延びている。

 それもそこらにいる人間より優れた知能を持った魔物。

 もしかしたら、聖王の狙いはそういうところなのかもしれない。


 「……考えてるよ」


 悔しいが金は必要だ。依頼内容の殲滅は必須。彼らにはこの陥没穴から消えてもらわなくてはならない。


 「……そうですか」


 「とりあえずは、人を襲う危険な半魔を討伐しなければならない」


 そのために俺達は進んでいる。


 「たしか、居場所がわかっているのが最下層でしたね」


 「そうだ。結局、最後まで行かなければならないのが最悪だな。もっと上の方にいてくれたら楽なのにな」


 ティア達の情報では、最下層にいる半魔が一番危険だとか。

 なんでも人間のみならず、今では血の繋がりすら忘れ、兄妹でもあり仲間でもある半魔達ですら食べているそうだ。どういう魔物かということも知り得たのは僥倖だったが、何故か元々の人柄やどういう人間だったかは教えてもらえなかった。

 しかし、それでも半魔の人数が減ったのはこいつが原因だ。そして、一番始めに人の肉を食べたのも。

 その上、成長しすぎてそこらの横穴に入れないから最下層にいるそうだ。強敵かもしれないな。


 「残りの二人は場所はわからないということですね」


 「らしい。いつも二人一緒ということだから、それはそれで大変だがな」


 今までは数的優位だったが、この二人に限ってはそれが不確定だ。

 横穴ではなく、外で遭遇できればエルの援護が期待出来るが、どこで出会うかわからない以上、片方をリディアに任せることになるだろう。

 何にしろ面倒くさいことになりそうだ。




 ティア達の料理を用意して、更に5日。法国を出発してから、半月が経った。

 ようやく最下層が見えてきた。もっと日数が必要なら食料の補充も考えていたが、ギリギリ間に合いそうだ。

 しかし、未だに倒すべき3人を見つけていない。

 一人は最下層で、残り二人がどこかの横穴にいるはずだが、最悪の場合、三人まとめて戦うことも視野に入れて置かなければならない状況になり始めている。

 できれば、そろそろ二人組と出会っておきたいところだ。


 「ここまで深いと雪が届かないのですね」


 俺達が歩いている道には雪が積もっていない。上層が屋根になって当然といえば当然なのだが、辺りを見ても雪が降っていないのだ。

 横壁に当たったのか、ここに届くまでに溶けてしまったのか、どちらにしろ上層より温かく感じる。


 「そうだな。それに思っていたより深くなかったな」


 表層から見た感じだと、この陥没穴の深さは底なしとも思えたが、この様子だと間違いなくオーセブルクダンジョンの方が深いだろう。

 雪で視界が悪くなっていたせいか、光が届かないから底が見えなかっただけなのか。

 しかし、光が届かないというだけあって、辺りは薄暗い。今は俺が、常時光魔法を使っているぐらいだ。


 「ギル様の魔力が心配です」


 「平気さ。夜寝れば回復するぐらい魔力を使わない魔法だから」


 光と闇属性は、ほぼ相手に影響を与えない魔法だからか、消費魔力が低い。


 「エルはこの暗さでも視えるのでしょうね」


 「だろうな」


 俺は上層に向かって手を振ってみる。

 すると、光が点灯した後、左右に動く。やはり、エルには見えているみたいだ。


 「今更ながら、エルフの目というのは凄いと感じます」


 「だからこそ、ヒトは恐れて排除しようと考えたのだろうな」


 エルフや、獣の特性を兼ね備えている獣人は、ヒトより優れいている点が多い。それでも負けたのは数の違いだろう。ヒトの数は世界を埋め尽くしているからな。

 いや、今は人間と亜人の確執について考えている暇はない。そろそろ、半魔と出会ってもおかしくないのだから、気を引き締めねば。


 「さて、次はこの横穴だな」


 次に調べるべき横穴に着いた。

 いつもの通り、中を調べるために魔法の準備をしようとした時、前方から声がした。


 『こんばんわ』


 俺の光魔法の明かりが届かない暗がりからの声。

 そこには女が一人立っていた。

 外見が人間そのままの女。情報としては聞いていた。

 しかし、ほんの一瞬だけ気を抜いてしまった。「なんだ、人間か」と。

 気がついたら、女はリディアの目の前にいた。

 異常な脚力。冒険者ではない、淑やかにするように育てられた王女ができることではない。

 女はまるでビンタをするようにリディアを殴る。

 手が当たる瞬間にリディアは剣を抜き、なんとか防御に成功するが、あまりの怪力に横穴の中へと吹き飛ばされてしまう。

 ちくしょう!いったいどこから!?エルの合図を見てなかった?!

 ちらりとエルがいると思われる方向を見ると、光を激しく点滅させていた。

 やっぱりか!いや、そんなことより!


 「リディア!」


 剣を抜く時間も勿体無い!殴り飛ばして立て直す!

 俺は女がいる場所へ一瞬で踏み込み、拳を突き出す。が、空振った。

 すでに女はそこにいなかった。

 俺の攻撃を避け、リディアを追って横穴の中へ行ったのだ。


 「なんつー速さだ!」


 俺はリディアを援護するために、横穴の中へ入ろうとする。

 ガスン!

 しかし、横穴の入り口に鉄の杭が突き刺さった。エルのボルトだ。

 いったいなんだと振り返ると、エルが光を激しく点滅し続けていた。

 『危険』の合図。


 「なにが……、!!」


 目の前に何かが飛び出してきて、俺の顔を殴ってきたのだ。

 俺はギリギリで避けることに成功した。が、掠った頬から血が噴き出す。掠っただけで頬を切り裂くほどの威力があったのだ。


 「底から?!」


 そいつは俺達が下りている道から来たのではなく、崖下から登ってきたのだ。情報でも聞いてなかったし、今までなかったから除外してしまった。俺とリディアが気づかない内に近づかれたのはこれが原因か。

 避けた後、俺は流れるように距離を取る。リディアのことも心配だが、俺はこいつを何とかしなければならない。

 分けて戦うのは予定通り。だけど、()()()でもあった。

 予定では俺が女と戦うことになっていたのだ。

 俺は舌打ちしながら、俺を襲った半魔を見る。すると、その半魔は余裕があるのか、俺に話しかけてきた。


 「ホッ、避けるか。やはり、ただの兵ではないな」


 その魔物は腰辺りを掻きながら俺を観察する。

 全身が毛むくじゃらの魔物だ。首や顎、頬まで毛で覆われているが、顔だけは人間という異様な姿。

 簡単に言えば、猿だ。


 「あの女は美人だ。あの肉は柔らかそうだ」


 リディアのことを言っているのか。

 猿の魔物は笑いもせず、淡々と話している。それが俺をイラつかせる。

 だが、俺の気なんて知ったことかと、猿の魔物は話を続ける。


 「妹に剣は効かん。あの女は魔法が得意そうには見えなかったがどうだろうな?ホッ」


 ちっ、狙っていやがったのか。頭いいな、こいつら。

 だから、俺があの女の相手をする予定だったんだよ。


 「ホッ、安心して良い。妹があの女とお前の血を全て抜いてくれる。そして、私が肉を全て胃の中に入れる。決して無駄にはしない」


 この魔物は猿だが、あの女は鬼なのだ。

 ティア達の情報と知っている魔物を照らし合わせれば、予想がついた。そして、この猿が今話した内容で確信した。


 「うっほっほ、さぁ、諦めておとなしく……、あつっ!!!」


 話している猿に向かって、特大の火の槍を投げつけてやった。

 猿は防御に成功したが、ガードした腕に火がついた。

 ちっ、貫かなかったか。防御力たけぇな。

 猿の魔物は火を消そうと、もう一方の手で必死に叩き消している。


 「だらだらと話してんじゃねーよ、猿がぁ!」


 さぁ、戦闘開始だ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ