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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
八章 神の国 下
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半魔

 荘厳な彫刻もなく、綺羅びやかな飾りもない、只々、白さを求めただけの広間。柱も床も天井も、窓枠でさえ白一色。

 だが、それが神聖さを醸し出す。

 その広間の奥には10段の階段があり、最上段には簾で区切られた空間がある。大きな天蓋の正面と左右から簾が垂れているが、ベッドがあるかは中にいることを許されている者にしかわからない。

 ここはエステル法国の聖城、謁見の間。

 外の疑似太陽は輝くのをやめ、星々の一切ない夜が街を支配していた。そんな中、謁見の間に鈴の音が数度響き渡る。

 広間に人の姿はなかった。御簾の中にいる人物だけである。

 鈴の音もその人物が鳴らしたのだろう。

 鈴の余音が去る寸前、謁見の間の扉が重々しく開いた。

 入ってきた人物は、凝った装飾のローブを羽織った初老の男。エステル法国大司祭、そして英雄でもあるホーライだった。


 「お待たせいたしました、聖王様」


 ホーライが恭しく腰を折る。

 簾の中から鈴を鳴らしたのは、法国の王でもあり信仰の対象でもある聖王だった。


 「ほぉ、いや、待っておらん」


 いつ何時でも鈴を鳴らせば馳せ参じるホーライに、聖王が関心しながらも早速とばかりに用件を話す。


 「腹が空いた」


 「これは珍しい」


 「ふっ、余への祈りだけでは腹は満たされんよ」


 「ごもっともです。すぐに用意させましょう」


 ホーライが聖王の食事を用意する為に急いで退出しようとすると、なぜか聖王に呼び止められた。


 「待て」


 「は」


 「不浄穴はどうなった?しばらく経つが」


 ホーライは再び簾に近づくと、少し間を空けて話し出す。


 「……連絡はありません」


 「監視が露見したか」


 「どうでしょう。見つかり殺されたのか、寒さで死んだのか、それとも逃げたか。しかし、忠誠心を考えれば死んだと考えるべきかと」


 「ふむ、とすれば子にやられたか。ふふ」


 楽しそうに聖王が笑う。


 「寒さでは?」


 「そこまで間抜けではなかろう?」


 「確かに。しかし、あの賢人ぶった若者の仕業とも考えられますが」


 「買いすぎだ。だと仮定すれば、法国に対し何らかの行動を起こすだろうよ」


 まさにその通りだと、ホーライは頷く。疑問は聖王の言葉で解消されたが、ホーライの眉間には更に深いシワが生まれる。


 「聖王様、あの小僧が不浄穴の魔物を理解した場合、すぐにでもここへ戻ってくるかもしれません」


 「ふん、それこそなんとでも言い訳できることよ。それに依頼は最後まで遂行するだろう」


 ホーライは、なぜという言葉を飲み込み考える。そして、思い当たる。


 「金、ですか」


 「まさに。帝国あたりの騎士には金など必要ないと言い出しそうな輩がいそうだが、余からすれば戯言だ。悲しいことにヒトは生きているだけで金が必要なのだ」


 「その上、都市を作るのですからな」


 「身の丈にあっておらんのだ。しかし、あの若者は賢い。だからこそ、大金が必要なのだ。となれば、最後まで遂行するだろう。最奥まで行くだろう」


 「………はじめの子」


 「最高の失敗作だ。そこらの勇者や賢者では歯が立たんよ。ホーライ、お前でも厳しいかもしれんぞ」


 「聖王様、私でしたら不浄穴には近づいておりません」


 「ふはははは!」


 聖王の笑い声が謁見の間に響く。ホーライは聖王が笑い終わるまで、表情を一切変えずに待つ。


 「ふぅ、つまりはそういうことだ」


 「は」


 「うむ、それでも万が一、戻ってくることがあればわかっておるな?」


 「……は」


 「ははははははは!よし!では、食事だ!肉が良い。種は問わん、持ってこい」


 ホーライは深々と礼をすると扉から出ていくのだった。

 その様子を聖王は簾の向こうから眺める。口元に笑みを浮かべながら。


    ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 食事が終わり、後は寝るだけというところで驚くべきことが起きた。

 聖王の子であるルカの姉がここに現れたのだ。

 ルカはこの姉とは一度しか会ったことがなく、既に自分の国に殺されたと思っていた。それが数年ぶりに絶対いるはずのない場所で再会したのだ。いや、それが驚くべきことではない。

 彼女は魔物になっていたのだ。

 背中に大きな翼があり、見えている四肢には肌色の素肌ではなく羽がある。顔や首元はヒトのままという奇怪な姿に。

 そんな姿を見てしまえば、元の姿を知っているルカが、泣きそうな表情をしながら質問するのは当たり前のことだ。

 だが、その言葉が上手く口から出てこない。


 「ティア姉様……。そのお姿は……、ど、どうしてここに……、いえ、いえ、なんで……、どうして、なぜ、…………魔物に!?」


 ティアと呼ばれた半魔物の女性は悲しく微笑むだけだった。


 「……ルカ」


 「ルカ、大丈夫、です?」


 リディアとエルが今にも倒れそうなルカに駆け寄ると、心配そうに声を掛ける。


 「余のことなどどうでも良い!今はティア姉様だ!」


 リディアとエルが差し伸べた手を振り払うと、ルカはティアの元へよたよたと近づいていく。

 それを俺は肩を掴んで止める。


 「な、何をするのだ、ギル!離せ!」


 「落ち着け、ルカ」


 「お、落ち着いてなど……、ひっ!」


 それでも俺の手を払って行こうとするから、俺は殺気を込めて目を見る。耐性のないルカは息が出来なくなるほどの恐怖でその場にへたり込む。

 悪いな、優しく止める方法を考える時間がもったいないんでね。

 俺はその殺気を維持したまま半魔物の女を見る。


 「なぁ、お前さ、どんなことがあろうとルカを害することはないよな?」


 ティアは俺の殺気に怯えることもなく優しく微笑んだままだ。

 耐性がある?……いや、それ以上の感情が支配しているのか。


 『はい』


 美しい声でティアが答える。俺はその瞳をじっと見る。

 大丈夫そうだ。彼女には魔物特有の本能むき出しの殺気も、人間の粘りつくような殺意もない。

 俺はルカの肩から手を放し、殺気を止める。


 「ティアだったか?」


 『はい』


 「ルカの質問には答えないのか?」


 『………』


 「ね、姉様……」


 ルカはとうとう涙をボロボロと流しながら姉の名を呼ぶだけになった。

 たった一度話しただけとはいえ、血がつながっている姉が魔物に変わっていたのだ。まともに話せないのは仕方ないだろう。

 俺が代わりに聞くしかないな。


 「お前、法国で魔物に変えられたな?」


 俺の質問にティアは微かに表情を変化させるが、何も答えてくれない。

 肯定したと受け取っていいだろう。続けよう。


 「それでここに逃げたか、送り込まれたか……。俺が倒した奴もお前と知った仲なら後者だろうな?」


 『兄様達は亡くなったのですね』


 ようやく答えてくれたか。それにしても、あの魔物達もこの女の兄妹だったか。

 さて、忍びないが事実を答えるしかないな。


 「ああ、俺が殺った。……恨んでもいいぞ」


 『いいえ』


 「……そうか。それで何をしに俺達の前に姿を出したんだ?」


 『食料を分けていただけたらと。少しだけでもいいのです』


 魔物と化した元人間が食料を貰いに?


 「なぜだ?お前の兄はそれこそ見境なく喰っていたぞ?元同種族ですらな」


 分けてほしいのはお前達の命だー、的なB級ホラー展開だって覚悟していたんだがな。奪うのではなく、食料をわけてほしいと頼みに来たのは何故だ?


 『あぁ、やはり兄達はヒトの心まで失ってしまったのですね』


 「お前はまだヒトを喰っていないということだな?良いだろう、食料を分けてやる。俺は外見が少し変わったぐらいではどうとも思わん。だから、全てを話せ」


 人間の心さえあれば、多少外見が獣寄りだとしても俺とそれほど違いはない。整形をしたと考えればいいさ。獣の心になっていなければ、それでいい。


 『あぁ、良かった。わかりました。お話します』


 それからティアは一呼吸置いてルカをチラリと見てから、ゆっくりと話しだした。


 ティアはこの陥没穴に弟と一緒に来た。ちなみに弟はティアと母が同じで異母兄弟ではないらしい。

 来たといっても自分から来たのではなく、気がついたらこの陥没穴の横穴に二人で倒れていたのだ。

 二人共気がついた後、お互いの姿を見て自分達が魔物に変えられてしまったことに気がついた。絶望したそうだ。

 身につけていた貴金属を売れば、しばらくは生活できる。しかし、姿が魔物では街にすら行けないのだから、絶望するのは当然だろう。

 仕方なく、洞窟で過ごすことにした。だが、食料がないのだ。

 どうしようもない状況で途方に暮れていると、誰かがティアのいる洞窟に入ってきたのだ。

 そいつは魔物だった。

 いや、元人間の魔物だ。

 死を覚悟したが、魔物が話しだしたのだ。話をしてみると、自分と同じ聖王の子供だとその魔物は言う。

 ティアと異母兄妹だった。

 会ったこともない兄に案内され、陥没穴を下りていくとそこには何人もの兄や姉がいた。そして、樽一杯に入った食料も。

 食料は約10日に一度、法国の兵士が樽を置きに来るそうだ。

 ティアは絶望の中で希望が湧いた。

 自分と同じ境遇がこれだけいる。そして、食べ物もある。これなら生きていけるのではと。

 だが、甘かった。理由は単純で人数が多すぎたことだった。

 ティアの後にも、顔を見たことがない弟や妹が次々と送られてきたのだ。

 40人を超えたあたりで、食料が足りなくなった。

 兵士が食料を置きに来るのは10日に一度。10日もたないのだ。

 一食分を抜いて我慢した。だが、それでも足りない。二食分、次第には一日おきと。

 全員が慢性的な飢餓状態だった。幻覚、幻聴を見るならまだマシだった。

 ある日、弟の一人が死んだ。血の繋がりがある弟ではなくて良かったと、感じてしまった事を後々悔やんだそうだ。

 大勢いる兄の、とある二人が死体を埋めに行くと言い出し、死体を地上まで運んでいった。しばらくして、帰ってきた兄達の手には沢山の肉があった。

 まだ正常な思考を持っていた者は、それがさっき死んだ家族の肉だと気がつくだろう。

 ティアやティアの弟、まだ正常な思考を維持出来ていた者は、その肉を口にしなかった。結果、数人が肉を貪った。

 それから肉を食べた人達は性格が激変した。

 食料を置きに兵士が現れると、樽の他に生肉まで増えた。もちろん、その肉はなんなのか言わなくてもわかった。

 この大穴にヒトが侵入してくると、やはり生肉が手に入った。

 生肉を食べた者達が殺したのだ。

 彼らは好んで生肉を食べた。だけど、それがティア達が生き延びる要因でもあった。足りなかった食料が間に合い始めたのだ。

 だけど、また問題が起きた。

 食料を置きに来なくなったのだ。

 理由は察しがつく。殺しすぎたのだ。

 最後の樽に入っていた食料で食いつないだ。狩りもした。しかし、それでも食料が底をついた。

 あぁ、もう駄目かもしれないと覚悟したところで、匂いがした。

 美味しそうな匂い。それは俺達が食べた料理の香りだった。


 「なるほどな。それでここに食料をわけてもらおうと思って来たのか」


 『はい』


 「………ティア姉様」


 ルカの口から無意識に言葉が漏れる。心配なのか同情なのか。

 俺はマジックバッグから食材を出すと、急いで料理してティアに渡す。


 『これは?』


 「とりあえず食べろ。ティアも空腹なんだろ?」


 『ありがとうございます。ですが、これは弟に』


 「いや、お前が食べろ。弟のは別に用意してやるから」


 ティアは弟より先に食べることを申し訳なく思ったのか、何度も逡巡してからようやく口にした。ティアは貪るように食べた。

 料理を食べ終わるのは一瞬だった。

 もちろん、ティアには全然足りていない。ティアはまだ物欲しそうに俺を見ている。


 「ティア、料理を用意することはできる。だが、極限の飢餓状態であまり多く食べると最悪死んでしまう。またしばらくしたら用意するから、苦しいだろうが我慢してくれ」


 『は、はい。ありがとうございます』


 「ティア、俺達はこの状況を解決したい。色々と聞きたいことがあるんだが……」


 といっても、ティアには心配事がある。冷静に話をすることはできないだろう。


 「とりあえず、弟だけ呼んできてくれるか?」


 そう言うと、俺は料理をするために腕まくりをするのだった。

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